竹取の翁(おじいさん)の決意
これにて次章への布石はおしまいです。
帝の、まるで血を吐く様な告白が終わりました。
まさか皇太子様が幼い時に入れ替わっていたとは……。
つまり皇太子様は、舒明帝と斉明帝の御二方の間に生まれた優良種、大海人皇子に対して劣等感を持っていて、それに贖うべく無茶やっているという事?
分からないわけでもありませんが、本当にそれだけなのでしょうか?
動機として少し弱い気もします。
有間皇子を追い詰めて命を奪う理由ってそんなものなのかな?
それに犠牲者は有間皇子だけでは無いはず。
逆にそれだけ理由であそこまで非情になれるとしたら、それは血のせいだけでは無い気がします。
いわゆる反社会人格障害とか?
もしくは冷徹に見えて実は超慎重な現実主事者な性格とか?
信長みたいな?
もう少し判断材料が欲しいところです。
◇◇◇◇◇
さて、帝はお休みになられました。
お年を召した帝に激情を伴った告白は刺激が強過ぎた様です。
元はと言えば私が秋田様に調査をお願いしてしまったばかりに、表沙汰にしたく無い話を帝にさせてしまったからです。
とても申し訳ない気持ちです。
残った私と秋田様、お爺さんとお婆さんの四人は、私が作った光の玉を灯りにしてお話し合いです。
「秋田様、私が変な事をお願いしたばかりに大変な事になってしまい、誠に申し訳御座いません。
まさかこんな事になるなんて思ってもみませんでした」
「仕方がありません。
姫様は常に建皇子様と共に居られるわけです。
建皇子様は皇太子様のご子息であり、帝のお孫様です。
姫様が巻き込まれないはずが御座いません。
しかし知っているのと知っていないのとでは、いざとなった時の対応に差が出ます」
「かぐやはそんなにも危ない所に居るのか?
いっそのこと讃岐に帰るのはどうじゃ?」
これまで一言も口を出さなかったお爺さんが、意外な事を言い出しました。
今までずっと皇子様に気に召して貰えとばかり言っていたのに。
「どうしたのですか? 父様!
私には皇子様を押し倒してモノにして欲しかったのでは無いのですか?」
驚きのあまり直球の表現で言ってしましました。
「わしはな、婆さんが後宮にいた事は当然知っておった。
かぐやが皇子様に見染められれば、婆さんが会いたがっていた皇女様に再会できるのじゃとも思っておったが、それはもう叶ったのじゃ。
もちろんわしにも野心はある。
かぐやが皇子様に娶られれば、わしも中央で良い暮らしが出来るじゃろう。
じゃが気がつけばこの讃岐でいい暮らしが出来ておる。
じゃからかぐやが皇子様と結ばれればわしは嬉しいが、相手が皇子様で無くとも、高貴な官人出なくとも、別に構わん。
ここで静かに暮らすのも悪く無いじゃろう」
「父様、一体どうしたの?
何か悪いものでも食べたの?」
以前のお爺さんから発せられていたギラギラでキドギドで粘っこいオーラが全く感じられません。
【天の声】油汚れかっ!
「三年前に忌部殿の宮でかぐやと会っただろう。
あの時、受け取った木簡にかぐやが命を狙われたと書いてあったじゃろ。
あれを見てわしは居てもたってもいられんかった。
今は婆さんとかぐやだけがわしの生き甲斐なのじゃ」
「危ない事は讃岐に居てもありましたでしょう?
急にどうされたのですか?」
「この三年、ずっと思っていたのじゃ。
巣山殿の所の鶴姫のせいで、巣山殿は一家揃ってこの地を去った。
馬見殿はもうこの世には居らぬ。
彼奴らとはお互い何処の領地が一番貧しいか、何処が一番住民が少ないか、しょうがない事で競い合っていた仲じゃ。
腐れ縁とも、悪友とも言うがの。
しかし張り合いでもあった。
その彼らはもう……居らんのじゃ。」
「それは悪くない考えかも知れません。
しかし既に手遅れかも知れません。
その決断がもう少し早ければ……」
秋田様がお爺さんの意見を否定します。
「どうしてですか?」
「我々は既に深入りし過ぎております。
姫様が建皇子様から離れる事は無いでしょう。
帝との繋がりがここまで強い者は他におりません。
讃岐に引っ込んだだけでどうにかなる段階ではもうありません」
「そうなのか?」
「今後、どうなるのか全く予想がつきません。
帝に付き従うべきなのか、全てを知った上で皇太子様に従属するべきなのか、あるいは対抗する勢力に加わるべきか。
帝に付き従うにしましても、この先ずっととは参りません。
姫様はどうなさるおつもりですか?」
「私は帝をお支えし続けます。
ですが何があろうと皇太子様に従属する事は致しません。
既に私は来るべき日に備えて大海人皇子様、鸕野皇女様ご夫妻をお助けすると申し上げております」
この際なのでキッパリ言っておきます。
「それはまた、思い切りが宜しいですね。
それがかぐや様の『天女の予言』なのですか?」
「そう思われても構いません。
しかしそれ以上に大海人皇子様と鸕野皇女様のお人柄に感銘を受け、心よりお助けしたいと思うからです」
「そこまで仰るのであれば私は何も申しません。
そのご決意に私どもは従いましょう。
しかし、『来るべき日』とは何時なのですか?」
「ズバリ申し上げます。
壬申の年、十二年先です。
斉明帝がお亡くなりになり、皇太子様が即死され、大きな戦で大勢の兵が亡くなり、その後も戦後処理が行われた後になります」
「ず……、随分と明確な」
「かぐや、寶皇女様は亡くなってしまうの?!」
帝がお亡くなりになると聞いて、お婆さんが気色ばって聞いてきます。
私もお婆さんがどう思うかを考えず、ついうっかり口にしてしまいました。
「私としましても十年先もずっと帝にはご健在であって頂きたいと願っております。
しかし私の知識には遠からず皇太子様が全権を握る日が来るとあります。
残念ながらそれがいつになるのかが分かりません。
いえ……残念ではありませんね。
分からない事が今の私には救いです」
「そう……なのかい」
人の命に限りがあるのはいつの時代でも同じです。
しかしだからと言って納得できるわけではありません。
私だって、お爺さんとお婆さんが亡くなってしまう未来なんて考えたくありません。
「分かった!」
お爺さんが突然大声を張り上げました。
「どうしたのですか?!」
「わしはかぐやの親じゃ。
かぐやがそう言うのであればわしも腹を括ろう。
十年後までに讃岐は兵となる若者を千人……いや二千人育てる。
全員に武器を貸し与える。
何があろうとわしはかぐやを守るのじゃ!」
「そんな父様、危な過ぎます!」
「何を言うておるのか。
一番危ない事をやっておるのはかぐやじゃろう。
婆さんがどれだけ心配しておるのか知っておるのか?
何もしてやれん事の方が余程辛いのじゃ」
「そうだよ、かぐやや。
寶皇女様からのお便りには私を気遣ってやんわりと書いて無いけど、それなだけに心配なんだよ」
言われてみますと、後宮の中でも武闘派と目される私の潜った修羅場は結構な数になります。
私が強気な発言ができるのも、経験値の多さと光の玉があるからです。
心配を掛けないはずがありません。
「ごめんなさい。
父様、母様には心配ばかり掛けてしまって」
「いいのよ。
かぐやを後宮へ送りたがったのはお爺さんだからねえ。
悪いのはみーんなお爺さんのせいよ」
「わ、わ、わし?」
「父様、安心して。
とりあえず皇子様は連れて来ましたから。
一緒にお風呂に入った仲なのよ」
……三年前までだけど。
「あらあらあら、まあまあまあ」
「な、な、な、嫁入り前の娘が……」
「姫様。
姫様はお家族にとても恵まれてますね」
「はい、心からそう思います」
秋田様の問い掛けに、決して幸せだったとは言えない現代の家族に比べ、今がとても恵まれているのだと、私はつくづくそう思うのでした。
主人公の現代での生活がどうだったか、につきましてはいずれまとめて公開します。
しばしお待ち下さい。
次話より章の繋ぎの、幕間に入ります。




