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宇麻乃との会話

(※追い詰められ絶体絶命の主人公かぐや達。宇麻乃の機転によりどうにか逃げ遂せたが、危険な逃避行はまだまだ続く)



 う〜〜、寒い。

 建ホットカイロ君、もっとギュッと私にしがみついていいんだよ。


【天の声】本当に正太(ショタ)じゃないのか?


 小枝と葉っぱで作った簡易テントの中で私と建クンは身体を休めています。

 山の中でサバイバル生活を送るにはかなり寒いです。

 焚き木の向こうには宇麻乃様のテントがあります。

 焚き木といっても炎で温まるためではなく、薬草を燻して熊よけにするための物なので全然暖が取れません。

 明るいと敵の目についてしまいますし。


 しかも、先程まで命のやり取りをしていたという緊張感が取れないため全く眠れません。

 腕の中の建クンはクークーと寝息を立てて寝ているのに……。

 こう見えて建クンは繊細な上に図太いです。


「お嬢ちゃん、起きてるかい?」


 唐突に宇麻乃様の声がしました。


「はい、なかなか寝付けなくて……」


「こうゆうのは慣れが必要だ。

 疲れも取れないし、夜半になったらここを引き払おう。

 明るくなればまた追っ手が来るだろう。

 あの待ち伏せは少し不自然な所があったから、相手の裏をかきたいと思う」


「不自然とは?」


「あの待ち伏せのやり方は場所を特定しなければ出来ない代物だった。

 他にも小屋はあるのにどうして隠れ家を特定出来たのかをずっと考えていたんだ」


「何か思い当たる節でもあるのですか?」


「一つは同じ物部の(しび)が隠れ家の在り処を知っていたのか、だね。

 しかし同じ同族であっても自分の秘密は明かさないのがお互いにとって暗黙の了解だ。

 我々の仕事は常に危険が伴う。

 だから互いの繋がりは表向きだけで、実際に何をしたのか全く知らされていないんだ。

 互いが互いに迷惑を掛けないためでもある」


「とすると間諜(スパイ)がいたとか?」


「そうだね。

 とすると私かお嬢ちゃんのどちらかが間諜だ。

 私は違うから、間諜はお嬢ちゃんという事になるかな?」


「違います!」


「まあ、そうなるよね。

 間諜を雇ってまでした私の事を調べる者なんていやしない。

 しかし人目を避けて夜移動したのに、あそこまで正確な場所を突き止めたのには何か理由があるだろう」


「では(しび)とかいう方が隠れ家を何らかの方法で知っているという事になりそうですね」


「ああ、納得はしていないが、今のところそれしか考えられない。。

 そこで裏をかくというのは、来た道を戻って長津から船に乗って行こうと思っている」


「危険過ぎはしませんか?」


「このまま前に進むのも危険だ。

 いや、安全に行こうとする我々の行動が敵に読まれていると考えている。

 だから敢えて次の目的地を敵の只中にある長津にしたい」


「それは構いませんが、何か理由が?」


「予想通りならその隠れ家は既に踏み込んで調べているはずだ。

 よもや戻ってくるとは考えないだろう。

 それに皇子様の薬草を補給しなければならないという切実な理由もある」


「では他に選択肢はないという事ですね」


「分かり易いね。

 それじゃあ、休むといい。

 今夜も歩くからね」


「はい」


 方向性が決まったせいでしょうか?

 気が緩んだ途端、すぐに寝入ってしまいました。


 ◇◇◇◇◇


「さあ、行こうか。

 敵の裏をかくというのは少々骨が折れるな」


 宇麻乃様は建クンを背負って、荷物は片手分だけの出発です。


「敵の残党がいるかも知れないから、少し迂回して行くよ」


「はい、睡眠を取ったおかげで失った血が少し戻った気がします。

 夜通し歩くのには支障は御座いません」


「頼もしいね」


 こうして人気の無い道なき道をひたすら歩いていきました。

 お喋りすると見つかってしまう可能性があるので、三人とも無口のまま進みます。

 休憩する時も、行く道を案内するのも、全て手信号(ハンドサイン)です。


 暗い中を夜通し黙々と歩いて竪穴式住居の農作業小屋を見つけたので、そこで夜まで過ごす事にしました。

 もう農閑期に入っているので誰も居ない様です。


 幸い小屋の中には瓶が転がっていました。

 これでお湯を沸かせられます。

 薬湯を煎じる事が出来ますし、消化の良いお粥も作れます。

 具はここに来る途中、宇麻乃様が山の中で採った山菜とキノコです。


 建クンもだいぶ回復してきて、自分一人で食べられる様になってきました。

 おねーさんは少し寂しいけど、喜ばしい事なので我慢します。

 建クンの偏食は長い逃亡生活の末、ほぼ克服しました。

 もっとも肉の偏食は克服できたか確かめようがないので分かりませんが。


 あ……。


 食事をしている時に、気になっていた事があったので宇麻乃様に質問してみました。


「あの……宇麻乃様。

 気になっていた事があるのですが宜しいですか?」


「何だい?」


「昨日、小屋が吹き飛んだあれは何だったのですか?」


「ああ、あれね。

 驚いただろう。

 とっておきの秘策さ。

 と言ってもあの方法を編み出したのは私の父だけどね」


「やはり偶然ではなかったのですね。

 炭の粉とかを使ったのですか?」


「ほう……まさかその方法を知っているとは思わなかった」


「では正解なのですね」


「残念ながら違うよ。

 その方法はぶっつけ本番でやるのは難しいし、皇子様を背負ってできる事じゃ無い」


「違うんですか……(がっかり)」


「説明するのが難しいんだけどお嬢ちゃんなら分かるかな。

 あれは臭い“気”なんだ」


「臭い?」


 オナラの事?


「はははは、多分屁を思い浮かべただろうけど、流石に人の屁を集めたりはしないよ。

 牛の糞を使うんだ」


 牛糞? ……ああ、バイオガス?!


「ひょっとして牛糞から立ち上る燃える“気”ですか?」


「おいおい、せっかく勿体ぶって話しているのにどうしても直ぐに分かってしまうんだ?」


 困った表情で笑う宇麻乃様。

 何だか久しぶりに宇麻乃様の笑顔を見た様な気がします。

 いつも(にこや)かな宇麻乃様ですが、何処となく緊張感を漂わせていて油断のならない笑顔を浮かべているみたいに思えるのです。


「私も讃岐では牛糞や人糞を使って堆肥作りをしましたから」


「そんなで解るものなのか?

 この技を必死に編み出した父上が聞いたら卒倒してしまうよ」


「大丈夫です。

 真似したくありませんから」


「まあその意見には賛同するよ。

 で、地中に空洞となる穴を開けて水と牛糞を入れて混ぜると、穴に突き立てた煙突から臭い“気”が立ち上るんだ。

 それを瓶に溜めてあった訳だ。

 不思議な事に臭い“気”というのは瓶を逆さにすると逃げないんだよ」


 あー、都市ガスと同じで、空気より軽いのですね。


「その様子だと、なんか解っているみたいだね。

 で、その瓶を10個ほど隠れ家には仕込んであってね。

 いざという時、逆さの瓶を倒して離れた所から火をつけるとボンと一気に燃え広がる寸法なんだよ」


「つまりガス爆発って事ですね」


「? ……何だい、『がすばくはつ』って?」


 あ……。


「え〜っと、『臭い“気”が素早く発火する』?

 略して『がすばくはす』……でしょうか?」


「ははははは、ひどいこじ付けだね。

 お嬢ちゃんの知恵には臭い“気”もあるみたいに思えるよ」


「ではあの発火で、敵は行動不能になったのでしょうか?」


「残念だけど音の割に敵を殲滅する程の威力はないよ。

 精々、意表を突くくらいだ。

 ただ、中大兄皇子は近くにいすぎたから、炎を浴びたかも知れない。

 今頃は顔がヒリヒリしているかも知れないね」


「今思えば、中大兄皇子が行動不能になった時にトドメをさせたんじゃ無いかと思ったのですが、無理だったのでしょうか?」


「悪いね。それは雇用主から止められているんだ」


 あー、雇用主が誰なのか大体分かってきました。

 宇麻乃様も難しい仕事(ミッション)を請け負ってしまったみたいです。


「宇麻乃様がこのお仕事を請け負ったのは何か理由があるのですか?

 あまりに危険(リスキー)だと思います。

 皇兄を敵に回してまで私を護るなんて、割に合わない気がします」


「そう思うかも知れないね。

 だけど私にはどうしてもやり遂げなければならない理由があるんだよ」


「理由? ……ですか」


「そう……、麻呂のためだよ」


 ポツリとそう言った宇麻乃様の表情は、少し沈んだ様子に見えました。



(つづきます)


◎メタンガスの爆発について解説

メタンガスの入った30ℓの瓶が10個で300ℓ。

小屋の容積が3m × 2m × 1.8m =10.8m3 = 10800ℓ とすると、

小屋の中をメタンガス容積が占める割合は、300/10800 =2.8%

メタンガスの爆発濃度が5〜15体積%なので小屋の1/5にガスが拡散した瞬間にガスは爆発すると思われます。


またメタンガスの燃焼熱量は 802 kJ/mol 。

瓶の中のメタンガス 300ℓ/22.4ℓ = 13.4molが爆発すると、

総燃焼熱量13.4mol × 802kJ/mol = 10.7 MJの熱量が解放される事になります。

これは一般的なカセットコンロに使われるブタンガス250g(燃焼熱量43.1kJ/g)に換算すると約1本に相当します。

離れた場所ならば大火傷は負わないまでも、小屋を吹き飛ばす程度の小規模な爆発を起こさせるのには十分かと考えました。


くれぐれも火の取り扱いには気をつけて下さい。

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