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久々の讃岐

気がつくと主人公(かぐや)は後宮に入って4年以上経過しておりました。


 与志古様の出産のお手伝いのために讃岐にある中臣様の離宮へと行く事になりました。

 期間は半年。

 安定期に入ったとは言え与志古様の体調を優先するために、私達が先行して讃岐へと帰り、与志古様のご来訪を待ち構えます。


 私が讃岐へ持っていく物といえば……。

 これまで書き溜めた調査書(レポート)とか、人には言えない割には周りの人に全てバレている薄い書。

 もはや真面目な書と難しい書の間に挟まなくなっております。

 衣類は葛籠つづら一つだけで、書を収納した書箱の方が重いという体たらくです。

 お化粧道具は……どうしましょう?

 讃岐(いなか)で化粧をする必要はないと思いますが、亀ちゃんとシマちゃんは道具を持って行くことを強く勧めます。


 思えば、私が讃岐へと戻るのは実に四年と数ヶ月ぶりです。

 大海人皇子の舎人を辞めて、後宮へ采女として入る僅かな間、里帰りして以来ですね。

 (※第228話『讃岐で過ごす年末年始(2)』参照)


 後宮に入ってからは、建クンが居るからと遠出はすれども寄り道はせず、讃岐へ戻る事は一度もありませんでした。

 元々、現代にいた時から孤独とか感じる性格ではなかったので気に留めませんでしたが、理由をつけて里帰りすれば良かったと後悔の念が押し寄せてきます。

 お爺さんとお婆さんに心配かけていないかなぁ。


 亀ちゃんとシマちゃんは衣類と僅かばかりの私物、そして(みやこ)のお土産を持って帰ります。

 シマちゃんは約束の三年間の奉公がもうすぐ終わるので、次に後宮に行く時はシマちゃんは馬見の里に残すつもりです。

 亀ちゃんから聞いた話では馬見の里に気になる男性(ひと)がいるらしいとの事です。

 良い人見つけて子を成すことはこの時代の人にとって大事なことなのですから。


 亀ちゃんは帰るアテも無いのでこのまま私と行動を共にするつもりですが、この半年間の里帰りの間に、一度は馬見の里へ戻ってご家族の墓参りや、元領民の人々の亀ちゃんに対する心象なんかを知っておくつもりです。

 私が後宮を去るその時に亀ちゃんを受け入れてくれる場所を作ってあげたいと思っているからです。

 この三年間、亀ちゃんは人が変わったかの様に真面目に働いてくれて、今では私にとって無くてはならない仲間(パートナー)なのです。

 なのでもし受け入れてくれる家が無かったら、ウチの養女に迎えても良いと思うくらい信用しています。


 さて最後は建クン。

 一年前、紀国(きのくに)へ行くつもりで荷造りした物をそのまま持って行きます。

 衣だけは背丈も伸びて寸法(サイズ)が合わなくなったので刷新しましたが、お絵描き道具やお気に入りの絵を持っていきます。

 父親である皇太子様(オレ様)には、中臣様が上手く取りなして頂いたので、讃岐へ行く事に何も反対はされていないとの事です。

 住み慣れた後宮を離れるのは不安ですが、讃岐で不自由はさせないから心配ないからね。


 忘れてはなりませんのは、忌部氏の皆さんへの御礼。

 五十日(ごとうび)調査(インタビュー)の場を提供してくれるだけでなく、日程調整(セッティング)までやって貰い、至れり突くせりでした。

 偏食の建クンのためのお食事を準備してくれたのも忌部氏の皆さんです。

 佐賀斯様には重ね重ね御礼を申し上げておきました。

 それにしましても残念そうなご様子でしたのは、何か心残りがあったのでしょうか?


【天の声】近隣に神降ろしの巫女として名高いかぐやとの握手会(インタビュー)を取り仕切る事で、忌部氏が飛鳥一円の寺社の関係者に対して一定の影響力を保てていたという事実をかぐやは知る由もなかった。


 国文学の研究(ライフワーク)が途絶えてしまう事を残念に思っていたのですが、佐賀斯様からのご提案で讃岐にある忌部氏の宮で引き続き調査(インタビュー)を続行できる様ご配慮を頂きました。

 インタビューを受ける側にしても、飛鳥近辺の寺院を除けば讃岐の場所は飛鳥より近くて都合がいいみたいです。

 本当に申し訳なく思いますが、佐賀斯様のお言葉に甘えて、讃岐でも続ける事にしました。

 後宮で配信している同人誌(うすいしょ)の供給を継続できるメリットも捨て難いですね。


 ◇◇◇◇◇


 そんなこんなで出発となりました。

 半年間だけの不在なのに、後宮の皆さんは総出でお見送りして下さいました。

 たくさんの贈り物を手に、門を潜ります。

 何だかスタアなった気分です。

 お……重い。


 向けかえに来てくれたのは辰巳様とサイトウ。

 辰巳様は元讃岐の自衛団団長さんで今は里長(さとおさ)に治っております。

 サイトウは……今更説明の必要はありませんね。


「忙しいところをありがとう御座います」


「荷物が多いだろうと予想して人足を準備しましたが、姫様の手荷物がそんなに多いとは思いませんでした」


「はい、私もです。

 出来るだけ少量(コンパクト)に纏めたつもりでしたが、予想外の事がありまして」


「ではそのお荷物を受け取りましょう。

 皇子様、私はかぐや様が幼き時より世話になった者です。

 道中の護衛を任されました。

 宜しくお願い申し上げます」


「……ん」


 最近の建クンは口数が少ないものの、挨拶をしてくれる様になってきています。

 成長したなぁと感慨もひと塩です。


 あれ? サイトウは?

 と思っていると、サイトウはシマちゃんに捕まっておりました。

 シマちゃんが私付きの雑司女に召し上げられる際、優しく諭してくれたのがサイトウだったと、シマちゃん本人から聞きました。

 シマちゃんからすればサイトウは恩人なのでしょう。

 ………サイトウのくせに。


 では出発。


 建クンも現代で言えば小学生高学年くらいです。

 昔みたいに足を引っ張る存在ではありません。

 運動もしているので二時間三時間歩くのも平気です。

 途中、天太玉命神社に立ち寄り、建クンの休憩を兼ねて佐賀斯様の弟の石麿様にご挨拶致しました。

 石麿様がサイトウのピッカリを見て慌ててご自身の頭に手を当てたところを見ますと、昔やらかした心の傷はまだ残っているみたいです。

 もうしないので安心してね。


 そして昼過ぎ。

 私達は讃岐へと到着しました。

 建クンも少しお疲れの様子で辰巳様におぶさって貰いました。

 シマちゃんはずっと元気でサイトウの横を歩いていました。

 亀ちゃんは元の体力がない上に、長い距離を歩くのが久々だったのでかなりキツそうです。


 讃岐では私が帰って来る事が知らされているらしく、私達一行を見ると皆んな手を振ってくれます。

 田んぼは思った以上に整備されていて、綺麗な田園地帯の様相を呈しております。

 身につけている衣類もシャキッとしていて、昔の様な領民みんなが貧民だった面影は殆どありません。

 讃岐の発展を目に前にして、少しだけ目が潤んでしまいました。


「姫様が皆を指導してくれたおかげで、見違えるほど暮らしが良くなりました。

 今では讃岐評(さぬきこおり)の戸数は八百を超えており、毎年一人ずつ里長が増えております」


 辰巳様が現状を教えてくれました。


「田畑や水は足りているのですか?」


「牛が十頭に増え、開墾は順当です。

 本来、土地の開墾は国司様が指導するのですが、評造(こおりのみやっこ)様に一任されております。

 評造を選ぶ際の一件で帝自らが関与した事もあり、国司様は口出しが出来ないご様子です。

 また評造様の冠位が高い事もあるのでしょう」


「サイトウ、馬見の里はどう?」


「はい。

 こちらもようやく指導した事が身になりつつあります。

 讃岐評造様より牛を借りて、土の改良を進めております。

 あと三年もすれば、収穫量が讃岐に追いつくと思います。

 目に見える成果が上がってきて、領民の意識も変わってきました」


 一時は領民が決起して国造だった亀ちゃんのお父様と家族を焼き討ちするほど荒れていましたが、サイトウは上手くまとめ上げる事に成功したみたいです。


「それは良かったですね。

 シマちゃん、このまま馬見へ行く?」


「いえ、まずはかぐや様をお屋敷までお見送りします。

 その後、サイトウ様がいらっしゃいますのでご一緒します」


 シマちゃんが遠回りになるのが気になりましたが、気にしていなさそう。

 私も一刻も早く屋敷に着きたい気持ちで急ぎます。

 見慣れた道を歩いて行くと遠くに大きなお屋敷が見えて来ました。

 屋敷の前には遠目でも分かるくらいたくさんの人が手を振っています。

 だんだん近づいて行くとお爺さんとお婆さんの姿がはっきりと分かります。

 段々と足が早くなり、小走りで屋敷へと向かって行きます。


「父様〜、母様〜」


 思わず大きな声が出ます。

 そして一目散にお婆さんの元へ駆けて行き、飛び込む様に抱きました。

 今の私はお婆さんよりも背が高く、胸に飛び込むことは出来ません。

 でもお婆さんにしがみつく様にガバッと抱き抱えると、泣くまいと思っていた初心を裏切って涙腺が崩壊してしまいました。


「おかえり、かぐや」


 お婆さんの一言に、やはりここが私の帰る場所なのだと心の底から思うのでした。

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