命名、中臣史(なかとみのふひと)
♪ マハリクマハリタヤンバラヤンヤンヤン♪ が良かったかな?
讃岐でも秋の収穫が終わり、冬の気配が色濃くなり始めた頃。
彼方此方から野太い掛け声がします。
えいっ! やっ! とぅ!
お爺さんは領民の若者を集めて鍛錬を始めました。
例の兵士二千人育成計画の一環です。
鍛錬に参加すれば米を出すという報酬付きですので、大勢がやって来て木の棒を振り回します。
教える側の人数も限りがあるので、一つの里(五十戸)から十人限定です。
まずはやる気のある人から新兵募集します。
いずれは讃岐の若者を総動員出来る体勢を築くのだとか。
戦国時代を知る私としましては、足軽さんでも扱える火縄銃でパンパンといきたい所ですが、文系の私に火薬の作り方なんて分かりません。
出来たとしてもどうやって銃の中の火薬に引火させるのか想像も付きません。
……ということで火縄銃の製作を諦め、弓の改良に着手しました。
この時代の弓は現代に伝わる和弓とは少し違います。
でも似てはいるみたいです。
私の持っている和弓の知識と言えば……、
木と竹をニワカ……じゃなくてニカウさん……じゃなくて膠で貼り合わせていると何かのテレビ番組で見たような?
【天の声】ベタだな。
あとは形がこーんなだったっけ?
∮ …→
私の知識なんてそんなものです。
でも大丈夫。
私には魔法の言葉が在りますから。
「あとはオマカセします」
【天の声】そこは『てくまくまやこん』だろ!
ダメ上司NGワードのトップテンに入りそうな言葉ですね。
総務課にいた時は言われる側だったのに、まさか私がこんな言葉を口にするとは……。
私の中にある残り少ない良心がチクチクします。
ちなみにこの時代にも膠は有るみたいです。
竹細工の得意な秋田様のご実家、御室戸忌部の伝手を頼って入手しました。
◇◇◇◇◇
そんな折、お忙しい中臣様が執務の合間を縫って讃岐へとお越しになりました。
赤ちゃんが生まれて初めての来訪です。
早速、中臣氏の離宮へと呼び出されました。
行ってみますと、中臣様が保育器の中の赤ん坊を覗き込んでおります。
「かぐやよ。
よくやってくれた。礼を言う。
しかし何故赤子は箱の中に入れられているのだ?」
中臣様は保育器に驚いているみたいです。
「この子は予定よりもひと月近く早く生まれてしまいましたので、成長しきれていない身体で外に出て来てしまいました。
ですので、出来るだけ母親のお腹の中に近い状態を箱の中に作っているのです。
人肌と同じ温もりは大人には暑く感じます。
身体の湿り気を失わぬ様、湯気で温めているのです」
「そうなのか。
だが赤子が妙に黄色い気がするが、大丈夫なのか?」
「安心して下さい。
黄疸と言いますが、乳幼児にはよくある事です。
暫くすれば消えますので」
「箱の中にはいつまで閉じ込めておくつもりなのか?」
「母乳をよく飲みますので、暫くすれば体重が普通の乳幼児並みになると思います。
それが目安です」
「そうなのか……。
だが箱の中が暗くて、この子は寂しい思いをしておらぬのか?」
「鎌足様」
次々に質問をする中臣様に、見かねた与志古様がピシャリと止めました。
「あ……ああ、そうだな。
かぐやに任せると言ったのだった」
「いえ、心配なのは当たり前に御座います。
私とて世間の常識とはかけ離れた事をしている自覚くらい御座います。
説明して安心して下さるのであれば、いくらでもお話ししますよ」
「いや、其方はこれまで幾多の実績をあげてきたのだ。
その事実が言葉などよりも雄弁に物語っている」
「ご期待に添えます様全力を尽くします」
「頼む。それにしても……本当に男の赤子なのだな」
「やはり男の子は嬉しいものなのですか?」
「無事に産まれてくれれば男でも女でも構わん。
しかし其方が言っただろう。
『お腹の子はおそらくは男の子です。
そして歴史に名を残す偉人となる器を持つ子です』とな。
だが私は半信半疑だったのだよ」
「その場しのぎの当てずっぽうかも知れませんよ」
「ここでそう言うか?
あれだけ自信ありげに言っておいて」
「そう言わなければ後には引けない状況でしたから」
「かぐやさんがそうしたいのなら、そうするわ。
だけど一つだけ教えて欲しいの。
歴史に残るというこの子の名前は何?」
え? それを聞くの?
「それは……まだ名前のない赤子にとってとても重要な事です。
私の様な下賤の者が申していいものでは無いと思うのですが……」
「ふふふふ、そうね。
じゃあこの子には『放屁麻呂』って名前にしようかしら?
そうなると、未来が変わってしまうんじゃない?
かぐやさんはそれで良いの?」
ひどっ!
「おいおい、それは酷いだろ?
何で歴史が歪むのだ?
そんな名を付けてしまえば、歪むのはこの子の性格だぞ」
事情を知らない中臣様は呆れた様に抗議します。
歴史の教科書で『藤原オナラ麻呂』なんて流石に載らないでしょう。
私の事情を知っているからこその与志古様の脅しですが、その名前はないでしょう!
オナラ麻呂クン、将来グレちゃいます。
髪型をリーゼントにして、夜な夜なパラリラパラリラする青年になってしまいます。
「わ……分かりました。
責任は負えませんが、私が偶々知っているお名前をお教えします。
『不比等様』です」
「ふひと? ……史か?
良い名前ではないか」
中臣様も中臣様で妙に気に入ってしまった様子です。
あ〜、私が名付けてしまったみたいになりそう。
魔力をゴッソリ持って行かれました。
【天の声】転ス◯か?!
こうして未来の実力者、藤原不比等が誕生しました。
藤原不比等が大活躍するのは大宝律令が制定される701年頃のはず。
約三十年後ですね。
早く偉くなって、真人クンがピンチになったら助けてあげてね。
◇◇◇◇◇
史クンはスクスクと育ち、早々に保育器を卒業しました。
毎日、与志古様のオッパイを飲んで、元気にウンチしています。
ミミちゃんの時は乳母さんに授乳をお願いしていましたが、史クンは自分で育てたいという良子様の意気込みが感じられます。
実を言うと保育器で育てている間は二十四時間体制で皆んなヘトヘトになりながら見守っていましたが、こうして無事に危機を脱したのを見ると疲れも吹き飛びます。
さて、これで一先ず産婆としてのお仕事は終了です。
後宮へ戻る日がやってきました。
シマちゃんは雑仕女を卒業しますので新しいお付きの人を探すつもりでしたが……、
「かぐやさまぁ~、私フラれちゃいましたぁ~~」
シマちゃんは想い人にフラれて雑仕女を続行することになったのです。
贔屓目かもしれませんが、少しおっちょこちょいなところはあるものの、シマちゃんは明るくて性格の良いよく気の利くとても可愛い子です。
「どうしてシマちゃんのような可愛い子を振ってしまうような男がいるの?
よほど見る目のない人なの?」
「いえ……、俺にはもう奥さんがいるから駄目だと……」
ブッ! 既婚者か!
「シマちゃん、その人が既婚だって知らなかったの?」
「いえ、雑仕女になる前から奥様がいました。
お子さんも」
「?? じゃあ何で?」
「お妾さんにしてって、お願いしたんです。
でも駄目だって」
「一応聞いておきますが、私はその方を知っていますか?」
「はい、里長のサイトウ様です」
ブッ! サイトウか!
「ど、ど、どうしてサイトウ……様なんかに?
髪の毛ないし、サイトウだよ?」
「サイトウ様は里の娘たちの憧れなんです。
優しいし、頭がいいし、働き者だし、偉いお方なのに全然偉ぶらないし」
まさかの高評価?!
「えーっと、とりあえずサイトウ……様のことは諦めがつきましたか?」
「そんなの無理です~」
「いえ、諦めなさい。
サイトウもそう言っているはずです。
新しい恋を探しなさいって」
「どうして分かったのですか?
ひょっとしてかぐや様もサイトウ様のことを?」
「違いますっ!
大人は皆そう言うのです」
「大人になりたくないです~」
「とっとと大人になりなさい!
ところでお父様には雑仕女を続けることは反対されていないのですか?」
「反対はされましたが、亀さんを見て亀さんと一緒ならと許してくれました」
「亀ちゃん?」
私は亀ちゃんの方を向いて何があったのか聞きました。
「シマちゃんのお父様に3年前の事を詫びたいと言われまして、ご挨拶に行ったのです。
お話をしていくうちに、私の父への恨みも忘れて私のことを気遣ってくれて……。
私も家族のことを忘れたわけではないのですが、父はそれだけ恨まれることをしてきたのは事実です。
私の方こそ許して欲しいと申し上げました」
「それでですね、亀さんが一緒ならと言って後宮で雑仕女を続けるのを許可してくれたんです」
シマちゃんのお父さんのリーダーさんも亀ちゃんには複雑な感情を持っているはずです。
亀ちゃんは領民を苦しめた国造の娘であり、自分達が殺めてしまった国造一家の生き残りでもあるわけです。
だけどそのリーダーさんが亀ちゃんのことを前向きに捉えてくれるのなら、それは将来亀ちゃんが里に戻るのには良い兆しですね。
そのためにも二人にはもっと仲良くなって貰った方が良いでしょう。
結局、来た時と同じ私と建クン、そして亀ちゃんとシマちゃんとで後宮に戻ることになりました。
出発の日、讃岐の人々がほぼ総動員でお見送りしてくれました。
今度讃岐へ帰ってくる時はまた笑顔で帰ってきたいな。
この時はただ漠然とそう思っていましたが……。
(第八章おわり)
ひとまず第八章はこれにて幕引きとし、明日より激動の第九章に入ります。
宜しくお願いします。




