宴、最終日(4)・・・最後の舞
いよいよ大詰めです。
長かった歌合せも終わり、ようやく休憩時間になりました。
初日に行われなかった詩の詠み合いに多く時間が費やされたみたいで、楽しみにしていた方は満足げなご様子でした。
本来、この時代の宴はこんなにキッチリと時間割を決める事はしないのですが、準備段階で私が秋田様に段取りを質問して確認を取ったり、萬田先生と舞の準備の進め方を話し合いをしているうちに予定表が出来上がってしまったのです。
休憩の後は最後の演目の舞です。
あれこれと準備をしなければなりませんので、真人様を与志古夫人の元にお送りしましょう。
「真人様、それでは私は準備をしますので、与志古様の所に戻りましょう」
「はい!」
グズルかなーと思ったのですが、意外と聞き分けが良く、少し驚きました。
きっと母様の所に帰りたかったのでしょう。
真人様のお付きの人と衣通姫と一緒に与志古夫人の方へ行くと、真人様は与志古夫人の方へと駆け出して行きました。
周りは皇子の無邪気な行動に微笑ましい雰囲気を漂わせてます。
ほのぼの〜。
「かぐやさん、面倒見て頂いてありがとう。
おかげで中臣殿、忌部殿とゆっくり話ができました。
かぐやさんの舞が素晴らしいという噂が真であると聞きましたよ。
楽しみにしてますね」
「はい、精一杯舞わさせて頂きます。」
引き攣りそうになる表情筋をなだめながら、社交辞令で応えるのは社会人スキルを以ってもキツいです。
すると中臣様がスッと寄って来て、半分しか身長のない私の視線まで腰を落として静かな声で語りかけてきました。
「かぐやよ。其方が口だけで騙りの天女モドキであるか、真の吉祥天であるか、観させて貰おう」
こ……これって、偽物なら計画を知るお前を見過ごす事は出来ないって言ってる様にも聞こえるんですけど!?
「私は精一杯の舞を披露するだけです。
過分のご期待に応えられるかは中臣様がご判断下さいませ」
精一杯の強がりで返答しました。
「ふ……、楽しみにしているぞ」
何故なのか、日を追うごとに宴本来のプレッシャーよりも別のプレッシャーが強くなっているのですけど、私って何かやらかしてしまったのでしょうか?
【天の声】それが無自覚系だっつーの!
こうなった以上、ハラを括るしかありません。
何となくですが、強い意志を持った中臣様には精神に作用する小細工が効かない様な気がしますので実力勝負で行くしかありません。
舞がイマイチでも他で勝負すれば良いのです。
他の巫女さんを盛り立てたり、
他の巫女さんを目立たせたり、
他の巫女さんを後押ししたり……。
いざとなったら中臣様にも女の子の気持ちが分かる痛みをプレゼントして離席させてしまいましょう!
【天の声】それこそ小細工じゃないのか?
◇◇◇◇◇◇
衣装に着替えました。
お花摘みも済ませました。
覚悟も決めました。
後は舞うだけです。
初日よりやや予定が推したため外はとっぷりと暗く、松明の灯りがより明るく見えます。東の空には丸いお月様が見えます。
最後となる舞の演目は、まずは萬田先生のソロ、次に二人の舞、そして四人の舞。
最後に私を含めて九人全員で舞います。
楽隊の方々は流行りの風邪がすっかり全開して絶好調です。
今まで暖を取っていたので凍える事なく準備万端。
舞台は整いました。
まずは萬田先生のソロパート。
初日のオープニングの舞の時よりも気合が入っているのが分かります。
聞けば、与志古夫人に声を掛けられて甚く感動していたとの事です。
一ヶ月前に初めてお会いした時とは全然違って、劣等感を克服し、嶮が取れて、人として成長したご自分の姿を与志古夫人に観せて差し上げたいのでしょう。
そんな萬田先生の意気込みもあり、舞い終わった後の拍手が鳴り止みません。
これで中臣様、満足してくれないかな?
次は二人舞です。
シンクロした美しい所作は美しく、この舞に文句をつける人はいるでしょうか?
いや無い!
扇子を用いた舞は優雅に流れる小川か、舞い散る木の葉の様に見え、天女の舞に相応しい完成度です。現代の感覚を持った私ですら洗練された美しさを感じました。
またまた万雷の拍手です。
次は四人舞です。
古来の舞はそのままで、四人が息ぴったりの動きをしてまるで一人の人が舞って他の三人は鏡に写った虚像みたいにすら見えます。
どれだけ練習すれば、ここまで四人の息を合わせられるのでしょう。
何より古来から伝わる通りの舞というものは伝統を重んじる方々に安心感を与えます。
もしかしたら本日一番の拍手を得たかも知れないほど好評でした。
中臣様も拍手しているし、これで満足しましょうよ。
さて、オーラス。私が参加する舞です。
がその前に、舞台上に大道具係さん達の渾身の櫓が設えられます。
身長の低い私が中に入ると埋もれてしまうので、お立ち台を用意しました。
櫓は二段になっていて一番高い所に私、二番目に高い櫓に四人、そして櫓ではない舞台上に四人が立ちます。
手摺とかは無く、四方の何処からでもまる見えます。
さっきから私は自分を落ち着かせるため、精神鎮静の光の玉をチュンチュンと当てています。
初日にやらかしたアレですが、今はそれどころではありません。
なりふり構っていられないのです。
蛍だって光るのだから人が光っても不思議じゃありません!
【天の声】言っている事が滅茶苦茶だぞ。
さて準備が整いました。
〜〜♪
楽隊の演奏が始まります。
下段の人、中段の人、そして最上段の私が順に舞台へと上がります。
最上段に登った私の両手には神楽鈴。
衣装は昨日と同じ朱色の裳です。
一人だけ違う衣装で一番高い位置。
気のせいかも知れませんが、櫓の高さが練習の時より高くなっているような?
練習の時は櫓から落ちないことばかり考えていたのですが、第三者的に見て私がセンターという事に今更ながら気が付きました。
つまりどんなに周りが見事に舞っても、私の不出来は悪目立ちするだけです。
いよいよ中臣様に例のアレをするしかないと考えましたが、面と向かって『人を呪わば』なんて言ってしまった手前、それも悪手に思えます。
こうなればやるしかありません!
シャン! シャン! シャン!
私の鈴の音を合図に演奏が始まります。
楽隊さん、素晴らしい演奏をありがとう。
櫓の上の狭い舞台をいっぱいに使って、短い手足を精一杯伸ばして大きくゆっくり、迷い無く、萬田先生に教わった振り付けをなぞります。
シャン! シャン! シャン!
精神鎮静の光の玉の効果で、集中力がかつてない程高まっていて、周りがはっきりと認識できます。
観客の表情、巫女さんの舞、楽隊の皆様、お爺さんお婆さんの心配そうな表情、そしてキレイなお月様。
下段の巫女さんがテンパっているのが分かります。あの巫女さんは野外舞台に上るのが初めての方です。すぐさま、見えない光の玉を飛ばしました。ぽわっと光を放ったので、効果があったことが分かります。
一人だけでは不公平なので全員に光の玉を飛ばしました。全員が光ったのを見ると少なからず皆緊張しているのだと分かります。
シャン! シャン! シャン!
舞本来の目的は神様に舞を奉納し、一年の安定、幸福、そして無事に生存出来る事を祈願することです。
一度だけお会いした月詠命様に黄金のお礼とこれからも宜しくするためにも精一杯月に向かって舞いました。
シャン! シャン! シャン!
八人の巫女さんが皆私の方を向き、皆さんの視線が集まる私は振りを先導します。
そして九人全員の一糸乱れぬ舞を終えて、最後の鈴の音を響きさせます。
シャン! シャン! シャラララララ~
舞が終わりました。
(パチ……パチ……パチ……)
少し遅れて拍手が起きようとした時。
舞う前に仕込んだ数百発の見えない光の玉が黄金の光へと変わり、空一面を光で覆い尽くしました。
(ドーーーーン!)
いわゆる『溜め』です。
一昨日のタイミングよりも数テンポ遅れて、『あれ?光らないの?』と思った瞬間にドーンと光の大軍を光らせたのです。
あっけに取られる観衆を前に私は神楽鈴を鳴らします。
そう、退出するまでが舞なのです。
シャン! シャン! シャン!……
私は神楽鈴を鳴り響かせて巫女さん達の退場を促し、皆が厳かに退場し始めました。
観衆の皆さんもはっと気が付き、拍手をし、大きな畝りとなり、それでも昂る感情を大声にして叫んでます。
退出し終えても、ずっと大きな拍手がいつまでも鳴り止みませんでした。
(つづきます)
いつもありがとうございます。
ようやく宴のプログラムは全て終了しました。
次話は宴の総括になります。
せっかくお読み頂いている皆様には、作者の力量不足のため今ひとつ盛り上がりに欠けてしまい申し訳なく思います。
明日の更新では今後の創作方針についても少し触れたいと思います。