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祝・時の記念日

私(作者)でしたら、水時計ではなくフーコーの振り子で時間管理の運用をするストーリーを考えたい。


 本日も帝のお付きとして側に控えております。

 男ムサイ職場にもだいぶ慣れてきました。主に嗅覚はなが……。


 カーン! カーン! カーン!


 飛鳥京中に正午を知らせる鐘の音が響き渡ります。

 中臣様が大陸からの書を精査して、十年掛かりで作り上げた水時計だそうです。

 これを作製するため、宮の奥深くまで水路を引きました。

 おかげでボヤ程度ならすぐに消火できる体制が整い、火災に強い宮となったのは中臣様の(悪)知恵なのでしょう。

(※第132話『【幕間】鎌足の焦燥・・・(4)』にて触れております。)


 帝に付き添い漏刻台へと赴きますと、建物内に設置された櫓の下に階段のような形をした漏刻、櫓の上には時刻を知らせるための大きな鐘がありました。

 階段から次の階段へと木でできたチューブらしき物が繋がっていて、チューブを伝って水が下へ下へと流れているみたいです。


「一番上の水槽、夜天池やてんいけへ人の手で絶えず水を注ぎます。

 日天池にってんいけ平壺ひらつぼ萬分壺まんぶんつぼへと水が流れます。

 それぞれの水槽へは同じ量の水が注がれ続け、同時に同じ量の水が下へと流れ出しますため、水流が一定となります。

 その一定になった水の流れが最後の水槽、水海すいかいへと流れ落ちます。

 水海には水に浮く人型にんぎょうが置かれ、この人型の高さでときを計ります」


 案内役の中臣様の舎人さんが淀みなく説明しています。

 きっと何度も練習をしたのでしょう。

 私もOL時代、社長の視察がある時に事前練習をみっちりやらされました。


「漏刻があることで何の役に立つのじゃ?」


 帝から厳しい質問が飛びます。


「川原宮にて試作した漏刻を絶えず動かし続けましたが、一年を通じ正しき正午の時刻を計ることが出来ました。

 これまでは陽のある内だけしか刻を知る事は出来ませんでしたが、漏刻ならば丑の刻(午前零時)も正しく知ることが出来ます。

 正確な時刻を計ることが出来ます唯一の物に御座います」


「それは分かった。

 じゃが何の役に立つのかと聞いておるのじゃ」


「いえ……、その……」


 技術エンジニアリングの説明になると饒舌なのに、市場性マーケティングとなるとイマイチなのは、技術者あるあるですね。


「かぐやよ、説明できるか?」


 え? 私に飛び火?!


「正確な時刻を知る事により、官人くにんや民の仕事や生活に規律が生まれます。

 決められた時刻より業務を始め、約束の時刻に集まり、決められた時刻までに仕事を終える。

 何気ない事ですが正しい時刻というものは規律正しさの礎となり、各々に高い意識を植え付けます。

 些細なことですが、この効果は鐘の鳴り響くすべての者に及びます」


「……という事じゃ。

 鎌子から聞いてなかったのか?」


「いえ、漏刻を作ることが与えられた仕事でしたので……」


「ワシも何故、漏刻が必要なのか教えられてなかったからな。

 まさか門外のお付きの者に教えられるとは思わなんだ」


 後方にいる中臣様の方を見ながら、帝はボソッと溢しました。

 中臣様は少々バツが悪そうなご様子です。

 でも、時間という概念が希薄な時代で、このような大掛かりな装置を組み上げて、実現させてしまう慧眼はさすがは歴史的な人物(レジェンド)だけあります。


「畏れながら……。

 ときを知る重要さは実際に運用されて、初めて実感するものかと思われます。

 逆にその生活が当たり前になりますと、漏刻のない生活のあまりの不便さに驚くことになるかと思います。

 それを漏刻を設置する前からお気づきになられることは、私のような常人にはとても覚束ないことに御座います」


 一応、フォローしておきます。


「先見の明というものか?

 確かに理解して貰えぬ者にいくら説明してもなかなか分かって貰えぬことは多いの。

 ワシなぞ、狂心渠たぶれごころのみぞだの、いし山丘やまおか興事おこしつくることを好む暗君(あんくん)だの、散々な言われようじゃ」


 結構気にされているのですね。

 全部中臣様の発案だろうに、全然フォローしていないのですから怒って当然です。


「その噂につきましては、出所を突き止め処分します故、ご安心されたく」


 溜らず中臣様が発言します。


「一人二人を処分したところで収まるのかえ?

 大勢を処分すれば、それこそ悪評は留まるまい」


 中臣様をじろりと睨みながら、帝は申されます。


「説明はしております。

 道理が分かるものには理解されているもとの……」


「説明とは内々に申しただけではないのか?」


「完成の暁には、利用する者らに帝の成果として声を大にして喧伝するつもりでおります」


「つまりは完成するまでは散々に言われ放題じゃという事か?」


 中臣様は有能すぎるため説明を後回しにする悪癖があるみたいです。

 おそらくは誰も理解して貰えない、言っても無駄だと思われているのでしょう。

 実際に大化の改新の内容とは、既得権益との闘いみたいなものです。

 一つ一つ説明していては埒が明かないのでしょう。


 だからといって苦情の矛先が帝に向かうのだから心中穏やかではありません。

 はっきり言って、中臣様が悪いです!

 素直に叱られて下さい。


 現代で時間通りの生活を送ってきた私にとって、漏刻から鳴り響くは有難いものです。

 しかしこれまでのだらしない(ルーズな)生活をしていた人達にはかなり不評みたいでした。


 ◇◇◇◇◇


 さて、本日は御前会議。

 各々の高官たちが国の重大事を帝に報告しております。

 そして昨年の七月に難波から出港した遣唐使についての報告がされました。


「ご報告申し上げます。

 唐に渡った大使からの連絡は未だになく、所在は不明となっております」


「足取りは掴めておらぬのか?」


「第一船、第二船とも百済の島に到着し、大海へと出立したことは分かっております。

 しかしそのすぐ後、野分のわけ(※台風のこと)に襲われたらしく大きく航路を外れたものと思われます。

 第一船は爾加委にかいの島(※現在の喜界島)に漂着し、島民に殺されたという話が薩摩より伝わっておりますが、確認はできておりません」


「第二船は?」


「申し訳ございません」


「そうか……、本来であれば大使らは唐の太子の招かれ年初の祝いの席に参列しているはずじゃ。

 その報告がないということは、到着しておらぬかも知れぬという事か?」


「残念ながら……」


 その場にいる方々は皆、心痛の面持です。

 その時帝から小声で質問がありました。


「かぐやよ、唐は何か隠しているかも知れぬということはあり得るのか?」


「はい、あり得ると思われます。

 まさに今、新羅との共謀し百済を討つ算段をしているやも知れません。

 兵を動かし船を出す様子を知られてしまう事を恐れ、大使らは唐で幽閉され連絡を取ることを禁じられていることもあり得ます。

 最悪、口を封じられているかも……」


 私は扇子で口元を隠し、そっと答えました。


「そうか、分かった……」


 私の意見を聞き、帝は張りのある声でその高官に向かって勅命を下されました。


「この件についてはありとあらゆる手段を講じ、調べ上げよ。

 特に唐の動向についてつぶさに調べよ」


「唐の動向も、で御座いますか?」


「同じことを言わすな」


「はっ!」


 この時はまだ大事おおごとだとは思っていなかったのですが、裏で大変なことになっていることを知ったのはずっと後になってのことでした。


漏刻が設置された6月10日は時の記念日に制定されておりますが、これは10年後の天智天皇十年四月二十五日(グレゴリオ暦換算にして西暦671年6月10日)、近江大津宮に漏刻が作られて鐘が鳴ったことに由来しております。

ですが同じ日本書紀には、西暦660年に中大兄皇子が漏刻を造り人民に時を知らせるようにされたとの記述があり、日本における漏刻運用の起源は飛鳥(明日香村)ということになります。


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