建クンの回復
(※囚われのかぐやは間一髪のところで物部宇麻乃によって助けられた。逃げ込んだ隠れ家で、かぐやは物部の秘した歴史を知るのであった。そしてこれまでの中大兄皇子の悪行も……)
「それにしてもお嬢ちゃんの知識には驚かされるね。
まるで予め知っていたのでは無いかと思うくらいだ」
ぎくりっ!
「いえいえいえいえ、知っていたならもっと上手く立ち回っております。
こんな窮状に陥っているはずがないじゃ無いですか」
「いやまあ、そうだね。
鎌足様なんかは方々から隈なく情報を集めて、決して失敗しない様立ち回るのが上手なお方だ。
しかし中大兄皇子は本当に先を知っているのでは無いかと思う様な事がある。
やる事なす事、全てが思う様に上手くいくし、行動に躊躇いがない」
「その結果が先々帝の暗殺に先帝の軟禁では、帝として行く末が不安です」
私の言葉に、宇麻乃様はポカンとした表情になりました。
「あ……、そうか。知らなかったんだね。
中大兄皇子は帝位を継承していないんだ」
「え? 他に誰が居るのですか?
まさか大海人皇子様?」
「いや、まさか。
帝位は空位のままなんだよ。
代わりに間人太后様が中皇命 (なかつすめらみこと)となられた。
それで中大兄皇子は『皇兄』となり、政を掌握する腹積もりだ」
そう言えば、私を捕まえにきた男も皇太子の事を『コウケイ』って言ってましたが、そうゆう事だったのですね。
間人様にはお子様がいらっしゃらないので、帝位に就かせるのは丁度いのでしょう。
やはり中大兄皇子が中々帝位に就かなかったのは歴史の通りです。
多分、悪巧みをするのには自らが帝でない方が都合が良いのでしょうか?
白村江の企みも今の私では止めようがありません。
その失策も亡き斉明帝か、間人太后様に押し付けるつもりなんでしょう。
斉明帝は面倒ごとを全部自分が引き受けると中大兄皇子に言ってましたから。
「物事が全て悪い方へと流れていくのを感じます」
「そうだね。
……と言う事で私の事を信用してくれたかな?」
「ええ、雇用主が誰なのか気になりますが、取り敢えずは信じます」
「そうだね。完全に信じない方がいい。
まだ聞きたい事はあるだろうけど、それよりも少し休みなさい。
あまり顔色が良くないようだ。
殆ど食事も取っていないんだろ?」
「ええ、空腹の限界の先を知る事が出来ました。
建クンがいなければ耐えられなかったと思います」
「鮪は容赦の無い男だ。
依頼されたらとことんやる。
それでいて抜け目がなく、慎重この上無い。
遠からずここは知られるだろう。
今のうちに体力を回復した方がいい。
皇子様も呼吸が落ち着いてきた様だ」
ふと見ると建クンの寝顔に剣が取れています。
オデコに手を当てると、少し熱っぽいけど微熱というレベルでした。
それを確認するとこれまでの緊張が一気に解れて、強烈な眠気が襲ってきました。
私は私が思っている以上に無理をしていたみたいです。
「それではお言葉に甘えて……お休みさせ……て、……」
私は強い眠気に抗う事ができずズルズルと堕ちていきました。
◇◇◇◇◇
(がばっ!)
OL時代に寝坊した朝のように、私は不意に飛び起きました。
やばっ! 遅刻!!
しかし起き抜け出今の自分の状況が飲み込めません。
外は明るいですが、今が朝なのか、昼なのか、夕方なのか?
だんだんと意識が覚醒してきて、自分がかぐやである事、飛鳥時代である事、ここは筑紫である事、自分が宇麻乃様の隠れ家に潜んでいる事を思い出しました。
そして建クンが快方の兆しが見えた途端、気絶するように眠りこけた事を思い出しました。
キョロキョロと周りを見まわすと横には建クン、向こう側に宇麻乃様が何かを作っているところでした。
良い匂いがするので食事でしょうか?
私はよっこらせと起き上がり、傍にいた建クンのオデコに手を当てました。
やはり微熱っぽい感じですが、呼吸が落ち着いて全然苦しそうではありません。
ホッと一安心して、宇麻乃様の方へと近づいていきました。
「おお、お嬢ちゃんよく寝たね。
少しは疲れは取れたかい?」
「ええ、お陰様で身体がかなり楽になりました」
「それじゃあお腹も空いただろう。
用意が出来ているから食べると良い。
空腹に優しい献立を用意したつもりだ」
「ありがとうございます。
宇麻乃様はお料理もお出来になるのですね」
「まあ、一人で彼方此方へ行くことが多いし、料理と薬は似ているんだ」
「変なものは入れないで下さいね。
ドクダミとかセンブリとか」
「ドクダミは飲んだ方がいいだろう。
監禁されていた場所で出された食事に何が入れられていたのか分からない。
毒消しに常備してあるから」
宇麻乃様は本当に根っからの薬草オタクなのかも知れませんね。
「それでは建クンのお食事も持っていきます」
そう言って私は食事を受け取り、建クンに与えることにしました。
「建クン、建クン、起きられる?」
少し遠くから声を掛けました。
すると建クンに反応があり、首がこちらの方へと向きました。
ただそれだけなのにもの凄く嬉しい。
「お腹が空いたでしょ?
お粥を用意してくれたの。
一緒に食べましょう」
「……ん」
どうしよう、涙が出てきそう。
建クンは昨日、十口くらいしかお米を口に流し込む事しかできませんでしたし、それ以前は絶食だったはず。
いきなり満腹まで食べてしまうと胃がビックリしてしまいそうなので、少しずつ少しずつ食べさせてあげました。
「はい、あーーーん」
うふふふふふふふふふふふふふ。
幸せ♪
私も自分の分を食べて人心地着いたところで、宇麻乃様が話を切り出しました。
「本当はもっと休ませたいところだけど、ここには長く居られない。
今にでも鮪が踏み込んできたとしても不思議じゃない。
早々にここを引き払った方が賢明だ。
「はい、何処か目的地はあるのでしょうか?」
「このような場所は他にもあるから、それを経由して摂津を目指すつもりだ。
そこに雇用主が二人に安全な場所を用意する段取りになっている」
また摂津かぁ。
「私達は摂津で捕まりましたので、警戒が厳しいのではないでしょうか?」
「その辺は顔が利く方だから安心して欲しい。
それより街道を行くのがよほど危険だ。
皇子様が一緒だったから仕方がないが、今回は別の道を行く」
「分かりました。
宇麻乃様の意見に従います」
「では出発は今夜。夜陰に紛れて筑紫を出よう」
「はい」
「ん」
こうして私達は二度目の逃亡の旅に出ることになりました。
◇◇◇◇◇
夜、私達はひっそりと外へと抜け出しました。
体力が戻っていない建クンは宇麻乃様がおぶって、私は荷物を担当します。
水と食料とお薬です。
古代の夜は人工の明りが全くなくて真っ暗ですが、今夜は月明りが眩しく感じるくらいに空が近く感じます。
歩き易くて助かるのですが、敵に見つかるかもしれないと考えるとあまり歓迎したくありません。
敵に見つかるのではないかと冷や冷やしながら、宇麻乃様の後を付いていきます。
そして一晩掛けて、だいぶ景色が違う寒村にたどり着いたのは、東の空がうっすらと赤みを帯びた頃でした。
「お嬢ちゃん、もうすぐ最初の目的地に着く。
そうしたら軽く食事をして休もう」
「はい」
ゴールが近いと思うと不思議と疲れを忘れさせてくれます。
建クンは宇麻乃様の背中でくーくーと寝ています。
どうか今度こそ無事に逃げられますように。
最近、忘れつつある月詠尊様に心の中で手を合わせて祈るのでした。
(つづきます)




