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与志古の出産(2)

重い話が続きましたのでライトに。

久々の出産シーンです。


第104話にて『与志古様の出産』というタイトル名を使ってましたので、(2)としました。

 与志古様と共に讃岐へ帰り、早いもので実りの秋が過ぎて冬の気配が漂う様になりました。

 体力の衰えた与志古様が暑い夏を乗り越えられるか心配でしたが、本格的な暑さが到来する前に健康を回復され、心配は杞憂に終わりました。


 それに地球温暖化前の日本は体温より気温の高い猛暑日なんてありません。

 少なくとも私はこの世界にやって来て一度も経験していません。

 夏が過ぎればごく普通に彼方此方に秋の兆しが見られます。

 強烈な残暑に襲われる訳ではなく本当に秋が秋らしい気候です。

 だからと言って奈良盆地特有の、まるで巫女さんのお胸を見る秋田様の視線の様な粘っこい暑さが無くなる訳では無いのですけどね。


 その間、帝は十日に一度は讃岐へとやって来て、お婆さんと与志古様と共にお喋りに興じております。

 実は与志古様、お婆さんが采女であった事をご存知だったみたいです。

 思い返すと、与志古様がお婆さんについて言い淀んでいた様子を見た覚えがあります。


 帝とお婆さんと与志古様の三人で昔の話に花を添えていると良いですね。

 間違っても三人の共通の話題に私の悪行の数々(ひそやかなシュミ)のチクり合いなんてしてませんよね?

 帝がお喜びになるからと、お婆さんが私の積年の恥ずかしい話を懇切丁寧に隅から隅までお話しされているなんて事は無いですよね?

 与志古様も胎教に悪い話(人に言えないシュミ)には耳を塞いでください。

 お願いしますよぉ〜。


 ◇◇◇◇◇


 さて、私の見立てでは与志古様の出産予定は十一月の末です。

 一時期は体調が危ぶまれておりましたが、母子共に順当です。

 三十代半ばの出産は現代では全然珍しくありませんが、この時代では高齢出産の部類に入ります。

 (※現代でも35歳以上での初産は高齢出産と言われております)


 衛生観念のないこの時代において出産は子供だけでなく母親も命懸けです。

 産婦が若過ぎたり、年齢を重ねているとそれだけで危険性(リスク)は高まります。

 なので、与志古様にはミミちゃんの時以上に体調には気を遣って頂きました。

 例えば蚊に刺されるなんて以ての外です。

 サルノコシカケの除虫だけでは心細いので、私の密かな必殺技(※)で蚊をチュンチュンと撃ち落として、蚊帳の中で安眠して頂きました。

 実は毎年やっている事で、私がいる蚊帳だけは虫は一匹も居なかったのです。

 私の正体もバレた事なので、今年は思う存分チートを披露しております。

(※第138話『蚊との戦い (Kampf gegen Mücken)』ご参照)


 ……なんて思っていましたら、突然与志古様が産気付きました。

 早産です。

 急いで離宮の中に(こしら)えた分娩室に付き人を集合させます。

 猪名部さんにこれまでの経験を全て注ぎ込んで作って貰いました。

 八十女(やおめ)さんもいます。

 これまで幾多の出産に立ち会った歴戦の戦士達です。


 よくぞ生き残ってきた我が精鋭たちよ。


 しかも帝が讃岐へお越しになっているこのタイミングで、です。


「かぐやよ、ワシも何か出来ることはあるかえ?」


 まさかの参加希望。

 いやいやいや、その辺のおばさんではないのですから大人しくして下さい。

 ……とはさすがに言えません。


「出来る事は御座いません。

 ただ出産に立ち会う事は出来ます。

 苦しい思いをしている与志古様を励まして頂けますでしょうか?」


「それは構わぬが……。

 出産に立ち会うなんて出来るのか?

 普通は巫女を呼び邪気払いするのではないのか?」


「それでお気が済む方には邪気払いをして頂いております。

 しかし邪気よりも大切なのは清潔で御座います。

 産屋に入る前に風呂に入り、身を清めて頂きます」


 正直に言えば、前回の出産の時は実力行使で追い出しましたけど。

 (※第104話『与志古様の出産』ご参照)


「かぐやのやる事はいつもながら型破りじゃのう。

 そんなで神の怒りに触れぬのか?」


「もし怒りに触れるというのであれば、女子に苦渋を強いるこれまでの在り方の方だと思っております。

 少なくとも出産に関しましては、女子に優しく御座いません。

 出産とは神聖にして侵すべからずです。

 不浄(おぶつ)扱いだけは決して許しません」


「そ、そうか。

 其方が女子のためを思っている事はよう分かった。

 では身を清めようか」


「はい、急ぎましょう。

 赤子が待ってくれるとは限りませんので」


 私達は急いで身体を隅々まで洗い、帝にはお付き二人掛かりで磨き上げました。

 いつもでしたら身体の汚れと心の再生(リフレッシュ)をしますが、今回は前者だけです。

 爪も綺麗に切り揃え、準備はバッチリです。


「与志古様、お加減はいかがでしょうか?」


「さ……三回目ですから、それなりに落ち着いていられるわ。

 ところでかぐやさんの横にいるのは?」


 マスクとヘアキャップ代わりの頭巾をしているので帝である事に気がついていないみたいです。


「ワシじゃ。

 かぐやに頼んで立ち合わせて貰う事になった」


「え?! どうして!

 そんな、この様な不浄の場所に来られては」


「与志古よ。

 そんな事を言うとかぐやに怒られるぞ。

 出産は不浄ではないとな」


「あ、ごめんなさい。かぐやさん」


「そうですね。

 私は出産とは命の誕生、即ち神と女子にしか許されない神聖なものだと思っています。

 なので神様になった気持ちで子供を産んで下さいね」


「さすがに神様は畏れ多いわ。

 女子の方でお願いするわ」


「子供が出てくるまでまだ少しあります。

 水分を摂りますか?」


「ええ、お願いするわ」


「これこれかぐやよ。

 腹に水などを入れたら吐き出さぬか?」


「はい、流石に分娩の最中に水分を取る事は致しません。

 ですが出産によって大量の水分を身体の外に放出しますので、飲めるのであれば飲んだ方が宜しいかと思います。

 それに少しだけですが塩を入れて、身体に染み込みやすい様、工夫をしております」


「なんとも、ワシがあんなに苦しんだのは何じゃったのだ?」


「いずれにせよ出産は苦しいものです。

 だからこそ少しでも楽をさせてあげたいのです」


「ワシの出産の時にもそう言って欲しかったものじゃのう」


 ……


 陣痛の間隔が短くなってきました。

 帝には産屋の隅でお休み頂いて、私達で対応しております。

 外はだいぶ冷え込んでおりますが、中はポカポカに温めておりますので少し逆上せそうになります。


「うん……うぅ」


 猪名部さん特製の分娩台で体勢を忙しなく変えて痛みを和らげようとしています。

 私は腰をさすってあげます。


 ……


「痛いー!痛い、痛い、痛い、痛い、痛いーー!」


 ようやく子宮口が全開しました。


「では与志古様。生まれますよ。

 んん〜っとイキんで」


「与志古、ワシが分かるか?

 元気な孫を産むんじゃぞ」


 いえ、生まれてくる子は帝の孫じゃないです。

 帝も慣れない立ち会いでテンパっております。


「痛いー、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」


「さあ、与志古様。赤子が見えております。

 あと少しですよ!」


「はぁはぁはぁ。

 ひっ!ひっ!ふーーーーーんんんんん」


「与志古、頑張るのじゃぞ!」


「痛ーーーーい。

 けど、鎌足様のためにもがん……ばる……わ」


「はい、与志古様。楽に呼吸なさって。

 いち、に、さん! はいっ!」


「ふぅぅぅっぅん」


 前回の出産に時の様な大きな問題はなさそうです。

 前回はグンマ弁で中臣様にメチャクチャ文句を言ってましたが、時が経って仲良し夫婦になられているみたいです。


「与志古様、頑張って!」


「いたーーーーーーい!!」


「もう少し!」


「んきーーーーーー!!!」


 出ました。

 やはり早産だったので小さいです。

 背中をペシペシ叩きました。


「オギャーオギャーオギャー」


 ……ほっ。

 いつもながら赤ん坊が産声をあげた時の安堵感は変わりません。

 そして落ち着いて赤ん坊のお股を見ると、オ◯ン◯ンがあります。


「与志古様、男の子ですよ。ほら、見て」


「(はあはあはあ)そうね。

 でも今はどちらでも良いわ。

 無事に……生まれてくれたのだから」


 さて、急いで産後の後処理に入ります。

 赤ん坊は猪名部さん特製の保育器に入れます。


 でもその前に……チューン!

 バイ菌を殺菌します。

 与志古様(お母さん)にも……チューン!


「かぐやよ。赤子を箱に入れてしまうのか?」


 それを見た帝がびっくりしております。


「はい、本来この子はまだお腹の中にいるべき子なのです。

 なのでこの箱の中は母親のお腹の中に近い状態にしてあるのです。

 授乳以外は暫くこの箱の中で過ごします」


「大丈夫なのか?」


「この保育器は三つ子の出産の時に実証済みです。

 その後も赤子が命を落とす事も少なくなりました」


「何から何まで規格外じゃのう」


「いずれはこれが規格になります。

 ご安心ください」


「そうじゃな。

 ワシも四人子を産んだが、こんなにして貰えるのならもう一人くらい産んでみとうなったわ」


「ふふふふ、その時はぜひ私に子供を取り上げさせて下さい」


「ほっほっほっほ、それは楽しみじゃ」


 赤ん坊の産声を聞きながら、私達は束の間の幸せを噛み締めるのでした。

次話で第八章は終わりです。

只今、第九章での時代考証の勉強に追われております。

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