帝からのプレゼント
680年頃、備前、備中、備後に分割されましたが、それ以前は一つの吉備という国でした。
吉備国は大和国と張り合えるだけの力を持ち、古代日本の四大王国(大和、筑紫、吉備、出雲)の一角だったそうです。
その後、備前の窯で造られる備前焼は多くの人に愛され、今でも高いブランド力を保っております。
備前焼のルーツは古墳時代にまで遡るとも言われており、古代・吉備王国ではたくさんの窯から煙が上がっていただろうと想像しております。
朝倉橘広庭宮という名の監獄での生活が始まりました。
信じられない事ですが、帝の住まう宮のあるこの場所が首都なのです。
自称”心配性”の皇太子はかなりの念の入り用で、帝と建クンと私の三人以外を全て傘下の者達で固めていました。
道中護衛だった兵士達は看守と名を変えました。
道中お付きだった采女は世話係兼監視員となり、私達三人は完全に孤立しました。
しかしそんな事をしなくても逃げ出せるはずがありません。
あまりのショックに帝は寝込んでしまわれましたのですから。
光の玉を連発して全員を昏倒させ、この場を逃げ出したとしても逃げきるのは無理そうです。
せめて食事だけでもきちんと取って体力の回復を計りたいのですが、今のこの状況では出された食事を安心して食べる事すら出来ません。
せめてもと、今は私が毒味役を買って出ております。
私なら多少の毒を喰らっても、治癒の光の玉で生き延びる事が出来ると思います。
『病は気から』
この言葉の表す通り、先ずは帝の気力の回復を図るべきだと思い、自分の知っている事をたくさん話しました。
未来の交通とか、民衆の暮らし、食べるもの、海外の人々、昔々あるところにお爺さんとお婆さんが居た話、などなど。
しかし、話を聞いている時の帝は話を熱心に聞いてくれますが、それが終わると電池が切れたように眠りについてしまいます。
◇◇◇◇◇
その様な生活が一月ほど続いた頃、帝は私にこう話しました。
「かぐや……、婆ぁの唐櫃を開けてくれぬか?」
寝床に横たわる帝は、部屋の隅にある六本脚のついた櫃を指差してそうおっしゃいました。
ご丁寧なことに、磐瀬行宮(※今は長津宮と皇太子が名前を変えさせましたが)から私達の荷物を全てこちらに持ち運ばさせております。
長津宮に帝の持ち物があると不都合なことがあるの?
帝の私物の入った唐櫃は貴人とは思えぬほど質素で、櫃の隅っこには建クンがこれまでに描いてきた絵が大切に保管されておりました。
「中に……鉢が入っているじゃろう」
えーっと……、あった!
「はい、御座いました」
「持って来ておくれや」
「はいっ」
櫃から鉢を取り出すとキンと硬い焼き物で、おそらくは須恵器だと思われます。
「はい、お持ちしました」
帝はよっこらと上体を起こして、鉢を愛おしそうに受けとりました。
「これはな婆ぁが育った吉備を離れる時に乳母がくれたもんじゃ。
精一杯の贈り物だったのじゃろう。
婆ぁにとって思い出深いもんじゃ。
この歳になるまで、ずっと大切にしておったのじゃ。
ずっとな……。
おそらくは其方の母もこの鉢を知っておるじゃろう」
もし私がお婆さんから贈り物を頂いたら、きっと私も大切にすると思います。
この鉢は帝にとって同じ、多分それ以上に思い入れのある品なのでしょう。
「かぐやよ、これを其方にやろう。
受け取るが良い」
「えっ!? そんな大切な物を受け取ることなんて出来ません!」
「違うのじゃよ。
これは建からの贈り物じゃ」
え? どうゆう事?
「其方は言うたよな。
其方には運命の五人の求婚者が居ると。
建はその一人、石作皇子じゃ」
「………えっ?」
「其方が吉野で言ったであろう。(※342話『かぐやの独白・・・(3)』)
婆ぁはその話を聞いた時に石作皇子は建の事じゃと思ったのじゃ。。
何故なら建の実の母は石作氏に連なる者じゃった。
そして建はまごう事なき皇子じゃ。
多治比に比べればよほど石作皇子に当てはまるじゃろう」
突然の事で頭が真っ白です。
建クンが運命の求婚者?
確かに多治比嶋様が石作皇子とするには根拠が弱いと思っていました。
これと言ってイベントがないままあっさりと奥さんが決まっちゃうし、何か変だなーとは思っていました。
だからって……建クンが?
「ほっほっほ、かぐやよ。
いい年のくせに色恋は全くの奥手じゃのう。
建はまだ十一じゃ仕方がないが、立派な男じゃぞ。
見目は麗しく、何より心が美しい」
「それにつきましては異存は御座いません。
ですが……」
「ただ、建の甲斐性では『仏の御石の鉢』を其方に贈るのは無理そうじゃ。
代わりに婆ぁの大切な鉢と建をやるのじゃ。
どちらも婆ぁにとって二つとないとても大切なものなのじゃ……」
愛おしそうに言う帝の様子は、もう先が長くないのだと思っているのでしょう。
ここで断る事なんて私には出来ません。
「……分かりました。
鉢も建皇子様も、そして帝の御心も大切に致します」
「おぉ~、そうかそうか。
これで婆ぁも思い残す事はない。
そうか、そうか……そうか」
「でも建皇子様が元服されるまではひ孫は見られませんですよ?」
「ふふふふ、ひ孫か。
見れれば良いがのう」
そう仰って帝はまた横になってお眠りになってしまわれました。
私は頂いた大切な鉢を自分の竹笥の中に仕舞いました。
慌ただしい飛鳥の出立の時、書以外の私物を適当に突っ込んだので物ばかりです。
ふと見ると底にはミウシ君から頂いた石綿の布(※)がありました。
(※第147話『ミウシ君の求婚』をご参照)
奇しくも、『火鼠の衣』と『仏の御石の鉢』が同じ笥の中に入っております。
しかし、そしてその日を境に、帝は起き上がることは滅多になくなってしまいました。
ほぼ要介護状態です。
介護は学生の時に教員免許取得のために社会福祉施設で実習をして以来です。
あの時は本職の皆さんにご迷惑ばかり描けてしまって、今思えば恥ずかしい思い出です。
しかし、全く知識が無いのと少しでも経験があるのとでは雲泥の差です。
これまでお世話になった帝への恩返しのため、あの時の経験を思い出しながら必死に介護をしたのでした。
◇◇◇◇◇
ある夜の事。
何故か騒がしい物音に目を覚ましました。
「うあー……どこだー」
只事ではない雰囲気に私は急いで横に寝ている建クンを起こし、そして帝の寝室へと向かいました。
帝はずっと横になったままです。
少し床ずれも出来てしまっております。
「斉明さま、斉明さま、起きられますか?
外の様子が変な様子です」
建クンは帝をゆさゆさと押します。
すると帝はうっすらと目を開けました。
「何か……あったのか?」
「外が騒がしく、時折悲鳴な様な声も致します。
賊が入り込んだのでしょうか?」
「このような場所に目ぼしいものなぞ無いというに賊も見る目がないのう」
その時、看守……じゃなくて警備の兵士が入ってきました。
「襲撃です。お逃げ下さい!」
開け放ったとの向こうから、世話係らしい女性の悲鳴が聞こえます。
そしてほんのりと赤い明りが見えます。
「帝は動けません。
誰か手を貸しなさい!」
「残念ながら大半がやられました。
敵の数が多く、防戦一方です。
お助けしようにも手が足りません。
それではこれにて!」
そう言い残して兵士は出ていきました。
そして開け放ったままの戸から、炎に照らされた赤い光とモクモクとした黒い煙が入ってきました。
生木で作られたこの宮が燃えているのです。
「斉明様、宮が燃えております。
このままでは煙にまかれます。
逃げましょう」
「無理じゃ。
婆ぁにはもう立ち上がる力も気力もない。
婆ぁをおいて二人は逃げるんじゃ」
「そんなことを仰らないで下さい。
何が何でも帝を助けます」
私は布団を引きはがして、帝の腕をクロスさせます。
そして後頭部から背中にかけて深く手を差し込んで自分の方へとグイっと引き寄せました。
その勢いのまま帝の状態を起こします。
「建クン、背中を支えて!」
「ん!」
上体が起きた帝の足を体育座りの形にして、腕を前側にクロスさせたまま手を後ろ側から掴みます。
「前に起こします!」
そう言って私は軽く勢いをつけて、帝を前方へと体重移動させました。
すると帝の全体重が両足に乗り、立ったまましゃがみ込むような体制になります。
介護実習の時にビデオで見た介護技術の一つです。
すかさず私は帝の前に回って背中に乗せました。
「建クン、帝を負ぶるから後ろから押して!」
「ん!」
どうにか女一人の力でも帝を背負いう事に成功しました。
「かぐやよ、婆ぁを置いて二人で逃げておくれ。
賊の目的はどうせこの婆ぁじゃ。
婆ぁがおると二人とも巻き込まれる」
背中の帝は私達に逃げるように言います。
でもごめんなさい、言う事は聞けません
そんなことをしたら一生後悔しますから。
「それでしたら、私がまとめてぶちのめします!」
そう言って開いている戸から出ようとした時、五人の襲撃者たちが中へとなだれ込んできました。
「いたぞーーーっ!」
燃え盛る宮の中で、女と老婆と子供 vs 凶悪そうな賊五人。
戦況は不利です。
猶予はありません。
しかし諦めるわけにはいきません。
私はこれ見よがしに眩しい光の玉を5個展開しました。
(つづきます)
すみません。ここで一旦切ります。
物凄く難しいシーンなのでうまくまとめ切れるか?




