表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

374/585

長津宮にて(中大兄皇子視点)

中大兄皇子サイドのお話は初めてです。

いつか、幕間として中編に挑戦してみたいと思っております。

※帝一行が筑紫国へ到着した当時、那大津なのおおつと呼んでいた博多港を長津ながつと名を改めました。

 また、磐瀬行宮いわせのかりみや長津宮ながつのみやと改めました。(みたいです)

 そのタイミングは不明ですが、本編では皇太子が帝を朝倉宮に幽閉した直後としました。



 _/_/_/_/_/ 皇太子視点によるお話です _/_/_/_/_/


「ご報告申し上げます。

 昨夜、鶴見岳から大きな音が響き渡り、山が噴火したものと思われます」


 朝一番の報告で、豊国とよのくに(※今の大分県)の山が噴火したと連絡があった。

 ここから離れた場所だ。

 大して被害は無いだろうし、有ったところで私には無関係だ。


「何か被害は出ておるか?」


「死者が多数出ている模様。

 しかし溶岩でも火山灰でも何もない場所でも連絡が取れない箇所があり、被害の全容を掴みかねております」


 何とも面妖な話だ。

 たぶん混乱しているのであろう。


「では兵を派遣し、すぐに調査へ当たらせろ」


「恐れながら……、

 山が火を噴いた跡にひと月の間は近づかぬのがこの地の習わしにて、誰も向かう者は居ないと思われます」


「なんだその習わしとは?

 怖いとでも言うのか?」


「確かに恐れられております。

 その地に踏み込むと、先ほどまで元気だったものが突然泡を吹き倒れ、死んでしまうと言われております。

 山が火を噴いた後は近づかぬ事が祟られぬために出来る唯一の手段です」


 この臆病者どもが!

 お前らが祟られたところで、事態が変わる訳でもない。

 ここ、長津宮に被害が無ければ、それで構わん。

 しかし母上の居る朝倉宮はどのくらい離れているのだ?


「朝倉と鶴見岳はどのくらい離れている?」


 少し気になって聞いてみた。


「正確には分かりませぬが、おそらく百里(※約50km)以上は離れているかと」

(※時代によって距離の単位は異なりますが、1里≒0.5kmとしました)


 つまりは飛鳥と難波(※約40km)以上に離れているという事か?

 ならば朝倉へは被害が及ぶ事はあるまい。


「分かった。

 鶴見岳の噴火の調査は筑紫国と豊国の者に任せる。

 被害が甚大であるのなら人を融通せよ」


「はっ!」


 今は百済への派兵の真っ只中だ。

 次の第二陣の派兵は前回を凌ぐ二万以上の兵を送り込むつもりだ。

 筑紫の島から兵士を掻き集めさせているのに、水を差すようなことは出来ぬ。


 私は帝に恭順する皇太子として、朝倉宮で一心に戦勝祈願をしている母上の命に従い、兵を差し出させ、武器を作らせ、船を作らせているのだ。

 渠の建設もそうだったが、悪名あくみょうは帝が被り、実を私が得るという今の体制は非常に都合が良い。

 少なくともこの戦が終わるまでは、母上みかどには朝倉宮に引っ込んでいて貰う。

 大人しくしてくれればこうはならなかったのだが、母上は派兵を引っ込ませる事を口にしているのだ。

 戦況が優位に傾いたときに引っ込まれては私の計画は台無しだ。

 唐の大軍が百済に再び侵攻すれば、それですべてが完結する。

 私と鎌子が目指した帝を中心とした国造りの完成にまた一つ近づくのだ。

 このような些事で踏み留まっている場合ではない。

 私はそう考え、この話を切り上げようとした。


 !!!


 不意に頭の中に風景が浮かんだ。

 燃え落ちた朝倉宮だ!!


 これは私が天津甕星あまつみかぼし様から賜った異能だ。

 常時見えるわけではないが、自分の将来に大きな機転がある時に将来起こるであろう情景を私に見せてくれる。

 星を司る神ゆえ、星読みの力に長けているのだ。

 その結果、私は絶対の判断力を有するようになった。

 決して間違わないのだ。

 叔父上に焼き殺されそうになる前にこの力を手に入れていれば、あのような失態をする事もなかったであろうが、それは今更ではある。


 宮が燃えたというのは、山が火を噴いたことと何か関係があるのか?

 どれくらい未来の事かは分らぬが、急いだ方が良い。


「待て! 今すぐ朝倉宮に被害が及んでおらぬか調べさせよ」


「承りました。

 しかし後一刻ほどすれば定期の連絡が参ります。

 それからで宜しいでしょうか?」


「そうだな、そうせよ」


 これで心配事は回避できたであろうと思っていた。


 ◇◇◇◇◇


 その日の夕刻、いつもの者が報告に来た。


「申し訳ございません。

 朝倉宮からの報告が無いまま昼を過ぎ、仕方がなく連絡の到着を待たずに出たのがつい先ほど。

 従いまして朝倉宮のつきまして本日中のご報告は出来ませぬ」


「分かった。

 明日まで待とう。

 それと私の命令を守れぬ役立たずには用はない。

 明日からは別の者を寄越せ」


「……はっ」


 叱咤しようとしたが、そのような無駄な事に労力を払っている場合ではない。

 いつもならばこのような事は鎌子がやるのだが、今は飛鳥で留守を預からせているのだ。

 止む無く、翌日まで報告を待った。


 そして翌日。

 結局、調べに行った者が帰ってこないという。

 どうやら異常事態が発生している。

 頭に浮かんだ情景から鑑みても間違いない。


「帝の一大事だ!

 今すぐに兵を集め朝倉宮へと向かえ!」


 私はここを離れられないから、大舎人おおとねりに調査を任せた。

 手遅れだったのか?

 神が与えたこの異能は気まぐれにしか発動しないのが難点なのだ。

 神が申すには、常時未来が見通せるのなら人は堕落し何もしくなる。

 未来を変えたいと思う気持こそがこの異能の原動力なのだそうだ。


 ……しかしその者らも翌日になっても帰ってこなかった。

 おかげで兵士達はこれを祟りだと恐れ、誰も行こうとしなくなってしまった。

 だが朝倉宮には母上が居られるのだ。

 何か事故があったのか?

 それとも母上が何らかの方法で挙兵し、朝倉宮を占拠したことも考えられる。

 筑紫の者が朝倉宮を襲う事もあり得る話だが、それならば調査をした者までもが帰ってこないのは腑に落ちぬ。


 待機中の将らを呼び寄せ、朝倉宮で異変が起きていることを伝え、どの様にするか意見を聞いた。

 するとその一人が、提案をした。


「三陣に分けて、朝倉宮へと踏み込んでは如何でしょう?

 三陣のうち、第三陣は宮を見下ろす山の上から俯瞰ふかんし、第二陣は宮を取り囲み、そして第一陣が宮の中へと突撃します。

 先の調査隊二十名が帰ってこない事を鑑みれば、各陣百人ずつの計三百人の隊を編成するのが良いでしょう」


 こうして派兵は決行された。


 ◇◇◇◇◇


 その翌日、百人だけが帰ってきた。

 第三陣だけが生き残ったそうだ。


「ご報告申し上げます。

 当初決められた陣の配置に従い、我々は山へと登り宮を俯瞰しました。

 その時すでに宮の庭には多くの死体らしき物が散乱しており、宮は焼け落ちていおりました」


 何てことだ。

 それではもう母上は……。

 死体とは?

 調査に向かった者らは何故帰ってこぬのだ?


「第二陣が宮を取り囲み、第一陣が宮の中に突入する姿を我々は山の上より見ておりました。

 第一陣は広場の死体や焼け落ちた宮の様子などを事細かに調べて、第二陣は宮の外で襲撃に備えておりました。

 しばらくすると何人かがパタリと倒れ、何処かから攻撃を受けたのではと、我々は警戒を強めました。

 しかし何処からも矢は飛んでおらず、眼下に敵らしき人影はありません。

 なのに、一人、また一人と倒れていき、第一陣、第二陣ともに全員が動かなくなりました」


「それで助けに行ったのか?」


「いえ、理解の及ばぬ出来事が目の前で起こっており、我々が助けに行っても同じになると判断しました。

 皇太子様にご報告することを優先するため戻った次第です」


 確かかに正しい判断だ。

 鎌子でもその行動を褒めるであろう。

 しかし一体何が起こっているというのだ?

 一番考えられるのはかぐやの持つ月詠命つくよみのみことから授かったという呪術の力か?

 かぐやは数十人の山賊すらものとはせぬ呪術の力を持っているらしい。

 敵に回すとこれほど厄介な相手だとは……。


 !!!!


宇麻乃うまのだ、宇麻乃うまのをここへ呼べ!

 物部宇麻乃だ!」


 不意に宇麻乃うまのの姿が目に浮かんだ。

 呪術には呪術だ。

 物部の呪術の力を今こそ私のために役立させるのだ。


「物部様はおそらく石上いそのかみに居られるかと思れます。

 すぐにはお越しにはなれませんが」


「構わぬ。馬を使い急ぎ馳せ参じさせよ!」


「はっ!」


 馬を出し、駅を取り次ぎ、急ぎ召喚状を届けさせた。

 宇麻乃うまのが筑紫へと到着したのはその七日後であった。



(つづきます)

天津甕星あまつみかぼし、日本神話において唯一最恐の悪神とされる神です。

天香香背男あめのかがせお香香背男かがせおとも呼びます。

金星の化身として、天体の約束事に従わないことからその名がついたとか?

金星は月の次に明るい星であり、太陽(天孫・火瓊瓊杵尊)が登った後でも光を放つことから最後まで従わない神とも言われているそうです。(※諸説あり)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ