与志古の決心
昭和アニメネタを仕込んでみましたが、分かりましたでしょうか?
与志古様のご懐妊。
しかし当の与志古様は長子・真人クンの義理の兄である有間皇子が、卑劣な罠に掛かって非業の死を遂げた事に酷くショックを受け、寝込んでおります。
しかし歴史の通りならば与志古様のお腹の子は後の世にその名を轟かせる藤原不比等である可能性が非常に高いのです。
もし生まれる前に死んでしまったら歴史が歪んでしまいます。
神の使いの言葉を信じるならば、私は歴史の歪みを正すために未来の国からやって来た知恵と力と勇気の娘です。
【天の声】そこまでは言ってない。
ここは私の出番です。
……かも知れません。
◇◇◇◇◇
「かぐやさん、貴女にそう言って貰えると希望が持てる様な気はします。
ですが相手は容赦ない化け物なのですよ」
そこまで言って良いのでしょうか?
否定はしませんけど。
「ええ、相手は強大です。
しかし敵わないと思ってはいけません。
大切な事は心から信じられる仲間です。
悲しい事ですが、その方は鎌足様という仲間を得る事で、当時どう足掻いてもひっくり返す事のできないであろうと思われた強大な相手を打ち倒し、今の地位を築いたのです」
「ええ、知っているわ。
鎌足様もまた天才です。
この二人に比する仲間なんて、私には想像もつきません」
「ならば私が言いましょう。
今、与志古様のお腹の中にいる子こそが真の天才です。
真人様をお一人にしないでください」
「この子が……?」
ポカンとした与志古様が自分のお腹に手をやり、私の言葉を信じられない様子でいます。
「はい。
おそらく与志古様のお腹の中にいる子は苦労されると思います。
しかしそれを跳ね除けられます強い子に育てる事は与志古様しか出来ません」
私は少し強めの口調で迫り、そしてこっそりと栄養ドリンクの効果を付与した光の玉をぶつけます。
少しだけ与志古様の頬が赤く高揚してきます。
「そう……なの?」
「はい。
それに鎌足様は真人様を見放す事は致しません。
決して。
ギリギリで躱す方策を、何が何でも見つけるお方です。
陰険で陰湿で嫌らしい事を企てさせましたら、鎌足様より上手くやれる人なんて居りません。
腹黒さで鎌足様に敵う方はおられますか?」
「そう……よね。
かぐやさんに言われるまで忘れておりました。
鎌足様は決して真人を諦める御方ではないわ。
どんなに苦しくても決して諦めない強い御方です。
味方ならばこの上なく頼もしく、敵に回したら最悪の方よ。
敵の後塵を拝す事を何よりも嫌がるお方です。
相手の裏の裏の裏をかくために下調べをしている時の愉悦の様子は人に見せられるものではないわ。
はっきり言えば変人よ」
よく知っているだけに的確で辛辣です。
「え、ええ。
ですので、与志古様は体調を回復させて、讃岐へと参りましょう。
与志古様の健康のためにも、お腹の子への胎教のためにも、飛鳥からは離れる事は宜しいかと思います」
「そうよね。
かぐやさんならばこの苦しみを解決してくれるのでは、と期待して帝にお願いしました。
帝も私の気持ちを察して下さったのでしょう。
ミミを産んだ讃岐の地なら……。
かぐやさんが居れば……。
快く承諾して下さいました」
「私は突然すぎて驚きました」
「帝の前でこんな格好は出来ませんので無理をして起き上がってご対応しましたが、あまりにも酷い様子だったらしく帝に相当心配掛けてしまいました。
だからかも知れませんね」
「私としましても施術所が敵の手に落ちてしまいましたので、今は自由に使えず、何かと不便です。
しかし讃岐ならば、思う存分好き勝手に出来ます。
全身全霊全心全力完全無欠にご支援致します。
反対する者は居ませんし、反抗する者には容赦しません。
全力で叩き潰します!」
「そこまでは言っておりませんが……、頼りにしております」
「はい、お任せ下さい。
讃岐へ行きますのは与志古様の体力がお戻りになりましてからという事で、私も用意します。
あと、伺っているのか存じ上げませんが、今回の讃岐行きには建皇子様もご同行致します」
「ふふふ、真人には負けないって帝のご意志なのかしら?
分かりました。
それでは宜しくお願い」
光の玉のお陰もあってだいぶ血色が良くなっております。
これならば大丈夫でしょう。
私は与志古様の寝所を後にしました。
目をやると部屋の少し離れた場所で中臣様がお待ちになっておりました。
「かぐやよ。
与志古の具合はどうだ?」
「そうですね。
ここでは話が聞こえてしまいそうなので、少し外しませんでしょうか?」
「ああ、そうだな」
私達は鎌足様のお部屋へと行きました。
◇◇◇◇◇
中臣様の執務室には案机の上に書類や木簡が山積みになっております。
でも整理がされていて、几帳面さが伺えます。
元総務の人間をしましては、こうゆう方は好ましく思えます。
ダンボールとか道具を床に直置きにして乱雑にしておきますと、消防署の視察などで私達が苦情を言われるのです。
私達は悪くないのに。
「楽にしてくれ。
で、其方から観た与志古の様子を聞かせてくれ」
「はい。
ご存じかと思いますが、与志古様は有間皇子様の件にひどく動揺しておりました」
「ああ、私も知っている。
何故なのかもな」
「なので私は味方となる人の存在を示して、与志古様を励まして差し上げました」
「味方か……、居るのか?」
「中臣様にはいらっしゃらないのですか?」
「ああ、そうだな。
居ると言えば居る。
だが盟友とも言える存在となると難しいかも知れぬ」
孤高の政治家みたいなものでしょうか?
それとも独裁者の孤独?
「私はお腹の中の子こそどんな逆境にも負けない真の天才であり、心強い味方となると申しました」
「まだ男から女かも分からぬのだぞ」
「お腹の子はおそらくは男の子です。
そして歴史に名を残す偉人となる器を持つ子です」
「随分と自信ありげに言うのだな」
「はい」
「………分かった。
それで与志古が納得したのならな」
「それだけでは御座いません。
もうひと方、心強い味方が居ると教えました」
「其方か?」
「いえ、中臣様です。
中臣様ならば味方を最後の最後までお見捨てになりません。
相手の裏をかき、どんな不利な状況でもどうにかしてしまえる方だと申し上げました」
「それは買い被り過ぎだ。
私はいつも自分の無力を感じておるよ」
「それは中臣様が妥協しないからでは無いのですか?
妥協しないからこそご自身で全てを片付けてしまおうと苦労を背負い込まれて、出来ないと思い込んでおられる様にお見受けいたします」
「私に信じられる盟友が居れば違っていたのかも知れぬな。
与志古が私を頼るのであれば、私は精一杯その信頼に応えたい。
だが、何をするにしても私は自分のした事に満足した事はない。
むしろ失望することばかりだ。
有間皇子の件も……」
中臣様は有間皇子の一件について思うところがあるみたいです。
「いや、話し過ぎた。
ともあれ与志古が快気に向かっているのならそれで良い。
讃岐の離宮は其方が好きな様に使えば良い。
以前は帝の兵が常駐していたが今は居ないはずだ。
居たとしたら、連中も其方が好きな様に使えば良いだろう。
讃岐の姫は其方なのだからな」
「はい、承りました。
全力を尽くします」
「頼むぞ。
……それと助かった。
礼を言う。
ありがとう」
え? 中臣様がありがとうって言った?
事実上、国のナンバーツーです。
この国を仕切っている御方です。
飛鳥時代です。
いいの?
「中臣様のお力に頼るしか御座いません。
宜しくお願いします」
皆までは申しませんが、言外に真人クンを守って下さいとお願いしました。
「精一杯やってみるさ」
中臣様は中臣様で色々とお考えみたいです。




