宴、最終日(2)・・・中臣鎌足
宴のお話もあと少し。
中臣様の待合室の前に着くと、お付きの人が二人いました。
秋田様がお付きの1人に言伝を頼みます。
「かぐや様が参りました。お通しして宜しいか?
氏上様も同席を希望している」
お付きの人は中へと入り、しばらくすると中から中臣様の声がしました。
「忌部殿、かぐやよ、中にへ入ってくれ」
お付きの人が襖を開け、氏上様と私は中へと入っていきました。
序列的には忌部首の氏上である子麻呂様が上なので上座に氏上様が座り、私は中臣様の更に下座に座ります。
歴史上の有名人の間近に座るというのはそうそう経験できることではありません。
少しだけ浮かれた気分になりそう。
【天の声】異世界で無ければあり得ないぞ。
「中臣殿がかぐや殿に話があると聞いた。我々忌部はかぐや殿を庇護しておるが故、何かあっては黙ってはおれぬ。
押しかける形になって申し訳ないが、同行させて貰った。
もし気を悪くされたら謝罪しよう」
開口一番、氏上様が中臣様に謝罪では無い謝罪から話を切り出します。
「むしろ忌部殿にも同席を願っていたので一向に構いませぬ。
忌部殿にも関わりがあるのでな」
「で、何を話したいのだ?」
中臣様は私へ目を向けて話し掛けてきました。
「かぐやとやら。新春の天太玉命神社にて奉納の舞を披露した際、中臣が蘇我一族の凋落に関わる、と言ったそうだな?
それは誠か?」
!!! やっっちゃった!
氏上様へのハッタリに中臣の名前出しちゃったのでした。
ここで嘘をついても氏上様に迷惑が掛かりそうですから、正直に言うしかありません。
「はい、間違い御座いません」
「宮中で権勢を誇る蘇我氏が凋落するのはどうゆう事なのか。
まして私が関係するとなればさすがに捨ておけない。
与志古夫人の訪問に同行させて貰い、ここまで来た次第だ」
それはそうですよね。反乱を起こそうって時に情報を知っている者がいたとなれば排除するでしょう。要は私を始末に来たって事?
いざという時のため、光の玉で応戦しなければなりません。
赤外線の光の玉を天井へこっそり打ち上げました。
「中臣殿よ。その話はどこで耳にしたのだ?」
「忌部と中臣とは共に宮の祭事を担う間柄。お互いに交流があるのは当たり前の事で御座いますよ」
氏上様への返答は、要するに間諜がいるって事?
というか、どこまでバレているの?
こちらからも探りを入れた方がよさそうです。
「その交流のある方は何と仰ってましたでしょうか?
私のようなか弱き幼女が妖女だとでも言っておりましたか?」
私は私自身へ精神鎮静の光の玉を自らに当てて、余裕の表情で逆質問を仕向けます。
「ふん、人を呪い殺す天女と聞いたがな。私も呪われるのかな?」
ニヤリと笑い、私をじっと見ます。本当にやり手の若社長って感じです。
「人を呪わば穴二つ、と言います。
人であれ人外であれ、呪うというのは呪う者も無傷ではいられません。
出来るものならばその様な荒事とは無縁でいたいと存じます」
「では蘇我が凋落するというのは、かぐやが呪うのではないのか?」
「口にした以上、嘘は申しません。しかし私は関係なき事にございます」
「口にすれども自分は無関係。呪いの類いではない。
ならばどうして中臣の名が出てくる?」
うーん、要はどうして蘇我入鹿を暗殺する計画を私が知っているのかって事ですよね。
だって知っているのだから、しょうがありません。
文句なら文科省認定の検定済み教科書に言って欲しいものです。
「私は舞にて忌部様へこの様に詠いました。
『旧主先皇の政にも従はず楽しみを極め、諫めをも思い入れず
天下の乱れんことを悟らずして民間の愁うれうるところを知らざつしかば
久しからずして亡じにし者』と」
「ほう、そこまでは聞いていなかった」
「如何でしょうか?
今の蘇我氏は同じ事が言えますでしょうか?」
「ああ、呆れるくらいその通りだ」
「水は低きに流れるように、悪しき政は去り、正しき方へと導かれます。
その後、優秀さにおいて蘇我入鹿様に比肩する中臣様が重用されたとしても不思議ではないと存じます」
「幼子に優秀だと言われるのはこそばゆいものだな。
ならばいつ蘇我は凋落するのだ?」
「河が海へと流れ着くのは誰にでも分かります。
しかし今流れている河の水が、いつ海に流れ着くのは誰にも分かりません。
行きつく先は分かりますが、何時行き着くのかまでは申せません」
「ふふふ、誠に面白い娘を庇護なされましたな。
忌部殿。こうも言われては引っ込むしかあるまい。」
「お解り頂きましたかな? 姫には常人では計りし得ないものがある。
我らは一族をあげて、今後も手助けするつもりじゃ」
「要するに、何かあったらタダではおかぬ、とも取れるがまあいい。
私には未だ子が居らぬが、息子ができたら是非、婚姻を申し出たいところだ。
先が楽しみな娘だ」
いえいえいえいえいえいえいえいえ、求婚者は要りません。
間に合っています。間に合う予定です。でも間に合っては困ります。
一説によると求婚者の一人、車持皇子は中臣鎌足の息子、藤原不比等だと言われているのです。
マジ勘弁して下さい。
「身に余る光栄でございます。
しかしながら私は書を嗜む生活を将来の夢だと思っているつまらなき娘です。
その様な退屈な醜女よりも、華やかで見目麗しい貴妃を迎える方が、将来のお子様の為にも宜しいかと存じます」
「はははは、醜女ときたか。其方が醜女なら、この世は醜女だらけだ。
まあ、よい。それよりも頼みたい事がある。いいかな?」
え? 暗殺を手伝えとかヤですよ。
「はい、私に出来る事でしたら」
「そう警戒しなくともよい。
先ほどかぐやが忌部殿に申した、という内容だが、その時に詠った歌が誠に見事な詩だったと聞き及んでいる。その詩を聞かせてくれないか?」
……ホッ。それくらいならお安い御用です。
確か………あった!
あの時カンニング文字を仕込んだ扇子を懐に持っていました。
というか日常使いの扇子に書き込んでしまったので他に無いのよね。
「それでは……詠みます。
『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を表す。
傲れる人も久しからず、ただ春の夜の夢の如し。
猛き者も遂には滅びぬ、単に風の前の塵に同じ。
遠くの異朝をとぶらえば、秦の趙高、漢の王莽、梁の朱忌。
これらは皆、旧主先皇の政にも従はず、楽しみを極め、諫めをも思い入れず、天下の乱れんことを悟らずして、民間の愁るところを知らざつしかば、久しからずして亡じにし者ども也』」
「ふ…………む。心に沁みる詩だ。
その扇に書かれているのだな?
差し支えが無ければその扇を譲って貰えぬか?」
え? 走り書きだし、思い出しながら描いたから×印入っているし、何よりも私以外見せないつもりで平仮名使っているから無理です。
「さすがに中臣様へ献上するのには、字は走り書きの上、修正の跡もある物では申し訳が立ちません。
新しい扇子を用意して清書をする暇を下さいまし」
「すまぬな。実に奥深い詩だ。
この詩を是非とも南淵殿にも見せたいものだ」
「南淵とは南淵請安殿の事かな?」
「ああ、四十年もの前に隋の国へ渡り、幾多の知識を修め、五年前に国へ帰ってきた賢人だ。
南淵殿も隋の国が滅ぶ様を目にしている。この歌は心に迫るものがあるであろう。
最近は体調が宜しく無いらしく、私もここ暫く足が遠のいてしまっているので見舞いの品にしたい」
氏上様の質問に、寂しげな表情で中臣様は答えました。
その様子からは中臣様の南淵さんへの親愛の情が透けて見えます。
遣隋使で隋に渡った人なんて小野妹子しか知らないけど、身近にいるものなんですね。
【天の声】いや、異世界だから。身近じゃないから。
「其方は不思議な娘だな。
天女ならば天女らしく神の御技とやらをやって威張っていれば良いものを、全くひけらかそうとはせぬ。
さりとて口の端から覗く言葉は仏教や儒教の教えにも通じ、史にも造詣が深い。実に興味深い娘だ。
天女だとするなら、さしずめ天竺の天女・吉祥天であるのか?」
「私は自分の口から天女と申しました事は、ただの一度も御座いません。
少しだけ知恵の回る幼女だとお覚えになって下さい」
「ふ……、どこまでも強情な娘だ。
分かった。知恵の回る幼女の舞とやらを楽しみにしよう」
「はい、お楽しみ下さいまし」
こうして、私は中臣様の追求をやり過ごして、中臣様の部屋を無事退出する事が出来ました。
そして、しばらく氏上様と一緒に歩いていましたら、徐に氏上様が振り返って私に声を掛けられました。
「姫よ……申し訳ないのだが、いいかな?」
「はい?」
「中臣殿に贈呈する詩の入った扇子じゃが、私にも同じのをお願いできぬか?」
「はい………しばしお待ち下さいますれば、私の舞の前にお渡し致します」
昨日も歌入りの扇子を差し上げましたし、今日もですし……、ひょっとして氏上様は推しのアイドルグッズを収集する系?
オタ棒持たせたら最前列で踊り出すかも?
(つづきます)
歴史的な人物を登場人物に入れると、何故かお話そのものが安っぽく見えてしまうのは何故でしょう?
しかし、御伽草子『竹取物語』の求婚者のモデル達は飛鳥時代のオールスターズなので、作者の意図に関係なくこうなってしまいました。
なので開き直ってトコトン突き詰めてみようと思っています。
おかげで毎日、飛鳥時代の猛勉強です。