囚われのかぐや
すみません。
スッキリしない話が続きます。
(※葛城氏の屋敷に匿って貰うも、遂に捕まってしまったかぐや。親王となった建皇子に再び『歴史の修正力』が襲うが、囚われの身のかぐやにはなす術もなかった)
目隠しをされたまま、何処か部屋らしき板の間に放り込まれた私は、手足を縛られて不自由なまま芋虫みたいにゴロンゴロンと転がされています。
人の気配はしませんが、息を潜めているだけかも知れません。
相手は私に何も情報を与えないつもりなのでしょう。
悪役は悪役らしく、名乗りをあげて要らない情報とか言ってはいけない秘密をペラペラ喋ってくれた方がこちらとしてもやり易いのですが、そんなイメージとは正反対の物凄く慎重な人物が指揮を取っている様に思えます。
それにしても、今日は夜明け前から一度も厠へ行っていないので漏れそうです。
建クンが心配で堪らないのに、自分が生理現象で悩んでいる事に許せない気持ちが湧き上がってきます。
とは言え二十女(※中身アラサー)の斉一性のピンチです。
背に腹は変えられません。
「お願い! 厠へ行かせて!
漏れちゃうぅぅ〜〜」
無け無しの色気を振り絞って大声を上げました。
すると、遠くから足音が聞こえてきました。
複数? ……少なくとも一人では無さそうです。
足音は私のすぐ側までやってきて、私の足を縛る手拭いのような布を解きました。
そして私の手を掴み、外(?)へと連れ出します。
そして手を離して、低い声で一言。
「ここでしろ」
目隠しをされたまま、人が見ている前でオシッコするなんて!
「手を縛られたままでは裳を下ろすことも出来ません。
せめて人前じゃないところで」
精一杯抵抗しますが、全く反応がありません。
少しするとまた同じ人の声がしました。
「大人しくしろ。
抵抗したら、周りの者が黙っていない。
皇子様のご無事も保証出来んぞ」
「建クン、建皇子は無事なの?
熱でうなされていない?!」
しかし、何も答えはなく、お腹の辺りの裳を留める紐に手が掛かるのを感じました。
思わずしゃがんでしまいそうになりましたが、恥ずかしがっていたら負けです。
そしてするすると裳が下ろされてしまいました。
おそらく今の私は下半身丸出しの状態です。
スースーしています。
だけど変に隠そうとせず、堂々として言い放ちます。
「ここで用を足せば良いのね」
そう言って、少し前に出てしゃがみ込み、今日一日分の老廃物を全部出しました。
(しー……)
心の中では恥ずかしくて死にそうです。
だけど私が死んだら、建クンを救えません。
それを思えば、人前でオシッコをするくらいなんて事ありません。
そして出し終わったら、先ほどの裳があるであろう場所へ戻り、
「このままじゃ風邪を引いちゃうわ。裳を履かせて」
まるで本当の悪役令嬢がメイドに命令するかのように、言います。
たぶん周りに居る男達は私の秘所を見ているのでしょう。
なかなか裳を直してくれません。
かすかに、クスクス笑いが聞こえます。
しばらくして足と腰の周りに裳を直す感触がしました。
そして再び手を引かれて、元の部屋へと戻りました。
元の部屋に戻ると、口に何か当たりました。
「飲め!」
甕らしき器に入った水を、無理やり押し込まれるかのように水を飲まされました。
後ろ手に縛られているので抵抗できません。
「んぐっ、んぐっ、うんぐっ」
今日一日何も口にしていなかったので、空腹なうえ喉はカラカラでした。
ですが、建クンはもっと苦しい思いをしていると思うと、たぶん目の前に食事があっても喉を通らないでしょう。
だからといってこれはありません。
鼻にまで入った水はとても痛く、まるで溺れたかような感覚です。
「けほっ! けほっ!」
拷問の様な飲水が終わり、男が去っていく気配を感じた時、私は僅かな抵抗をしました。
チューン!
「……ん? はて?」
私が何をしたのか気付かずに、そう言い残して男は去っていきました。
たぶん……。
男はこの一時間の記憶がきれいに消えているはずです。
蘇我赤兄とその手下を使って思う存分、練習した記憶消去です。
赤外線の光の玉なので、自分が何かされたのか気付いていないでしょう。
私に触れる距離に居る男たちの記憶をコツコツと削ってやります。
それにしても……建くん……。
お願い! 無事でいて!
◇◇◇◇◇
次の日も、そのまた次の日も、同じような扱いと辱めを受けながら移動が続きました。
食べ物は全く与えられず、水だけです。
おかげで大きい方は全く出ませんが、小用は毎日人前でさせられます。
その度に傍にいる男の記憶を消してやりました。
だけど、長い逃亡生活でのひもじい生活の後に断食です。
自分でも感覚が鈍くなり、明らかに集中力と思考力が衰えています。
力が思うように出ず、ちょっとしたことでフラつきます。
過剰なダイエットで栄養失調になった時の症状です。
私じゃなくて私の友人がそうなったのよ!
連中からしたら私は罪人なので、人権など無いのでしょう。
目隠しと後ろ手に縛られた布は、絞め直されることはあっても一度も外されたことはありません。
ヒリヒリするので光の玉で治療しておりますが、それをしていなかったら真っ赤な痣になっていたでしょう。
ただ私が光の玉を持っていることは連中に知れ渡っているらしく、必ず複数人が取り囲んでいるみたいです。
もしかしたら遠巻きにも誰かが見張っているかも知れません。
苦痛を与える割に、私を死なせるつもりがないという事は、何処かへ連れて行って拷問なり、処刑なりするつもりなのかも知れません。
しかし、どんなに問いかけても返事は返ってきません。
ちくしょう!
そして囚われて4日目、変化がありました。
馬から降ろされて、両足を縛る布が取り外され、無理やり歩かされました。
フラフラしながら歩いていると、急に不安定な足場に乗らさせられました。
……船?
ゆらゆらします。
間違いありません。
船に乗ると、私はまたもや足を縛られて船倉らしき場所に転がされました。
もはや転がされるというより、立つことが難しくなってきています。
今の私には建クンを想う気持ちだけが生きるための原動力なのです。
…………私は横になったまま考えました。
船に乗ったという事は、おそらく筑紫へと送り返されているのだと思います。
筑紫に居るのは、皇太子。
つまり御白州にした上で処刑するのか?
いえ、処刑するのならとっととやっているはず。
建クンを『親王』と呼んでいたので、後継者にするつもり?
……いや、違う。
朝倉宮でぶっちゃけた時に、建クンに『お前には子を残す以外期待はしておらぬ』と言い切ったのです。
つまり建クンは血筋を残すための種馬的な扱いで、私は”借り腹”扱い?
でもそれなら私を生かす理由には弱いような気がします。
私じゃなくてもいいはず。
もっと別の何かで、私を利用するつもりなのは間違いないでしょう。
最期に皇太子と話をした時、月詠命様の加護を受けていると聞いて何か思うところがあったみたいにも思えました。
私にとって第一優先は建クン。
飲める要求は飲まなければならないでしょう。
しかしあの皇太子の事です。
一筋縄ではいかないでしょう。
そう言えば、私を捕まえに来たあの男は、皇太子のことを『コウケイ』って言ってました。
何か変化があったのかも知れません。
私は船に揺られながら、起きることも出来ず、硬い船倉の上で横になりながら考えるのでした。
(つづきます)
厠という言葉。
日本書紀に『厠』の文字がありますので、厠という単語は飛鳥時代にはあったと思われます。
天然の水洗トイレである河の上に建てられた屋が語源だとか?(※諸説あり)
【日本書記第十二巻より】
刺領巾、恃其誂言、獨執矛、以伺仲皇子入厠而刺殺、卽隸于瑞齒別皇子。
『刺領巾は依頼された言葉の通り一人で矛を取って、仲皇子が厠に入るところを伺い刺し殺した』




