宇麻乃の隠れ家
(※囚われの身となったかぐやに襲撃者の手が伸びる。絶体絶命の状況に建皇子と共にここで命果てる覚悟を決めたかぐやであった。が……)
雇用主って誰よ?
帝のご遺言? 大海人皇子? まさかのお爺さん?
ボロ屋に監禁された私達が理由も分からず襲撃されるという突然の修羅場。
そこへ颯爽と現れたのは物部宇麻乃様。
これがマンガでしたら登場するのは主人公か、頼もしい仲間の出番なのでしょうけど、宇麻乃様はどう見ても普通の冴えないおじさんです。
もしかして無自覚系の剣聖とか、娘がSSS級の冒険者とか、ゲームで課金しまくったアラフォー転生者だったりするの?
そう言えばつい最近、宇麻乃様のとんでもない秘密を聞いた覚えがあるはずなのですが……。
あーっ、すぐに浮かんできません。
「さ、逃げるんだ! 早く!」
宇麻乃様の声でハッとしました。
余計な事を考えている場合じゃないって。
「建クンが動けないのです。
なので私もここから動けません」
宇麻乃様は横になって寝ている建クンを見て、少し顔を顰めました。
「そんなに悪いのか?!」
「この十日間、ずっと高熱にうなされていて、その間水すらも満足に与えられなかったのです」
「チッ! あの男は何を考えているのだ」
宇麻乃様の顔はさらに険しくなり、吐き捨てる様に悪態をつきました。
こんな宇麻乃様は初めて見ます。
「戻れば解熱の薬草がある。
建皇子は私が連れて行くから、お嬢ちゃんはついて来れるか?」
そうだ!
宇麻乃様は薬草にお詳しいのでした。
讃岐で植物について色々と教わったことがありました。
(※第224話『孝徳帝御崩御の後』ご参照)
「分かりました。
私も万全ではありませんが、頑張って付いて行きます」
一筋の光明!
神の使いの方は言っていました。
神の御技による建クンの救済はできないけど、人に手による救済は可能だと。
希望が見えたのなら話は別です。
(※第319話『神のお使い』ご参照)
「物部様、他に味方はおられるのですか?」
「いや、私一人だけだ。
一人で極秘にやれって言われたのだよ。
酷いとは思わんかね」
「それを聞いて安心しました」
「へっ?!」
「建クンをお願いします」
私はそう言って、立ち上がって先ほど宇麻乃様に斬られた二人に向けて光の玉を当てました。
チューン! ×2
背中から流れ出る血がどれくらいなのかは分かりませんが、運が良ければ助かるはずです。
そしてその上で記憶消去の光の玉をぶつけました。
チューン! ×2
一日分なんて甘い事はしません。
全消去、記憶喪失にしました。
この様子からして、連中は私と建クンを殺すためにここへ来たのは間違いありません。
ならば私は貴方達の命は奪いませんが、これまでの人生を消します。
私は部屋をでると、出会う人間全てに記憶消去の光の玉をお見舞いしました。
チューン! チューン! チューン!
チューン! チューン! チューン!
チューン! チューン! チューン!
チューン! チューン! チューン!
……
初期化しないのがせめてもの情けです。
光の玉を受けた者達は反応は様々です。
状況が飲み込めず呆然と立ちすくむ者。
目の前の惨状に驚き、悲鳴を上げ、剣を捨てて逃げ出す者。
数少ないですが、私に向かって斬り掛かる者。
もちろんそのような危険な輩に手加減はしません。
チューン!
このひと月間、私が味わった様々な辛苦を味わって頂きました。
「ひょっとしてお嬢ちゃんが居れば、私は要らなかったのかい?」
「いえ、建クンがこのままならば私に生きていく意味はありません。
物部様が来るまでは命を諦めかけておりました」
「そうなんだ。
だけどどんなことがあっても君には生きて欲しいと私は思うよ。
君が思っている以上に、周りの者は君を好いているんだ。
私の息子もね」
麻呂クンが?
そんな素振り全然見えなかったけど。
本当に燕の子安貝持ってきたらどうしよう?
でももう私には建クンがいるから。
「建クンを護るのは亡き帝との約束ですから」
「おやおや。そこまで想われているとはこの子も幸せ者だね。
ならば急いで逃げよう。
隠れ家に薬がある」
「はい!」
屋敷を襲撃した者達と屋敷で私を監禁していた者達は全て無力化しました。
皆混乱しています。
逃げる私が何者であるのか、何故逃げるのか、何故自分たちが追いかけるのか、周りにいる者が敵(大和)なのか味方(筑紫)なのか、そして自分が何者なのか? 全てが分かりません。
その様な状況なので、易々と逃げ遂せました。
◇◇◇◇◇
庶民の住むあばら家が密集するその中の一軒に隠れ家がありました。
まるで間者みたいです。
建クンを背負った宇麻乃様は、建クンをそっと下ろして、床下をパカっと開けて壺のような物を取り出しました。
そしてその中を開けて、中に入った薬包紙らしき包みを取り出しました。
「これを煎じて飲ませるんだ」
私は急いで火を起こして、甕に水を汲み、お湯を沸かしました。
そして薬草の葉を適量入れて煎じました。
しかし今の建クンにはそれを飲める状態ではありません。
私は熱い薬湯をゆっくり啜って、口の中で適温にしてから建クンに一口、二口と口移しで飲ませました。
「手際がいいねえ」
「恐れ入ります」
感心したように宇麻乃様が褒めてくれます。
「昔から君は何をやっても理にかなった行動をとる子だったが、大人になったら所作に戸惑いが無くなったね」
「いろいろと経験を積みましたので」
「良い経験も宜しくない経験もたくさんしたようだね。
傍目から見て君ほど頼りになる存在はなかなか居ないよ。
斉明帝が君を重用したのが良くわかる」
「そんなことは無いと思います。
私はしがない建皇子の世話係でした。
でもそれだけで十分幸せでした」
「だが敵にとっては君は脅威に映った様だ」
そう言えば……。
「何故、私は筑紫に人達に命を狙われたのでしょう?
心当たりはありますが、私からすれば先に手を出したのは向こうのハズです」
「君はずっと監禁されていたから外の事を知らない様だけど、中大兄皇子は帝の件で筑紫に相当な賠償を求めたらしい。
あまりに過大な要求に筑紫国の評造、筑紫殿は証拠がないからとゴネ始めたみたいなんだよ。
そこで目撃者である君を発見したと言ってね。
あそこへ閉じ込めて、再度襲わせようと目論んでいたらしい」
「つまり私は囮に使われたという事ですか?」
「そうだね。しかも一緒に居るのが中大兄皇子の息子、建皇子だ。
母親だけでなく息子までとなれば、筑紫に対してどのような要求も通るだろう。
そう企んだみたいだ。
ご丁寧に君達の居場所を洩らしてまでしてね」
私だけでなく建クンも?
つまり私達は生餌として生かされていたという事?
考えれば考えるほど、絶望的に腹が立ってきました。
『戦士するのは畿内の兵ではない。
殆どが筑紫国や伊予、吉備の連中だ。
有り体に言えば我が敵だ。
我の支配が及ばぬのなら潰してしまえばいい。
唐に兵士らを潰させて、国力が落ちたところを我々が叩くのだ』
朝倉宮で言っていた皇太子の言葉が、頭の中で再生されます。
「皇太子は筑紫の兵を無駄死にさせることが目的だといってました。
それをしたいがために建皇子を囮に使って、その後は要らないとばかり瀕死の建クンにこのような扱いをしたのですね」
「ああ、たぶんそうだろうね」
皇太子の言葉が次から次へと続きます。
『邪魔な者には全て居なくなって貰った。
古人、倉山田、内麻呂、有間、叔父上。
………
宇麻乃に命じて誰にも分らぬよう始末させた。
眠るように安らかな最期だったそうだ』
!!!!
そうでした!
孝徳帝を亡き者にしたのは宇麻乃様だったんだ!
もしかして宇麻乃様も皇太子の手下?!
すぐさま私は見えない光の玉を展開しました。
「どうしたんだ、お嬢ちゃん?
私の緊張を感じ取った宇麻乃様が怪訝そうに質問します。
どうしよう?
このままい何もせず居続けるのは危険です。
しかしここから逃げ出して、助かるアテはありません。
ここでどうにかするしか……。
「物部様の雇用主とは、何方なのでしょうか?」
「すまないね。言えないんだ」
やはり怪しい。
「では、物部様は皇太子様とどのようなつながりが御座いますでしょうか?」
「あー、言わなきゃ駄目かな?」
「重要な事です」
「そうか……、君は何処まで知っている?」
宇麻乃様も私の雰囲気を悟って、目に警戒の光がチラチラと見え隠れしております。
「……仄暗い役目を負っていると」
「なるほどね。
それでは仕方がない。
話すしかなさそうだ」
宇麻乃様の長い話が始まりました。
(つづきます)




