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【幕間】鎌足の苦悩・・・(15)

第321話『建皇子の価値』から第337話『新作チート 真実の血清!』での鎌足様サイドのお話を駆け足でお伝えします。

 ※ 鎌足様視点のお話が続いております。



 かぐやの神託騒動は、建皇子の病気が持ち直したことでどうにか収まった。

 一時は帝が強硬に飛鳥へと帰ると言い出し、押し問答になった。

 まさか帝に矢を向けるわけにもいかず、本当に危ないところであった。


 帝にしてみれば、出発前から飛鳥に残りたいと仰っていたのだ。

 一月近く熱を出して寝込んでいる孫に会いたいというのは我儘でも何でも無い。

 その孫に継承権があるのなら尚更だ。

 むしろ引き止める理由が、実のところ無い。

 建皇子が命の危険にあったことは帝の様子からして間違いないし、飛鳥からの便りを検閲しているがかぐやが必死に看病していたのも分かっている。


 ただ……、その便りに書かれていたかぐやの『呪術』とはいったい何なのだ?

 讃岐に居るときから奇妙な事を行っている事は報告に上がっていた。

 しかし呪術とは聞いていない。

 だが与志古の出産では逆子を無事に出産させたとき何かやっていたらしい。

 いつぞやの襲撃の際、剣で斬られていたはずの護衛が無傷だったと宇麻乃うまのから報告を受けた事もあったな。

 そう考えるとかぐやの呪術とはかなり強力な治癒の力なのだろうか?

 そしてその力を以てしても建皇子の病気は快癒せず、かぐやが疲弊していったということか?

 あまりにも荒唐無稽な話であるので、さして気に留めていなかったが、一度調べてみる必要があるやも知れぬ。


 それにしても葛城皇子が強硬に反対していたのは何故なのだろうか?

 自分の実の子が死にそうだと言うのにだ。

 不自然なのはむしろ葛城皇子の方だった様に思う。


 しかしその理由はすぐに分かった。

 突然の知らせが入ったのだ。

 有間皇子、謀反! と。


「一体、何があったのだ?!」


 知らせを受けた私の第一声はこれだった。

 謀反の兆しがあれば私が知らぬはずがない。

 婚姻の儀で見たあの青二才が謀反とは俄には考えられない。

 すぐさま家臣に命じて、事の詳細を調べさせた。


 そして五日後、報告を受けた私は唖然とした。

 既に処刑された……だと?


 ◇◇◇◇◇


「恐れながら、有間皇子の件につきましてお教え頂けませぬでしょうか?」


 翌日、葛城皇子に訪ねた。

 その日のうちに聞かなかったのは、自分が平静でいられる自信がなかったからだ。


「どうした? 鎌子よ」


「謀反という重大事に内臣たる私が何も知らずにいたのでは無能の誹りを受けかねません。

 葛城皇子が何かご存知かと思い、お伺いした迄です」


「そうだな……。

 有間が謀反を画策したと私の元に密告があったのだ。

 其方にはこちらでの外交に忙しいので別の者に調べさせた。

 事が事だけに内密に調べさせていたのだが、私とて元服もしておらぬ有間がそのような事はあるまいと気にも留めてなかったのだ。

 しかし有間がこの牟婁(むろ)の地までやって来るとの報告を受けて、流石に見過ごせなくなったのだ」


「何の目的で来たのかご存知ですか?」


「家臣を引き連れて決起するための下準備だったそうだ」


「それは確かに御座いますでしょうか?

 私の記憶では、此度の牟婁(むろ)の湯での湯治は有間皇子の推薦によるものと伺っております。

 挨拶に来たとしても不自然では無いと思うのですが」


「まあ、此度の件で其方を蚊帳の外に置いた事は悪いと思っている。

 私もそう思い、念の為にと物部朴井鮪(もののべのえのいのしび)に拘束させたのだ。

 だが次々と出てくる証拠を突きつけられては私も擁護できぬ。

 私が直々に取り調べたのだから間違いはない。

 従兄弟である有間を信じてやりたかったが、こればかりはどうしようも無かったのだ」


 取り調べ?

 一体、いつ、何処で?

 ……そう言えば七日ほど前、葛城皇子がいない日があったな。

 と言う事は取り調べをしてたったの五日で処刑したのか?

 私に一切知らせがないまま、帝への継承権を持つ有間皇子が処刑されたと言うのは……。


 いや、これ以上は聞くべきではない。

 急いだ所で既に処刑された有間皇子が戻るわけでもない。

 それよりも真実を突き止めるのが先だ。


「分かりました。

 葛城皇子がそう仰るのなら、その通りで御座いましょう。

 私が至らぬばかりに、葛城皇子にはご負担をお掛けして(かたじけな)く思います。

 申し訳ございませんでした」


「謝る事はない。

 鎌子はどの様な刻であっても私にとって心強い味方だ。

 気にするな」


「葛城皇子のご期待に添える事が私の役目です。

 これからは遠慮なさらずにお申し付け下さい」


 こう言い残して執務室へと戻った。

 そして帝に仕える氏女(うじめ)らに今の帝の様子を知らせる様、連絡を入れた。

 その結果、有間皇子の処刑について帝は痛く衝撃を受けたとの事だった。

 ……という事は有間皇子の処刑に関与していない公算が高い。

 帝が預かり知らぬところで有間皇子を取り調べて刑を言い渡したのは、葛城皇子以外に居らぬという事だ。

 コソコソと隠れる様な真似をしてまで何故?

 それに別の者に調べさせたと言うが、誰なのか?

 密告とは?


 私には一つの既視感があった。

 古人大兄皇子(ふるひとのおおあにのおうじ)誅殺の一件だ。

 当時、入鹿・蝦夷親子を誅殺し、蘇我一派の残党との戦が続いていた。

 その最中、蘇我派の皇子である古人大兄皇子に冤罪の罪を着せて攻め滅ぼしたのは他ならぬ私だ。

 強引ではあったが、古人大兄皇子を消す事で蘇我氏復活の芽を摘むためであった。

 今回の有間皇子の処刑にはその刻のやり方に似たものがあるのだ。


 葛城皇子の目があるので調査は全て家臣に行わせた。

 そして一つ一つ調書を精査し、時系列順に並べ直し、有間皇子の行動を(つぶさ)に調べた。

 その結果……。

 蘇我赤兄が計ったものだという結論に達した。

 そして逐一報告を受けた葛城皇子が独りで磐代(いわしろ)へと赴き、有間皇子を裁いたのだと。

 その後の手順は予め決められており、帝の目に触れぬまま有間皇子の刑は実行されたのだ。

 どうりで帝を飛鳥に帰らせたくなかった訳だ。

 有間皇子はここへは来なくなるのだから。

 おそらく綿密に計画を立てて、ハナから藤白坂で処刑するつもりだったのであろう。


 何のことはない。

 私が古人大兄皇子にやった事と同じ事を、葛城皇子が有間皇子にやったに過ぎないのだ。

 当時まだ十八歳だった葛城皇子をお護りするためと手段を問うている場合では無いと自分に言い聞かせてきた。

 しかし殺された側は恨み骨髄でこの世を去ったであろうな。


 ……いや。

 思い返せば孝徳帝も宇麻乃(うまの)の謀略により毒殺されたが、命じたのは葛城皇子だった。

 不確かな密告で蘇我倉山田石川麻呂殿を追い詰めて自死に追いやったのも、元を辿れば葛城皇子なのだ。

 まさかとは思うが……。


 (※第267話『【幕間】鎌足の苦悩・・・(2)』と第133話『【幕間】鎌足の焦燥・・・(5)』ご参照)


 ◇◇◇◇◇


 結局、かぐやと建皇子は牟婁の地にやって来ることは無かった。

 有間皇子があの様な事になったのだから警戒して当然であろう。

 その有間皇子を貶めした蘇我赤兄はいつの間にか飛鳥から放逐されていた。

 何でも留守官の地位を利用して後宮へ入り込もうとしたとかの(とが)で、帝の勘気に触れたらしい。

 葛城皇子はあまりいい顔をしなかったが、私としては赤兄がどうなろうが知った事ではない。


 問題は兵士だ。

 赤兄によって後宮を取り囲むのに動員された兵が使い物にならないと苦情が入ってきた。

 以前はこの様なことは宇麻乃(うまの)に任せきりだったが、奴を謹慎させたため今は私の役目になってしまった。

 宮の治安のためだ。

 仕方がなく、兵士達に話を聞く事にした。


「最近、訓練に身が入らぬと聞くが何かあったのか?」


「大変に申し訳ございません。

 身が入らぬのではなく、混乱してしまうのです」


「混乱? 何だそれは?」


「何故か丸二日の記憶が抜け落ちていて、その間私は後宮を取り囲むのに動員されていたらしいのです。

 ところが全く覚えがなく、気がついたら美しい采女が私に話し掛けていたのです」


 美しい? ……ならば、かぐやではないな。


「寝惚けていたのか?」


「そうかも知れません。

 ですが、余りにも記憶がきれいに抜け落ちて、何か私は記憶に無い間、とんでもない事をしでかしていないか不安で堪らないのです。

 あと、鴨のすいとんが食べられなくなりました」


「安心しろ。

 そのうち思い出すかも知れぬ。

 思い出さずとも何事もなかったのだ。

 気にせずとも良い。

 其方には三日休養を言い渡す。

 英気を養え」


「はっ、勿体無い事に御座います」


 ……一体、どうしたのだ。

 では次。



「最近、訓練に身が入らぬと聞くが何かあったのか?」


「お……恐ろしい采女が我々を蹂躙したのです。

 何度も何度も何度も。(ガタガタガタガタ)」


 恐ろしい?  ……ならば、かぐやかも知れぬな。


「どの様に蹂躙されたのだ?」


「分かりません。

 しかし大勢の仲間が一人残らず伸されました。

 あれは人ではありません。

 人の形をした物の怪です。(ガタガタガタガタ)」


 駄目だな。

 こいつは暫く使い物にならぬ。


「其方には三月の休養を言い渡す。

 ゆっくりと休め」


「はっ、承りました」


 ……宮の中で一体何と戦うと言うのだ?

 では次。



「最近、訓練に身が入らぬと聞く。

 先ずは名を述べよ」


「こ…… ここは何処? 私は誰?」


「私が聞いておるのだ。名は?」


「ここは何処? 私は誰?」


 駄目だこりゃ。

 絶対にかぐやが何かしたに違いない。


「其方には暇を出す。

 もうここへ来なくとも良い」


「は、は、は、はいぃ!」


 男はそう言って走り去った。

 後宮を取り囲んだだけで何事も無かったと聞いたのだが、一体どうしたというのだ?


 休養に出した兵の不足に、私の胃はシクシクと痛むのだった。



 (つづきます)

後半部分の面談のシーンは、第336話『ぺちぺちぺち』と読み比べますと分かりやすいと思います。

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