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【幕間】鎌足の苦悩・・・(10)

鎌足様にカンポーがよく効くの胃腸薬の光の玉を。

 ※ 前話に引き続き鎌足様視点のお話です。



 さて、葛城皇子の皇女達に大海人皇子様との婚姻をどう伝えるべきか?

 とにかく気分良く行って頂きたい。

 気分を害した娘達を送り出す訳にはいかぬ。

 それで無くとも四人を一度に差し出すなぞ前代未聞だから。


 思い悩んでいると、ふと昨日の様子が頭に浮かんだ。


 ◇◇◇◇◇


「大海人よ。

 少し頼みたい事がある。

 聞いてくれぬか?」


「兄上からのお願いとあらば何なりと仰って下さい」


「私は良く出来た弟持って家宝者だよ。

 それでな、私からの頼みなのだが私の娘を娶って欲しいのだ」


「え……はい。

 兄上が望まれるのであれば」


 唐突な申し出にきょとんととしつつも、しっかりと当たり障りのない返事をする辺り、如才(じょさい)の無さが見える。

 やはり油断の出来ぬ御方だ。


「いやなに。

 心ならずも私が額田を預かってしまい、其方も寂しかろう。

 私から妃を其方へ譲ると言ったが、其方に釣り合う妃が見当たらなくてな約束を守れぬまま今に至ってしまった。

 ならばと、私の娘であれば其方も不足は無かろうと考えたのだ。

 それに、我ら大王(おおきみ)の血を外へ漏らせば後の世の(わざわい)となる事が考えられるのだ。

 だから其方にしか頼む事が出来ぬのだ。

 頼まれてくれるか?

 大海人よ」


「ええ、兄上の仰る事に否応は御座いません。

 不肖の弟では御座いますが、有り難く引き受けさせて頂きます」


「そうかそうか。

 これで私も肩の荷が降りるというものだ。

 一日も早く孫を見せて欲しい。

 なに、四人もいれば誰かは懐妊するだろう」


「よ、四人!?」


「ん? ああそうだ。

 今の私には、嫁に出せる娘が四人しか居らぬ。

 これならば額田と釣り合うどころか、余りあって十分であろう」


「いえ……。

 少し驚いただけです。

 まさか兄上の愛娘を四人もお預け頂けるなどとは予想もしておりませんでしたので」


「そうだろ、そうだろ。

 其方の驚いた顔が見れたし、私の気分も上々だ。

 では、頼んだぞ。

 詳しい事は鎌子が段取りしてくれる」


「は、承りました」


 このやりとりを見て、この二人が仲の良い兄弟と思える程、私は純朴には出来ていない。

 おそらく当人達も同様であろう。

 むしろ警戒すべき度合いが増したのだと、胃の痛い思いがしてきた。


 ◇◇◇◇◇


 先ずは大江皇女(おおえのひめみこ)様だ。

 母はもうすぐ出産を控えている忍海造色夫古娘(おしぬみのしこぶこのいらつめ)様だ。

 地方の出の故、皇女としての地位は姉妹の中では一番低い。

 しかしまだ幼い故、不安を取り除く事に専念せねば。


「とう様、お加減如何に御座いますでしょう」


「ああ、もうすぐ其方の姉妹が生まれるのだ。

 楽しみだな」


「はい、私も楽しみに御座います」


「ところでな、其方には母となって欲しいのだ」


「母……つまりかか様に様に赤子を産むのですか?」


「そうだ。

 其方が産む子は私の孫だ。

 親孝行だと思い、頼まれて欲しいのだ」


「はい、とう様。

 とう様のご期待に添える様にとかあ様のお言い付けです。

 大江はとお様に言い付けに従い、子を産みます」


「本当に其方は素直なのだな」


「有り難きお言葉を賜り、幸せに御座います」


 ふう、扱いやすい皇女で助かった。

 母親が葛城皇子の寵愛を受けている妃だけあって、皇子の寵愛がなのであるのかをよく存じている様だ。

 ただ……幼すぎないか心配になってきた。


 ◇◇◇◇◇


 では次は…… 新田部皇女(にいたべのひめみこ)様だ。

 母親はあの内麻呂(阿部倉橋内麻呂(あべにくらはしうちまろ))殿の娘、橘娘(たちばなのいらつめ)殿だ。

 血統は十分だが后の器には足らぬか。


「御父上様、ご機嫌よろしゅう如何お過ごしに御座いますでしょうか」


「久しいな、新田部よ。

 今日は其方に言う事があり来てもらった」


「はい、何でありましょうか?」


「私の弟、大海人皇子へ嫁ぐ事になった。

 それで良いか?」


「御父上様の仰る事に私がお口出しする事はあり得ません。

 大局を見据えての事と存じております故、ご確認するまでも御座いません」


「其方は聞き分けが良いの」


「皇女として恥ずかしくなき様、母より教えを賜りました。

 もしお褒め頂けますなら母にお願い申し上げます」


「詳細は鎌足に聞くがいい」


「ご配慮頂き有難き事に御座います」


 理論整然とした物言いは内麻呂殿を思い起こさせるな。

 きっと賢母となられるであろう。

 物分かりが良過ぎるきらいはあるが、今はそのおかげで助かっている。

(※作者注:新田部皇女は後に舎人親王を生みます。舎人親王は日本書紀の編集を総裁した人物として有名)


 ◇◇◇◇◇


 ここまでは順当だ。

 残るは……大田皇女(おおたのひめみこ)殿と鸕野皇女様だ。

 どちらも母親は蘇我倉山田石川麻呂の娘、遠智娘(おちのいらつめ)様で、既に故人となられている。

 蘇我の遺子であり、廃れたとはいえ蘇我は蘇我だ。

 おそらく四人の中では最も后に近い。

 気になるのは、いつだったか新春の挨拶の際に実の父である葛城皇子へ向ける視線が厳しかったのを覚えている。

 倉山田殿の最期を思えば、祖父の死と母を狂死させた相手が実の父親であると言うのは心中複雑であろうと察せられる。

 遠方に居るため連絡が遅れたため、三番目の面談となった。


「父様、ご無沙汰致しております。

 如何お過ごしでしょうか」


「ふむ、大田よ。

 其方に申しておきたい事があってな。

 一生を決める事だ。

 私が直接話をしたであろうと思い遠路はるばる来て貰った」


「一生……と言う事は婚姻でしょうか?」


「そうだ、其方が嫁ぐ先が決まったのだ」


「どなたに御座いますでしょう?」


「私の弟、大海人だ。

 私が帝となったら、大海人が皇弟となる。

 其方はその皇弟となる大海人の后となって欲しいのだ」


「すると私は叔父上の元へ嫁ぐのでしょうか?」


「ああ、そうなるな。

 だが我々、大王(おおきみ)の血筋では珍しくもない。

 私の妹、間人(はしひと)も叔父である孝徳帝に嫁いだのだ」


「一つお聞きしても宜しいでしょうか?」


「何だ?

 何なりと申してみよ」


「大海人皇子様の人となりを私は存じ上げません。

 どの様なお方なのでしょうか?」


「そうだな……。

 幼い時から私の言う事をよく聞く出来た弟だ。

 もう少し野心があってもいいと思うが、兄である私を立ててくれる心根の優しい男だな」


 葛城皇子から見た大海人皇子の印象が私と全く異なる事に今更ながら驚いた。

 私には大海人皇子が一番の障害となると警戒している。

 能力も申し分が無い。

 野心を内に秘めた恐ろしい弟君。

 それが私が大海人皇子に抱く印象なのだ。


「承りました。

 私に選択の余地なぞないことは十分に存じております。

 せめて居心地の良い嫁ぎ先である事を望みます」


 少々刺々しい言い方だな。

 やはり母親の死について許せない気持ちがあるのであろう。


 また、胃が痛くなってきた……。


 ◇◇◇◇◇


 最後は鸕野皇女様だ。

 一度話をした相手であるから幾分気が楽な相手だ。

 讚良評(さららこおり)の馬飼殿宛に、鵜野皇女様に飛鳥へ参られる様にと便りを出したのだが、その便りが受け取られずに戻ってきた。

 そして馬飼殿からの便りが添えられていた。


『鵜野皇女は今、岡本宮の後宮に(おわ)す。

 そちらへ連絡を入れるのが早かろう』


 何故、後宮にいるのだ?

 皇女が内裏にいる事はさして珍しい事ではない。

 斉明帝は特にお年を召してから孫に甘くなり、訪問を心待ちにしていると聞いている。

 だが何故後宮に?

 後宮にあるものといえば……建皇子様か?


 鵜野皇女様と建皇子様はどちらも遠智娘(おちのいらつめ)様を母親とする同父母姉弟だ。

 そして建皇子様の世話役がかぐやだ。

 そういえば鵜野皇女様はかぐやを家臣としたいと言っていたな。

 鵜野皇女様とかぐやが繋がったとなると?


 ……ドクンッ!


 訳もなく嫌な予感に囚われた。

 しかし呼び出して婚姻を告げなければならない事に変わりはない。

 嫌な予感を感じつつ、後宮へ人を遣わせて鵜野皇女様を呼び出しをした。



(つづきます)

三人の皇女様(モブ)の書き分けはなかなか難しいですね。

それぞれの皇女様の人生を振り返って、こんな方ではなかったのかと思いを馳せつつ、執筆しております。

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