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会議は踊る

会議は踊る。されど進まず。

オーストリアのシャルル・ジョゼフ侯爵がウィーン会議を評した言葉ですね。

進まぬ会議、堂々巡りの状態を舞踏にひっかけた秀逸な言葉ですが、会議の主催国であるオーストリアが開いた舞踏会でシャルル・ジョゼフ公は率先して踊っていたとか?


「葛城よ。

 其方がそこまで百済に拘るのは何故なのじゃ?」


 本日も百済の滅亡をめぐり、宮の中では帝、皇太子、高官らが口に泡を飛ばして議論をしております。

 一応私は書記官なので、発言を全て走り書きでメモ用紙に記入しております。

 他の方には難しいですが、私には"ひらがな"という武器があります。

 他の人に見られたら何か言われそうですが、私独自の速記法だと言い張るつもり。


「百済が王子を我が国に長らく置いたということは、百済は我らへの従属の意思を示しているからだ。

 宗主国である我々には冊封さくほう国を庇護する義務があるのだ。

 これまでずっと豊璋ほうしょう殿を国において百済に逆らうことを許さずにおいて、いざ百済が攻め込まれたら知らん顔をするなどあり得ぬ」


 相変わらず、百済(LOVE)な皇太子様です。


「鎌子よ、其方も同じ意見なのか?」


「私は皇子様のご意見に口をはさむつもりは御座いません。

 ただ百済の宗主国は唐であり、我々だとは思われているかは疑問に思っております。

 本当に宗主国であるなら百済の王が即位する際にはここに来て王位を授かり、帝と君臣関係を結ぶ習わしとなりましょう。

 事実、百済の王の義慈王ぎじおうは唐の皇帝、高宗と君臣関係にあります」


 中臣様は皇太子様の意見に賛成しながら、皇太子様の意見を否定するという高難度な技を繰り出しております。


「百済より救援の申し出はあれば、派兵するかどうかはまだ決めておらぬ。

 規模もわからぬ。

 何せ相手がどれだけなのかすら正確には分かっておらぬのじゃ。

 その辺について、鎌子はどう考えておる?」


「百済へ出す兵の数が多ければ多いほど準備が膨大になっていきます。

 我々にできることには限りがございます故、戦力の見極めが肝要かと愚考いたします」


「それでは生ぬるい!

 兵の数が足りないのなら、他から集めればよい。

 武器が足りぬのなら、ある所からかき集めればよい。

 食料が足りぬのなら、向こうで調達すればよい。

 出来ぬことを言い訳にするな。

 出来るよう、知恵を絞れ!」


 まるで太平洋大戦の無能な陸軍中将むたぐちみたいな事を言い出しております。

 でなければ昭和の野球部の監督?


「はっ」


「葛城よ。

 其方の申す兵とは、一度も訓練をしたことのない者を指すのか?

 労役で集めただけでは頭数だけの弱軍じゃぞ」


「無論、分かっている。

 私には三万の訓練された兵士を百済へと送り、武器を調達できる案がある。

 そうなれば、百済は豊璋ほうしょう殿を王とし、再興する。

 これまでずっと倭国にいた豊璋ほうしょう殿が我が国の助けを借りて王となるのだ。

 今後、百済は真の意味で我が国の冊封国となるであろう」


「もし百済より救援の申し出はあれば考えよう。

 しかし宗主国にうま味があるのか?」


「阿倍引田比羅夫の活躍により、我々に降った蝦夷の民から調ぜいが届けられております。

 奴婢の献上もあり、我々に益をもたらしている。

 百済もまた同様に朝貢するであろう」


「それは三万の兵士の命に釣り合うものなのか?」


「国の礎となるのだ。

 喜んでその命を差し出すことを期待している。

 だが私は兵士に死んで欲しいとは全く思っておらぬ。

 全員が無事に国許へと帰ることを強く望んでおる。

 そのためにも良い武具を取りそろえるつもりだ」


「三万の武器をか?」


「被害を無くす事案につきましては、いくつか案がございます。

 それにつきまして議論を頂きたく存じます」


 中臣様が折衷案を出しました。


「分かった。

 其方の意見を取り入れよう。

 葛城よ、鎌子への協力を頼む」


「はっ」


 会議はひと段落しましたが、中臣様の表情はあまりすぐれないご様子です。

 話せば話すほど中臣様への宿題が積みあがっていくような気がします。


 そしてついに、百済の鬼室福信きしつふくしん将軍から余豊璋王子の帰国と援軍の申し出が届きました。

 既に余豊璋王子は筑紫国に入っていて、いつでも帰国できる段取りは整っております。

 これを受け、午前会議は更に紛糾するのでした。


 ◇◇◇◇◇


「鎌子よ。

 船の準備は出来ておるか?」


 皇太子様の第一声は、無茶な命令に対する返事でした。


朴市秦田来津えちのはたのたくつを造船の責任者とし、全力を尽くしております。

 しかしながら準備期間が短かった故、まだ一割も出来ておりません」


「なんという事なのだ!

 全く出来ていないのと同じではないか」


「三万の兵が乗る船となりますと、五十人が乗船できる戦船が凡そ六百隻が必要になると思われます。

 小舟では話になりません。

 ひと月で二〇隻作れたのであれば上出来かと」


「言い訳は良い。

 もう猶予はないのだ」


「とは言え、いささか無理があるかと……」


 どちらかというと中臣様は一生懸命はやっているけど出来ないものはしょうがないというスタンスみたいです。

 消極的な反対なのかな?


「葛城よ。何をそんなに焦っておる。

 いくら鎌子であったとしても無理なものは無理じゃ。

 其方が憤ったところで、どうにもなるまい」


「言っているであろう。

 知恵を出せと」


「葛城には何か案はあるのか?」


「ある!

 筑紫国に宮を移すのだ!」


 まさかの遷都発言せんとくん

 角の生えた坊主頭が目に浮かびます。


「それはいささか話が飛躍しすぎておりませんか?」


 中臣様も困惑気味に質問をします。


「いや、これは私が考えに考え抜いた案だ。

 一番の目的、帝が先頭に立ち戦に向かうことで、士気を高めることにある。

 そして今後の造船を筑紫で行わせる。

 船が出来次第、人を送り出せばよいのだ。

 一遍に六百艘の船を送らずとも良かろう。

 まずは豊璋殿の護衛の第一陣を百艘の船団で送り出せばよい。

 戦の状況に合わせ、第二陣、第三陣を送れば造船の遅れは取り戻せるだろう」

 それに宮が筑紫にあることで、百済との連絡が密に行える」


 何となく現場主義の叩き上げの社長さんの言葉に似ております。

『事件は会議室で起こっているんじゃない。現場で起きているんだ!』

 ……みたいな?


「そして忘れてはならぬのは兵士だ。

 畿内から兵を連れて行くのと、筑紫で集めるのとでは断然筑紫で集めた方が易い。

 百済は筑紫の目と鼻の先なのだぞ。

 はるばる筑紫へと向かわせる手間の方が余程大変だ」


「そうなりますと、筑紫国の負担が大き過ぎませぬか?」


「そのために筑紫に宮を移すのだ。

 逆に考えてみよ。

 我々が飛鳥に引き籠ったまま筑紫国に兵を出させてどう思うのかを。

 帝が先頭に立ち指揮をとれば、反論は出まい。

 母上、ご決断を!」


 決断も何も、皇太子様が決めたことが絶対で帝にそれを拒否することは出来ないのです。


「分かった。

 ならばワシも老体にムチ打ち、鎧を着て向かおう。

 しかしいたずらに兵を損傷させれば筑紫の国の反発を招きかねん。

 引き際はワシが決める。

 それでよいか?」


 精一杯の交換条件を提示します。


「無論に御座います。

 帝のご決断に異を唱えることなどありえない事です」


 ここ最近、異しか唱えていないよ。

 議事録見せましょうか?


「それでは追って場所を取り決め、知らせよう。

 筑紫の国に詳しい者の意見を取り入れた上で決定する。

 各自そのつもりで準備せよ」


「「「「はっ!」」」」


 こうして百済の滅亡から端を発した長い戦い、『百済の役』が始まったのです。


日本史の授業では百済が滅亡して、日本は百済再興を手助けするため兵を派遣して、唐と新羅の連合軍と戦って白村江で負けた。……と習っているはずです。


しかし百済の滅亡(660年)から白村江での敗北(662年)まで2年以上の期間があり、その間様々な事が起こりました。

第九章はこの難しい時代を題材として、書き上げるつもりでおります。

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