かぐやの評価
l主人公の正体がどんどんバレていきます。
夏、与志古様のマタニティライフは順調です。
この頃になると氷上ちゃんと五百重ちゃんとはすっかり仲良しです。
しかし二人と建クンとは未だに会話がありません。
建クンが話を返さないからに外ならない訳ですが、建クンがそうゆう性格である事を納得して貰って、雰囲気が悪くならない様に気を遣っております。
でも私は気がついています。
讃岐で大人気の地域スポーツ、蹴布の羽を棒でスパーン! と打つ姿を見た二人のお姉さんに「すごーい」と言われると上機嫌になります。
棒の振りと、羽の翔びが違いますから。
建クンも男の子なんだねぇ。(ニヤニヤ)
◇◇◇◇◇
そんなある日、豪華な輿に乗って帝が讃岐へとお越しになられました。
建クンに会いたかったのだと思ったのですが、それだけでは無いみたいです。
建クンとの再会の喜びも程々に、与志古様の所に来る様にと呼び出されました。
何でしょう?
前回、後宮へ送った薄い書が発禁処分を喰らったのかしら?
与志古様のお部屋へ行くと帝は与志古様と歓談されております。
今のうちに謝っておいた方がいいのかな?
ドキドキ♡
「かぐやよ。
其方の与志古への献身に感謝するぞえ」
ほっ……、違ったみたいです。
「いえ、与志古様には幼き時よりお世話になりました御恩が御座います。
私にとりましては当たり前の事ですので」
「私の方こそ余程かぐやさんに恩があるのよ。
真人の事も心配かけてしまって申し訳ないと思っております」
与志古様が言うと私が何かしたみたいに思われそうですが、実のところ大した事はしていません。
なので御礼を言われますと恐縮する事しきりです。
「其方には詳しく話して無かったが、其方の話を聞いての、其方の幼き刻を知る与志古に相談したという経緯があったのじゃ」
「私の話……とはアレに御座いますか?」
「そうじゃ、アレじゃ。
そうしたら与志古が床に伏せっておると聞き、見舞いへ行ったのじゃ。
それはもう酷い有様じゃった。
で、身重の与志古を任せるついでに、其方共々讃岐へ引っ込ませようと目論んだのじゃ」
今思えば確かに急な話でした。
でも与志古様を放っておける状況でも無かったので、気にも止めませんでしたが。
「与志古様とお腹の中の赤子を優先すれば当然かと思います。
しかしついでに私もですか?」
「ふむ……、其方を京に置いておくのが少し悩ましく思えての。
其方の力は便利じゃ。
後宮が恙なく動いておるのも、其方の力に負うところも少なくない。
しかし其方には使命があろう。
後宮という名の狭い籠の中に入れておくのは、其方のためにならぬと思うたのじゃ」
「お心遣いありがとう御座います。
ですが少々評価が高すぎるのでは無いでしょうか?」
「与志古よ。
其方からも言うておくれ。
かぐやと話をするといつもこうなのじゃ」
「そうですわね。
私が後宮にいた事はかぐやさんもご存知ですよね?
だけど私にはたくさんの後悔があるの。
特に萬田郎女が心を病んで後宮を去って行った事は今でも忘れません。
女子ばかりが住まう後宮の中はとても窮屈なものなのよ。
だけどかぐやさんは後宮の中を明るく照らしてくれていると、後宮の知り合いから話を聞いているわ。
実務も卒なくやってくれて、采女達も貴女の行動を真似する事で滞りなく仕事が進むと好評なのよ」
「それは……気のせいでは?」
「まったくもう。
貴女が居るだけで公務が捗るのは、貴女が在るべき手本を示してくれるからなのよ」
「かぐやよ。
其方は言うたであろう。
前いた世界で其方は平凡な女子であったと。
其方のいた世界とはそれ程までに違うのじゃ。
其方の平凡とはここでは特別なのじゃよ」
「何と申しましょうか……。
私は十年以上の月日をただただ働いていただけの平凡な女子でした。
こんなにも評価された事は一度もありませんでした。
それをここまでお褒め頂けるとは思いもよらぬ事です」
「あの……、かぐやさんの仰る前いた世界とは?」
与志古様が恐る恐る質問をします。
帝もついうっかり喋ってしまったらしく、しまった! と言う表情です。
まあ、与志古様ならバレても構わないですね。
「与志古様も薄々お気付きかと思いますが、私は変下の者(※)です。
神の手によりこの世界へと参りました」
(※goo辞書によると『 神仏などが本来の形を変えて種々の姿を現すこと』とあり、竹取物語でも出てくる言葉)
与志古様を信じて正直に言うことにしました。
「そうだったのね。
初めて会った時から妙に大人びた子だと思ってましたが、その様な理由があったのね」
ひどく驚く事もなく、与志古様はすんなりと受け入れております。
私ってそんなに変なの?
「かぐやが言うには、未来をも見通せる力があるそうじゃ」
「そこまで凄かったの?」
そっちはすごく驚いています。
でも違います。
「いえいえいえいえいえいえ、それは誤解です。
言い伝えを耳にした程度の知識です。
見通すなんてとんでもありません」
「そう言えば以前かぐやさんは、私のお腹の中にいる子こそが真の天才だと言ってましたが、それもそうなの?」
「ええ、はい。
中臣鎌足様の名は知らぬ者がいない程に有名です。
そして鎌足様のご子息もまた有名なのです」
「そう言えば……鎌足様が言ってました。
かぐやさんは会う前から鎌足様のことを存じていたと。
そして何を成そうとしていたのかも。
それはそうゆう事でしたのね」
「それだけ有名なのだとお思い下さい。
残念ながら与志古様も真人様も建皇子様の事も、私は存じてはおりませんでした。
知っているのはごく一部、表層のみなのです」
「其方が真人を知らぬと言う事は、真人は歴史の闇に埋もれてしまったのか?
真人がその有名な鎌子の息子という事は無いじゃろうか?」
「分かりません。
今は申せませんが、後の世に伝わる名は真人という名ではありません。
中臣様のご子息が唐へと渡ったのも知りませんでしたし、単に私が勉強不足で存じ上げていないのかも知れません。
もしかしましたら間違って伝わっているとも考えられます。
今となりましては確認する事も叶いません」
「しかし未来を知るかぐやさんがお腹の子を無事出産させようとしてくれるという事は、この子は生まれるべくして生まれるという事なのですよね?」
「ええ、おそらくは」
「何じゃ、頼りないのお」
「中臣様のご子息が後の世に多大な影響を及ぼす事は存じております。
しかしいつ生まれるのか、母親が誰なのかまでは存じ上げていないのです」
「与志古のお腹の中の子であるだろうとは思っているのじゃな」
「確信は御座いませんが、中臣様もだいぶお年を召しておられますので」
「確かにのう。
ならば、かぐやよ。
与志古の出産をしかと見届けておくれよ」
「はい、誠心誠意虚心坦懐真心を込めて与志古様が出産を無事に終えます様、全力を尽くす所存です」
「お願いするわ、かぐやさん」
「ところでな、かぐやよ」
「はい、何に御座いましょう」
「前回配布した薄い書、あれは淫猥の度が過ぎておらぬか?
流石にあれは捨ておけなく、回収したぞ」
げっ、やっぱり!
自分でも表現が直球で、ズコバコし過ぎて、局部の描写が生々しくて、男の願望が丸写しな内容でしたので、少々拙いかなとは思っていました。
「大変、申し訳、ございませんでしたっ!」
殆ど土下座です。
気分は山東京伝です。
手鎖の刑は勘弁して下せえ。
「次からは検閲を設けることにした。
趣味もほとほとにな」
「はい、いえ……その……。
これもまた埋もれゆく歴史文化かも知れませんので平にご容赦を」
「……ったく。
優秀なのかそうでないのか、時々分からなくなるのお」
(つづきます)
山東京伝、江戸時代の洒落本作者であり浮世絵師です。
処士横議の禁を称える寛政の改革の影響で、五十日間の手鎖に処せられた作家として有名です。




