その後の長津宮にて(中大兄皇子視点)
謀をしているオレ様は生き生きしております。
そしてそのシーンを書く筆も何故かサクサクと進んでしまいます。
_/_/_/_/_/ 再び皇太子視点 _/_/_/_/_/
宇麻乃の手により母上のご遺体が火葬され、ここ長津宮へと運ばれてきた。
身に付けていたという装飾品には確かに覚えがあった。
残念だが、目の前のこれが母上なのは間違いない。
だが最初に連絡が付かなくなってから半月以上経過している。
その間にもやる事があまりにも多く、このままでは百済への出兵に影響がでそうだ。
そこで大海人を呼び寄せ、母上の葬儀の儀、ご遺体の帰還、陵墓への埋葬の一切を任せる事にした。
帝を見送った後、私が帝へと即位するのか?
……いや、流石に拙い。
せめて百済への出兵が片付くまでは母上のご意向に従って兵士らを送った体にせねばなるまい。
母上には百済の役の失策を陵墓の中にまで持って行って頂きたい。
それに……。
結論から言えば、私が母上を朝倉宮に軟禁しなければこうはならなかったであろう、という良心の呵責が無い訳では無い。
無論、母上を憎んでの仕打ちでは無かった。
しかし、結果として私が母上を亡き者にして即位したという形となるのは、あまりにも都合が悪すぎる。
周りに望まれて望まれて望まれた上で即位するのが望ましかろう。
今更、私の即位を阻む者が居るはずもない。
やはり有間を始末しておいて正解であったという事だ。
◇◇◇◇◇
今、私の目の前にいる男は筑紫評造の筑紫殿だ。
事の詳細は知らせてある。
「筑紫殿、此度の件について如何するおつもりかお聞かせ願いたい」
顔が強張っており、仕出かしてしまったと思っているのであろう。
「あ、いや。
先ずは賊というのが本当に筑紫の者らで間違いないかを調べさせて頂きたい」
「それは構わん。
だが、鶴見岳の噴火で噴き出した毒で朝倉の一帯は覆われている。
我々も調査に二百名を超える犠牲者を出している。
そうしてまでして、やっとの事で帝のご遺体を回収出来たのだ。
いつまで待てぬ故、多少の犠牲者を覚悟の上で調べられよ」
筑紫殿の顔が更に引きつった。
「わ、私としましてはこの筑紫の地で帝への襲撃を許したという事実を重く見ております。
毒が晴れましたら、取り急ぎ調べしたい」
「それでは少々困ったことになるかも知れませんな」
「困ったこととは?」
「我々の調査では筑紫の者により襲撃を受け、宮を焼かれたとの結論が既に出ているのだ。
それを公にしないのは偏に筑紫国が、大和を始めとした連合軍と争う事を望んでおらぬと思っているからだ。
筑紫殿もよく知っておろう。
今、長津には諸国から集めた二万を超える兵が駐屯しているのだよ。
その気になればその何倍もの兵士を繰り出すことも出来よう」
「!!!!」
ようやく私の本気を察したらしい。
これだから愚鈍は嫌いなのだ。
「……筑紫に攻め込むというのですか?」
「そうならない様にと、調査の結果を公にせず、こうやって筑紫殿と話し合いの場を持っているのだ。
筑紫の者達に帝を殺されたと知られてしまえば、私とて止めるのは無理であろう。
事の重大さをしかと心得てくれぬか?
あまり猶予がないことを筑紫殿の心に留めて頂きたいのだよ」
「そ、それは無論のことです。
い、いや……、ご配慮を頂き大変有り難く、感謝に絶えませぬ。
もし私どもに出来ることがあれば、何なりとお言いつけ願いたい」
「つまり別の形で筑紫殿と筑紫の民は、大和と対立するつもりの無き事を行動で示される。
……という理解で宜しいのかな?」
「行動で、ですか?」
「そう、筑紫は我々に害意など持たぬ証を示すのだ。
己が行動でな。
そうだな……。
帝のご遺志に従い筑紫の有らん限りの兵士を百済へと送り出す、というのはどうか?」
「それでは筑紫はもぬけの殻になってしまいます。
せめて半分で!」
「その半分が帝に害意を持っているということか?
それとも母上の次の標的は私なのか?」
「そんな、滅相もない。
ならば全兵力の七割。
これならば我々の恭順の意を示すには十分と言えましょう」
「分かった。
筑紫の兵力は五万と聞いておる。
三万五千の兵士ということになるが良いか?」
「いえ、我々が兵士をかき集めたとしても四万そこそこです。
三万五千も出しましたら、それこそ筑紫を守れなくなってしまいます」
「どうにも意思の疎通が出来ぬものだな。
仮に兵力が五万で、筑紫殿の言う四万の七割つまり二万八千しか派兵しなかったとすれば、半分近くを温存することになりますな。
これをもって害意がない証とするのは難しいと思いませぬか?
伊予ですら二万の兵を預けたのだ」
「しかし……」
「誤解を与えたのなら詫びよう。
別に私は三万五千もの兵士を取り上げると言っているのではない。
百済を助けるのに貸して頂きたいだけなのだ。
百済が国として再興すれば、兵士達は戻って来る。
元通りと言って良いだろう。
いや、戦を経験した兵というのはまるで違う。
むしろ増強されるのだ。
それをもって筑紫殿の潔白を示せるのであれば、損か得か分かるかと思うのだが?」
「それは重々承知しております
ですが……」
「それとも何かな?
筑紫殿は兵力を温存し、次の標的を長津宮に向けるつもりであると思われたいのか?
そもそもが筑紫の者らが朝倉宮を襲い、帝と宮の者全員を殺したのだ。
このままでは私はそなたの住む宮を、土地を、民を同じ様にせねばならぬ。
私とて腰抜けの誹りを受けたくはないのだよ。
あまり私を困らせないでくれぬか? 筑紫殿よ」
「うっ……、分かり……申した」
「それは重畳。
ならば一月以内に兵士を一万。
そして来年、兵士を二万五千、頼む」
「そ……そんな無体な!」
「安心なされよ。
来年までに二万五千の兵が揃うのであれば、先発の一万の兵に危険なことはさせぬよ」
「それではまるで人質では……?」
「筑紫殿に隔意のない事を示す事を私は期待している。
百済は戦える兵士を必要としているのだ。
明日をも分からぬ年寄りや寝小便を垂れているような童子では話にならぬ。
兵士の質も考えた上で徴兵してくだされば幸いだ。
頼むぞ」
筑紫の言葉には耳を貸さず、私の伝えたい事だけを話した。
もうお前には用は無い。
「承りました……」
これで大きな問題が一つ片付いた。
だが大きな心残りが一つ残っていた。
◇◇◇◇◇
「宇麻乃よ、ご苦労であった。
お前以外では誰もこの調査を完遂出来なかったであろう」
「恐れ入ります」
「気になっていたことがあってな。
それで直接聞きたかったのだ」
「木簡に書き記すには足らない所が多々ありましたと存じます。
何なりとお伺い下さい」
「結局、かぐやの死体らしき物は断定できなかったのか?」
「はっ、もし私がかぐや殿と親しくあれば何らかの特徴を捉えられたかも知れません。
しかし私は成長してからのかぐや殿は舞台で舞う姿以外は見ておりませぬため、区別がつきかねます」
「我が息子、建もか?」
「建皇子に至りましては一度も目にしたことが御座いません。
ただ十一歳くらいの背丈の遺体を見つけたに過ぎません」
「そうか……。ならば現場の様子からどのような襲撃があったのか分かったか?」
「采女と思しき焼死体には全て剣による刺し傷がありました。
遺体の場所が室内であったことから寝込みを襲われたと考えております。
帝の寝所に転がっていた襲撃者の焼死体には傷らしきものは無く、抵抗されかったと思われます。
傍に剣が落ちておりました故、焼死の際剣を手放しもがき苦しんだのでしょう。
口を大きく開け苦悶の表情は、焼死に間違い御座いません」
……何故だ? 違和感が拭えぬ。
「宮の外の様子はどうだった?」
「警備の者が全て致命傷と思われる傷を負っており、敵の数に押され敗れたと思われます。
襲撃者にも傷を負った死体が御座いました」
「他に分かったことは?」
「申し訳ございません。
先発の調査隊があれやこれやと動かしたらしく、現状保存が行き届いておりませんでした。
何より襲撃者よりも数が多い調査隊の遺体を退かすだけでも一作業でしたので。
なので先の話も先発隊が焼死体を動かしているやも知れず、仮設すら立てるのに難儀しております」
無理もないか。
!!!!
不意に宇麻乃とかぐやの姿が目に浮かんだ。
……そうか。
「宇麻乃よ、其方はかぐやと面識があったそうだな?」
「かぐや殿が後宮に入る前、中臣様が讃岐に農業試験場なる施設と離宮をお造りになりました際、ご長子の真人様の相手として私の息子が讃岐に住んでいた時期があったというだけに御座います。
親しいと申しますより、顔を見知った間柄と申すのが適切かと存じ上げます」
なるほど。
宇麻乃が話をすればするほど、先ほど感じた違和感の正体が分かってきた。
かぐやが死んでいる可能性を否定せぬ代わりに、生き残っている可能性について全く触れていないのだ。
つまり何を隠しているのか。
少なくとも逃亡を感じつつ、不明の一言で片づけようとしているという事か。
私が帝を朝倉宮に軟禁した事実を知るかぐや。
そしてかぐやの逃亡を庇おうとする宇麻乃。
何より宇麻乃は先帝の死の真相を知る者でもある。
「ご苦労だった。
毒の中での調査は難儀であったであろう。
では、戻って良いぞ」
「はっ、お役に立てましたのならば僥倖に御座います」
そう言って宇麻乃は退室した。
そして傍付きの者に命じた。
「物部朴井鮪を呼べ」
物部朴井鮪は第330話『【幕間】有間皇子の自責・・・(6)』に出た中大兄皇子の手下です。
前にも申しましたが、この時代の物部は汚れ仕事を請け負う事が多かった模様です。




