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斉明帝の謝罪

歴史の振り返りみたいになってきました。

試験勉強にお役立て下さい。


 ※帝と与志古様とのお話し合いが続きます。



「そもそもの話じゃが、与志古には詫びておかねばならぬ事がある」


「私に……、ですか!?

 帝に謝罪などあってはならない事です。

 詫びるだなんてとんでも御座いません!」


「いや、ワシが詫びたいのじゃよ。

 ワシが皇極だった頃(※)、女嬬(めのわらわ)であった其方を弟の軽皇子に娶らせたのがそもそもの始まりじゃった。

 当時、政は蘇我の親子に牛耳られておってワシも舒明(※斉明帝の夫)もがんじがらめじゃった。

少しでも味方を付けたいワシは東国の姫である其方を囲おうという邪な考えだったのじゃ」


 (※斉明帝が重祚する以前の西暦642年から645年、つまり乙巳の変の直後までの三年間、皇極帝として大王(おおきみ)に就ていました)


「いえ、私は帝に一目置かれている事を誇りに思っておりました。

 帝に非など御座いません」


「じゃが、その結果、与志古は後宮で真人を産み、其方の息子は孝徳の皇子としての運命を背負わねばならなくなったのじゃ。

 今思えば、浅はかじゃった」


「そんな事は……」


「分かっておるじゃろう。

 皇子と名の付く者がどの様な運命を辿るのか。

 帝は大王(おおきみ)などと大層な名を名乗っておるが、実際は各地の支配者共の中で一番意のままに動く便利な駒をそう呼んでおるだけじゃ。

 故に難い者は弾かれる。

 例え帝であってもな。

 この百年の間、どれだけの者らが不遇の死を遂げたことか……」


 帝がこれまで溜め込んでいた心の葛藤は相当深い様です。


「だからこそ、葛城と鎌子がこれまでやってきた事は何も文句は言わぬし、誰にも文句は言わせぬ。

 ……そのつもりじゃった」


 帝は目を伏せ、後悔を滲ませるかの様に言葉を絞り出します。


「あの日……、葛城が入鹿を切り付ける刹那、入鹿はワシに叫んでおった。

 じゃがこれまでの忌まわしい争いが終焉を迎えるならばと、黙って見過ごしたのじゃ。

 あの時の入鹿の目をワシは今でも忘れぬ。

 その後の血生臭い事件もワシは目を瞑ってきた。

 ワシの代わりに即位した孝徳を難波に置き去りにして飛鳥へと帰った。

 ワシは弟の孝徳すら切り捨てたのじゃ」


「帝が業を背負ったからこそ今があるのです。

 鎌足様が目指す帝を中心にした政を成立させるという目的のため、誰もが無傷ではいられないのは残念な事で御座いますが致し方がなき事に御座います」


 与志古様は中臣様の理想をきちんと理解した上で、お話しされています。

 お飾りではない妃を中臣様が重用するのも理解できます。


「孝徳が葛城を脅威に感じ、刺客を放ったと聞いた。

 葛城と鎌子は命からがら逃げ延びて、川原の宮を建て、反撃の(チャンス)を待ったそうじゃ。

 葛城を復讐の徒に育て上げたのは他ならぬ孝徳じゃ。

 それを知ってしまった以上、孝徳の味方は出来ぬ。

 しかしその結果、孝徳と葛城の因縁が抜き差しならぬ状況を招いてしもうた。

 その結果が有間の一件じゃ」


「………」


「与志古よ。

 真人を唐へと逃したのも、それを知った上であろう。

 そして有間は狂人を装い、逃げておった。

 それでも葛城は容赦しなかったのじゃ。

 ワシの知らぬうちに(はかりごと)が進んでおって、ワシに知らせが届いた時には有間は既にこの世に居なかった。

 まさかワシの居った紀国の地で果てていたとは……」


 帝の目から涙が一筋流れ落ちます。


「真人は……、真人は自分が何者であるのかを受け止め、逃げるためではなく前に進むために唐へと渡りました。

 鎌足様が唐へ留学したいかと聞かれた時、真人は何の迷いもなく、唐へ行きたいと申しました。

 私は危険だからと反対しました。

 でも今となってはそれが間違いだったとわかります。

 真人はとんでもない人を好きになってしまったの。

 ちっとやそっとでは追いつかない高みに居る人を。

 私の息子でなければ出会うことのできない人です。

 後悔などしようも無いのです」


「ふふふふ、それが車持皇子か」


「車持?

 確かに私は車持です。

 ですが何故、真人が『車持皇子』なのですか?」


「かぐやよ、説明してやるがよい」


 え、私が?


「ええ、私が変下(へんげ)の者である事は先程申しました通りです。

 私がこの世界に渡る際、鍵となる貴公子が五人いる事を知っておりました。

 その中の一人が車持皇子と呼ばれる方です。

 おそらくは車持皇子とは真人様の事だと思われます」


「では真人は……かぐやさんにとって運命の定めた子なの?」


「ガッカリさせて申し訳ありませんねが、その五人に対して私は結ばれたく無いあまり無理難題を押し付けて何が何でも阻止しようするはずでした」


「? ……よく分からないわ。

 かぐやさんにとってその五人はどの様な相手なの?」


「この世界に来た当初、私は五人の貴公子に求婚されるだろうと予想しておりました。

 しかし伝聞によりますとその貴公子は性格が悪く、嘘をついたり人を騙そうとしたりする好きになれない男子(おのこ)のはずでした。

 そして私はそんな彼らを絶望の淵に追い落とす最悪の性格を持った女子(おなご)なのです」


「何というか……全然予想がつかないわ」


「私もです。

 目の前に現れた求婚者達は何故かとても良い方ばかりで、むしろ仲良くなってしまい、嫌がらせが出来なくなってしまったのです」


「真人以外の求婚者にはもう会ったの?」


「はい。与志古様がご存じなのは、阿部倉梯御主人(あべのくらはしみうし)様、物部麻呂(もののべのまろ)様、そして多治比嶋(たじひのしま)様です」


「確かに皆んな申し分のない人ばかりね。

 麻呂君も真人と一緒にいる事が多かったけれども、芯の通った快男児です。

 倉梯様は幼い時こそ危うい面もありましたが、今では非の打ちようのない人格者よ」


「はい、私もそう思います。

 神の使いのお話に寄りますと、どうやら私は歴史の歪みを治すためにここへやってきた様なのです。

 その鍵となるのが彼らではないかと思っております」


「確かに真人も倉梯様もかぐやさんに出会わなければ、今と違った人生を歩んでいたかも知れないわ」


「それは些か……」


「かぐやさんはもう少し真剣に考えて欲しいの。

 これまで貴女が出会った人々がどれだけ貴女の影響を受けてきたかを。

 讃岐の領民ですら、他の領民とは生活も考え方もまるで違うのよ。

 私も帝もかぐやさんから受けた影響は途轍もないものなの。

 それを分かって」


「そんな……」


 与志古様の圧を受けてタジタジです。


「かぐやよ。

 ワシが其方にどれだけ救われたのか、知っておるよの?

 本来そのような事はあり得ぬのじゃ。

 しかし其方はそれをやってしまったのじゃ。

 額田もそうじゃった。

 建は其方が居なければ今頃は生きておらぬであろう。

 ワシらは皆、其方に感謝しているのじゃ。

 其方が神より与えられた重荷をワシらは幾らかでも軽くしてやりたいのじゃよ」


「そんな、勿体無いお言葉に御座います」


 思えばこの世界に来てからずっと人に相談できないまま、独りでやってきた様な気がします。

 その役目を手伝ってくれるなんて言ってくれた人は初めてかも知れません。


「それにしてもかぐやが悪女だったとは意外じゃ」


「ええ、とんでもない悪女みたいですわね。

 どんな悪女なのか聞かせて欲しいわ」


「あまり聞かない方が良いと思います。

 車持皇子も随分と性格が悪く言い伝えられておりますから」


「それを聞いたらますます聞かずにはいられません。

 ウチの真人がどれほど性悪か聞こうじゃありませんか」


「本当に良いのですか?」


 その後、覚えている限りの竹取物語のあらすじ(※帝の求婚を除く)を二人に言って聞かせるのでした。

 何故か二人には大ウケでした。

 この時代の結婚観から大きく逸脱したかぐや姫の悪役令姫ぶりは、この時代の女性達には挿さるみたいです。



 (つづきます)

本作では帝の事を『天皇』と呼んでおりません。

歴史を遡りますと、天皇という呼称を初めて使ったのは持統天皇だと言われており、この頃はまだ天皇という単語がなかったからです。

それまで帝は大王(おおきみ)と呼ばれ、有力豪族からなる連合政権の『王の中の王』という意味合いだったみたいです。

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