西暦660年の年明け
第九章始まりました。
改めて宜しくお願いします。
「かぐやよ、ご苦労じゃった。
無事、鎌子の次男が生まれ、方々から祝いの声が上がっておる。
さすがは神降ろしの巫女だという声もな」
「お産と神降ろしはあまり関係ないと思いますが……」
「別に其方が吹聴している訳ではない。
周りが勝手に誤解しておるだけじゃ。
好きな様に勘違いさせておけば良い」
「帝がそう仰いますのなら放っておくことにします」
帝のそうゆう考え方は好感が持てます。
「ワシも得難い経験をさせて貰った。
あのお産の施術は是非とも広めたいものじゃな」
「施術所でもお産の手伝いはしましたが、残念ながらあまり理解が得られませんでした。
あまりに斬新すぎたようで、ご賛同頂けず皆さまはご実家へと戻られてしまいました。
身分の高い方々にこれまでのやり方を変えて頂くというのは難しいと思われます」
「確かにな。
じゃが当たり前だと思っていたこれまでの出産のやり方があまりにも酷いと思わなかった。
ワシ自身が出産を経験したが、与志古の出産とは天と地ほどに違う。
あれを知ってしまった後では、これまでの女子への扱いが我慢ならぬわ」
「何かよいキッカケがあればいいのですが……」
「そうじゃな。
其方の国元ではあの出産が当たり前なのであろう。
半年もの間、ちょくちょく通っていたがその半年の間に赤子がポコポコと増えておった」
「はい、元々讃岐のお付きの者らと共に難波の施術所を開所しましたので、当時を知る者たちが讃岐でお産の手助けを行っております。
まだ死産は五人に一人と満足のいく結果ではございませんが、更に工夫して減らしていきたいと申しておりました」
「ならば庶民から始めてみるのも良いかもしれぬな。
出生の数が増えれば国も富む。
各地の産婆どもに讃岐の技術を学習させるのも良かろう」
「は、数に限りは御座いますが、受け入れることは吝かではございません。
父にそう申しておきます」
「それはよい。
其方の母にワシから伝えよう」
う……、例の密告ライン。
「ところでな。
新春の儀では、また舞の奉納を宜しく頼む。
じゃが、あまりピカピカ光らせぬ様にな」
「え? 宜しいのですか?」
「毎回毎回、光らせると有り難みも減ろう。
それに其方に期待するのはもっと別にある」
「と仰いますと?」
「其方の言う、『万を超える死者が出る大きな戦禍』じゃ。
そこで其方には出来るだけワシの側に控えて欲しいのじゃ。
そのためには少し控えめにしておく方が得策じゃろう。
もし其方が知っておる歴史と合致しておるのか大きな齟齬があるのか、判断して貰おうと思うとる」
「建皇子様のお世話は如何なさいましょうか?」
「無論、頼みたいと思うとる。
じゃが建ももうすぐ十じゃ。
以前の様に放っておいたらそのまま儚くなってしまいそうな危うさは今のところ無い。
あの頃はこのままでは生きて行けぬと絶望しておったが、今は違う。
僅かではあるが言葉を話し顔つきも朗らかになっておる。
ますます可愛くなっておるのう」
「そのご意見には私も全力でご賛同致します」
「うぉっほん。
……でじゃ。
其方の雑司女にも慣れておる様じゃし。
だから建には気の毒じゃが、其方と離れる事も多なろう。
なに安心せい。
婆ぁとて建と離れるのは耐え難いのじゃ。
出来るだけ一緒に過ごせる様、配慮する」
「承りました。
それでは書司の女嬬としてのお仕事は如何しましょう?」
「それも続けて貰いたいと思うとる。
理由は三つある。
一つは役職。
ワシの側に控えるの其方が書典という役付きである事は何かにつけて都合が良い。
そうゆうものに拘る輩は多いのでな。
そして二つ目は畿内の神社、神宮の者らのご機嫌取りじゃ。
其方が五日に一度宮司供と面談をしておるであろう。
あれのお陰でワシに対して苦情を申す神社は無い。
いや、苦情どころかワシへの感謝の言葉が絶えぬ。
神降ろしの巫女を取り上げたとしたら、それこそ猛反発を喰らうじゃろう」
そんなに好評だったんだ。
元々、宮が火事で忌部氏の宮にお世話になっている間、近隣の神社仏閣の方々にお会いして調査させて頂いただけなのに。
「最後にな……。
後宮の采女達は書司から回覧されている薄い書が無くなってしもうては、皆働かなくなってしまうじゃろう。
皆楽しみにしておるんじゃ。
かく言うワシもその一人じゃ♪」
まさかの私利私欲!?
「はい、承りました。
精一杯お勤めさせて頂きます」
帝は私の事情を全て知った上で最上と思われる対策を考えてくれてるのだと思います。
でなければ采女一人のためにここまで配慮してくれるはずありません。
政の中心に踏み込める場所におくなんてありえない事ですから。
帝のお気持ちにお応えするためにも全力で勤め上げないと。
◇◇◇◇◇
新年あけましておめでとうございます。
飛鳥宮で舞を奉納するのも何度目になるでしょう?
最初の頃は緊張と寒さでガチガチに震えておりましたが、いまでは焚き木の傍に場所が与えられるようになりました。
まあ、あの頃の比べれば、背も高くなりましたし、立場も変わりました。
そして、背負う責任も重くなりました。
令和の若者は昇進したくない世代なのに。
【天の声】……若者?
これも宮仕えの宿命です。
帝のため、世のため人のため、讃岐のお爺さんお婆さんのため、冬の賞与のため、一肌脱ぎましょう。
はらり
恰好は昔からの定番、赤い袴の上に千早を纏った現代の巫女さんスタイルです。
もちろん裳の下にはきちんとパンツを履いております。
後宮では暖房が隅々まで行き届いていないので、縫司の方の協力を頂き、下着の普及活動を行っております。
え? 今までパンツのことを忘れていなかったかって?
失礼な!
パンツを忘れたことなど一度たりともありません。
息することをいちいち報告しないのと同様に、パンツを履いていることを報告していなかっただけです。
ただ……最近薄手のパンツがスースーするようになってきました。
本気で毛糸か木綿のパンツが欲しい今日この頃です。
でもこの時代に羊さんは居ないのよね。
去年が羊年でしたから、”羊”という生物は知られているはずなのに。
シャーン
神楽鈴の音が会場に響き渡ります。
そして舞台に上り、楽曲が始まるのを待ちます。
♪~
長年の稽古で身に染み込んだ振りが自然と身体を動かします。
シャーン シャーン シャーン
萬田先生に叩き込まれた舞は当代随一と言っていいでしょう。
あるいは天下無双?
観る人を惹きつけます。
シャーン シャーン シャーン
くるくると回りながら、要所要所で鈴を鳴り響かせます。
普段、建クンの運動の付き添いで柔軟体操を欠かさない私の身体は可動域が広く、舞が柔らかなうえに大きく、見栄えがしているはず。
くるくるくる
シャーン シャーン シャーン
観客の中には舞に集中している人もいれば、今か今かと光の玉の出現を心待ちにしている人もいます。
しょーがありませんね。
少しだけサービスしておきますか。
チューン!
赤外線の光の玉を上空に打ち上げました。
♪~
くるくるくる
シャーン シャーン シャーン
シャーーーーーン
舞が終わりました。
……3・2・1・発火!
上空に上がった光の玉に青白い光をつけて上空から斜め30度の角度をつけて、はるか彼方へと落としました。
パッと見た目は巨大隕石が落っこちたように見えたはずです。
これは私のせいでも、神の仕業でもなく、単なる自然現象です。
【天の声】ひどい言い訳だ。
会場がシンと静まり返っている間に私はそそくさと舞台を降り、控室へと戻りました。
会場から大きな歓声がしますが、きっと気のせいです。
こうして波乱の西暦660年が始まりました。
久々のパンツネタ。
決して忘れていたわけではありません。
決して……。




