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【幕間】鎌足の苦悩・・・(9)

3ヶ月ぶりの鎌足様シリーズです。

主人公が後宮に入ってしまうと外の世界のお話が停滞してしまいますので、鎌足様(42)にはあれやこれやと頑張って頂きます。


 ※ 鎌足様視点のお話です。

 時期は第300話『鸕野讚良様の嫁ぎ先』の直前、二年前まで遡ります。



 葛城皇子と力を合わせ、蘇我の勢力を一掃してから10年が経った。

 長かった……。

 ここにきてようやくやりたかった事に目処がたってきた。


 戸籍が整い、班田制の下地が出来てきたのだ。

 中央に集まる税収が目に見えて増えており、それに伴い雑徭による労役も確保できるようになってきた。

 おかげで飛鳥周辺の基盤インフラの整備が進むようになってきたのだ。

 街道、水運、治水、諸々だ。

 これまでの人生で書から得た知識を思う存分に注ぎ込める。

 この快感を分かってくれる者が他に居ようか。


 だがしかし形あるものだけでは私が目指す政の完成には全く足りない。

 国の礎に必要なもの。

 それは律と令だ。


 今の政とは過去の慣習に則った古臭い上に、整合の取れていない則によって営まれている。

 私はこの様な状況を醜いと思っているのだ。

 唐の政のような、統一性を持った施政こそが美しく、これこそが人の世であると言えよう。

 要は今の我々の地は獣のルールの上で生活しているようなものなのだ。


 悪事を働いたものは罰を与えるのは当たり前のことだ。

 ではどの様な罪でどの様な罰を与えるか?

 それが決まっていないのだ。

 以前にこうしたからこの程度の罰を与えればよい、などという子供じみた理屈で刑が決まるのだ。

 私は律という概念がない今の体制を非常に憂いている。


 この先、我が国は一丸となり、強大な唐や百済と接している新羅、そして高句麗と相対さなければならない日が来るかも知れぬ。

 その時に雌雄を決するのは何かと考えると、人であり、武器であり、力なのだと私は思っている。

 これを聞くと巨勢あたりは当たり前だと言いそう気がするが、私の考えはそんなに浅くない。

 人とはつまり質の高い者を指す。

 奴婢をかき集めて大した防具もなく竹や棒を持った烏合の衆では役に立たぬ。

 労役でかき集めた人員を当て込んで戦をする愚か者が居ないことを願うばかりだ。


 武器とは剣だけではない。

 弓、槍、船、馬、それら全てを高い水準で用意することであり、いわば総合力なのだ。

 そのためには製鉄技術の発展は必須であろう。

 出来れば鉄や銅の鉱石の取れる山を見つけたいとも思っている。

 銀でもいいし、金ならばなお良い。

 韓三国には金の取れる鉱山が多数あると聞く。

 我が国にも、百済に近い筑紫国あたりを探せば必ずあるはずだ。


 金といえば……

 ちまたで最近金の流通が増えている兆しがみられるのが気になっている。

 まさかと思うが、どこかで金の取れる場所でも見つかったのか?

 そんな大変なものを隠す者が居たならば、手強い敵になりかねぬ。

 我々の持つ全兵力を投入し、ぶっ潰してやる!


 力とは一言で言えば財だ。

 より多くの税をかき集め、人を集め、高い練度を持つ集団を維持管理するのにどれだけの財が必要になるのか。

 そのためにも地方の掌握は絶対だ。


 その手始めとして国造くにのみやっこをほぼ全て評造こおりのみやっこにした。

 今のところは名前を変えただけに見えるであろう。

 今後は我々を脅かす大国造を解体し、複数のこおりに分け、勢力を削いでいく腹積りだ。

 評造こおりのみやっこらはこれまで国造が持っていた権限、つまり領内の政治や裁判、税の取り立てと保管などは今まで通りにやっている。

 税の代わりに封戸という形で収入を得ているのもほぼ今まで通りだ。

 それ故に連中が中央の政治機構に取り込まれつつあるという事に気付いていまい。


 今はまだ土地と民の調査の指示だけを中央から派遣している国司に委ねられている。

 しかし評造らに任されている権限を徐々に徐々に国司へ権限を移乗してゆけば、百年も掛からずに評造共は民の代表へと堕ち、全て中央やまとの政治機構へと取り込まれていくであろう。

 私が生きている間にその完成が見られぬのは残念だが、その礎を築けたのであれば満足だ。


 しかし、もう私もいい歳だ。

 本来であれば嫡男に跡を譲ってもおかしくない年に差し掛かりつつある。

 周りの同じ年の連中は孫を可愛がるようになっているのだ。

 しかし私には真人以外に息子はおらず、生まれてくるのは娘ばかりだ。


 昔、讃岐でかぐやに子種のために必要なことを言われたことがあったな。

 あの時は十にも満たぬ童女が何を言うのかと内心かなり驚いた。

 だがその後の与志古の出産やかぐやの開所したという施術所を見る限り、かぐやには人体に関する知識が豊富であろうことが察せられる。

 私の知らぬ知識をあの様な幼い娘が持っている事に当初は驚愕した。

 だが、最近では驚く事を諦めた自分自身にこそ驚きたくなる。

 驚く事を諦めたのか、そうである事を納得したかは分からぬがな。


 そう思いつつ、身を隅々まで清め、与志古の寝所へと入っていった。


 ◇◇◇◇◇


「鎌子よ。

 今後の治世において儘ならぬものは幾多とあるよな」


 今日も葛城皇子と談義だ。

 しかしこの様な雑談こそ重要だと思っている。

 必要な事しか話さぬ者は、その者が話しかけるのが役目を押し付けられるのと同義に扱われる。

 そうなったら最後、誰も話し掛けず、誰も意見をしなくなる。

 要は孤立してしまうのだ。

 葛城皇子を孤立させる事はあってはならない。

 有能だからこそ道を誤れば、国の大事となる。


「焦りは禁物でしょう。

 そう自分に言い聞かせねばならないことの方が多いものです」


「はははは、上手い事言うな。

 全くの同感だ。

 だが自分の力で何とかなるものはいい。

 問題はどう足掻いても意のままにならぬ事だ」


「例えば天候とかで御座いましょうか?」


「天候ならば母上に雨乞いを頼んでいる。

 しかし子供だけはどうにもならんのだ。

 宮に仕える忍海色夫古娘おしぬみのしこぶこのいらつめが私の子を懐妊したが、たぶん次も女子であろう。

 しかし男であるかも知れぬのだ。

 毎日毎夜、巫女どもに祓いを行わせている。

 何せ私の息子は大友と建だけだ。

 実質一人しか居らぬのだ」


 建皇子様も大事な皇子様なのだが、(おし)である事を理由に葛城皇子は建皇子を遠ざけている。

 何故、ここまで実の息子を嫌えるのであろう。

 私には理解できない一面だ。


「私も生まれてくる子は皆女子ゆえ、同じ悩みを抱える身に御座います」


「そうだな。

 其方は仕事ばかりやっておらず、もう少し女子の元に通ってみてはどうだ?」


「左様ですな。

 葛城皇子より賜りました妃とも為しておるのですが、こればかりは」


「それでも女子なら女子で、婚姻により氏族同士の繋がりを強めるのには役立とう。

 しかし我ら大王(おおきみ)の一族はそうはいかぬ。

 叔父上の孝徳の例が分かり易い。

 阿部やら蘇我やらの血を取り入れた結果が有間の体たらくだ。

 今は気が触れたらしく生駒に引き篭もっていると聞く」


「有間皇子につきましては、あまり良い噂は聞きませんな。

 捨て置けば宜しいのでは?」


「まあ、邪魔にならなければそれでいい。

 邪魔になったらそれまでだ。

 それで、だ。

 私の娘たちの処遇だが、大海人に娶らせる。

 余所に大王の血を渡すわけにはいかぬ。

 有間なぞ以ての外だ。

 そうなると大海人以外に適任は居らぬ」


 以前から葛城皇子の血縁に対する拘りが強いとは思っていたが、私の想像以上だった。

 だが、四人の娘を一度に弟に娶らせるというのは聞いたことがない。

 何より女子への尊厳というものがまるで考慮に入っていない。

 大した事に思えないかも知れぬが、今は帝も女子だ。

 軽んじるべきでは無い。


「大海人皇子様に皇女様を娶って頂くことは御理解いたしました。

 しかし、四人の皇女様にはそれぞれ尊厳を持って嫁いで頂けるよう、こちらで配慮致します」


「なに、私が命じればそれで良かろう」


「無論、それで用は足ります。

 ですが嫁いだ後、実の父である葛城皇子に請われて嫁ぐのか、押し付けられて嫁ぐのかが、将来大海人皇子様の后となる皇女様にとりまして、とても重大な事に御座いましょう。

 目的は嫁がせる事ではなく、大王の血を引く皇子を残す事に御座います」


「ふむ……、鎌子がそう言うならそうしよう。

 任せて良いか?」


「御意」


 どうにか最悪の事態は回避できた。

 四人の皇女らの自尊心を折らぬよう、段取りをせねば。


 しかしその疾しい考えは、かぐやによって見透かされ、手痛いしっぺ返しを受けたのであった。



 (つづきます)

実務担当の鎌足様の頑張りを説明しようとした結果、社会科の授業みたいになってしまいました。

大化の改新から律令制度が整うまでの端境期(はざかいき)のため資料が少なく、かなり作者の空想が混ざっております。

看過できないレベルでの間違いがございましたらご指摘願います。


ちなみに日本において初の金が見つかったのは8世紀、陸奥国で見つかりました。

しかし佐渡金山のような金鉱石ではなく、河川により金鉱脈が削られて下流へ流れ出た砂金として産出されたしたものです。

なので7世紀の日本に国産の金は出回っていないはずなのですが……。

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