追い詰められたかぐや
難しい場面が続きます。
(※敵の襲撃を何とか躱し、一言主神社の氏上・葛城氏の屋敷へと駆け込んだかぐやと建皇子。長い逃亡生活の末、束の間の休息を取るのであった)
ようやく雨露をしのげる屋根の下で二人して横になれました。
緊張の連続だった建クンのためにいつもの様に添い寝をしてあげます。
後宮育ちの建クンにはこの一か月間は過酷な旅でした。
そのせいでしょう。
その寝顔はすやすや……とは言えず、どこか息苦しそうに見えます。
「ん……、ん」
何かの夢を見ているのでしょうか?
建クンの寝言を聞くだけで心が締め付けられそうになります。
あまり言葉を発することのない建クンの心の中は、私にも分かっているわけではありません。
しかし何も考えていないのではなく、むしろたくさんの事を考えていて、頭が爆発しそうな感覚に囚われているのではないかと思っています。
それが臨界を超えると癇癪となって表に出るのでしょう。
そんな建クンの心に少しでも、心の重しを減らしてあげようと、どんな時にも付き添ってあげています。
一時期は反抗期っぽい感じでしたが、この逃避行の道中は素直に私のスリスリを受け入れてくれます。
おかげで私の心の重しはすごく軽くなっております。
【天の声】目的と手段が逆になっているぞ。
そんな事を考えながら、眠れずにいると外で物音がしました。
人の声もします。
私は一気に心の警戒レベルを最大限に引き上げました。
そして優しく建クンをゆさゆさして起こします。
「建クン、建クン、起きて」
「んん……、ん…」
暫くするとすごく眠たそうな様子で起き上がりました。
周りの状況を分かっておらず、いつもの様に荒屋で夜を明かしたのと勘違いしているみたいです。
「ごめんね、建クン。
追手が来たみたいなの。
ここを逃げ出すかもしれないから準備してね」
あまり緊急な感じを表に出さず、焦らせてパニックにならない様に気遣います。
すると戸の外から足音がしました。
(どたどたどた)
「かぐや様、敵襲です。
この屋敷は兵士に囲まれております!」
何故ここに居るのがバレたのかはわかりませんが、どうやら逃げるのは難しそうです。
「葛城様。
葛城様は見ず知らずの女子供を気の毒に思われて一晩の宿をお貸しした。
そうゆう事にして下さい」
せめて葛城様に累が及ばないよう口裏を合わせをお願いしました。
しかし葛城様は首を横に振ります。
「私はどのようになってもいのです。
かぐや様はどうなさるつもりですか?」
「分かりません。
しかしどのような状況になろうとも、建皇子を守り抜きます」
「捕まってしまいましたらどうなるのか分かりませんぞ」
「私はいいのです。
この場から逃げられぬのなら、せめて建皇子だけでも……」
いよいよ覚悟を決めなければならない様です。
◇◇◇◇◇
薄暗い曙の空の下、兵士が持つ松明をが周りを照らしております。
外に出ると兵士がぐるりと周りを取り囲んでいました。
一番偉そうな人が真ん中に居ます。
しかし前に人を配置して、明らかに私の光の玉を警戒している様子です。
私は一人で門の外に出ようとしましたが、建クンが私の衣をギュッと掴んで離しません。
仕方がなく建クンを伴い、男に相対しました。
よく見るとその男の後ろに水と梨を恵んでくれた男性が松明の明りに照らされていました。
それを見て、ここを突き止められた理由がハッキリと分かりました。
彼の左目の上が腫れあがっていて、暴行を受けた痕があります。
おそらく無理やり白状させられたのでしょう。
ツキっと心に痛みを覚えます。
「其方がかぐやだな。大人しく投降せよ」
私が表に出ると偉そうな男が大声で私に警告しました。
「私は何の罪で捕まるのですか?」
「其方には帝のご崩御に際し、嫌疑が掛けられている。
親王様を拐かし連れ去った罪により、皇兄様より捕縛の勅命が下っている」
勅命? 皇兄?
……皇太子は即位したの?
私が拐かした親王(※帝の嫡出皇子)って……?
初めて聞く言葉に安宅が混乱します。
しかし建クンが親王、つまり帝となる資格を有するという事は……?
!!!!
傍らに居る建クンに目を向けると、目がトロンとして眠たそうにしているように見えます。
しかしオデコに手を当てると熱い!
あの時と同じすごい高熱です。
またもや『歴史の修正力(※)』が建クンに発動してしまいました。
(※第318話『そもそも』をご参照)
「皇子様は体調を崩されております!
私はどうなっても良いので、暫しここで休ませて差し上げてください!」
「都合の良い事を言うな。
そもそも皇子様に無理をさせて体調を崩させたのは其方であろう。
大人しく投降せよ。
さすれば皇子様に危害が及ぶことは無い」
「お願いです。
建皇子の看病をさせて下さい」
「それは出来ぬ。
それを許したらまたもや親王様を拐かすつもりでおろう!」
「このままでは建クンが死んでしまいます。
お願いです」
「うるさい!
単なる風邪を大げさに言うな!
どうするかは後で考える。
先ずは親王様を解放せよ」
「建クン……」
建クンがふらふらと倒れそうになり、私にぶら下がるようにしがみついています。
私は熱くなった建クンを抱き上げ、ありったけの解熱の光の玉を当てました。
<<<< チューン! >>>>
そして次の瞬間、私の目の前は真っ暗になりました。
◇◇◇◇◇
次に目が覚めた時、私は手足を縛られて馬の上に乗せられて連行されているみたいです。
みたい……というのは私は手足の拘束だけでなく、目隠しもされていました。
何も見えず、周りの様子が全く分かりません。
ここは何処なのか、何処へ向かっているのか、全然分かりません。
おそらく私の光の玉を警戒しての事なのでしょう。
完全に手の内を読まれています。
「建皇子はどちらにいますか?
どの様な様子ですか?」
とにかく声を出して、周りにいるだろう兵士に語り掛けました。
しかし何も反応がありません。
「建クン……、建皇子は無事なんでしょうか?
熱は下がりましたか?
お願いです、教えてください」
全く返事がありません。
足音は聞こえるので、人がいるのは間違いなのです。
建クンが苦しんでいるかも知れないと思うと、黙ってはいられません。
窮屈な姿勢でお腹が苦しかろうが構わず、ひたすらに声を出して問いかけました。
ですが、答える人は誰も居なく、返事どころか黙れとも言われず、ずっと馬に揺られました。
はぁはぁ……
ひたすらに声を張り上げ、質問を繰り返しましたが何も情報を得られる事もなく、目的地らしき場所に着くと誰かの手により馬から降ろさせられました。
時々潮の臭いがしたので、おそらく海に面した河内に居るのだと思います。
「お願いです。
建皇子が病気で苦しんでいるのなら看病させてください。
お願いです」
しかし、全く取り合ってくれません。
目隠しはキツく縛られ、手足も動かすことが出来ません。
周りの様子がほとんど分からないまま放り込まれた何処かの部屋で、芋虫みたいにもごもごと蠢きます。
ですが周りにいる兵士達は一言も声を発することなく、ずっと黙ったままです。
何人居るのかもすら分かりません。
いえ、何人居るのか判らせないように警戒しているのでしょう。
私は絶望感の中、建クン以外の事は考えられません。
何とかして建クンを救い出さなければと焦る気持ちだけが募るのでした。
(つづきます)
斉明天皇亡き後、中大兄皇子は称制により政権を担ったことになっておりますが、即位せず称制の形をとったのに少々不自然さを感じております。
本作品ではそのアンサーについて、拙いですがとある仮説を立ててみました。
それは……後の話にて。




