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与志古様の心痛

細かい事ですが……

中臣鎌足の娘、美々母与児ちゃんが耳面刀自(みみもとじ)へと名前が変わっております。

設定の範囲内での事ですので、変更ではありません。

 昔馴染みの中臣様付けの舎人さんに案内され、大原(※今の奈良県高市郡明日香村小原(おおはら))にある中臣様のお屋敷へと参りました。

 庶民からすれば大邸宅ですが、時の権力者にしては地味、というより見窄らしさを感じます。

 高給取りなのに……。

 中へ入り奥へと通されると、中臣様と与志古様がいらっしゃいました。

 ただ、与志古様は床に臥せっておりました。

 体調が宜しくないと聞きましたが、かなり深刻なのかも知れません。


「お待たせして申し訳ございませんでした」


「いや、構う事はない。

 こちらから呼びに行って、来て貰ったのだからな」


 普通の受け答えをする中臣様が最高権力者である事に違和感を覚えます。

 以前はもう少し話がし易い御方でしたが、額田様の一件や有間皇子の事もあり、皇太子様(オレ様)はもちろん中臣様ともあまり近づきたくないと思う様になってしまったからでしょう。

 昨日お話しした時も思いましたが、ぎこちない感じがします。


「私が居ない方が話がし易いだろう。

 席を外すから、かぐやよ、与志古の話を聞いてくれ」


「はい、承りました」


「さ、来なさい」


 そう言って中臣様は側に居た女の子二人を引き連れて、退室しました。

 ……アレ?

 ミミちゃんでは無い気がします。

 しかも二人?

 いつの間に?

 頭の中は疑問符(???)でいっぱいです。


「久しぶりね、かぐやさん。

 こんな格好で申し訳ないわね」


「いえ、そんな事は御座いません。

 どうかごゆるりとお休み下さい」


「ふふ……、ありがとう。

 別に病気では無いから。

 強いて言えば気の病よ。

 そのうちに治るでしょう」


「いえ、その様なお考えは危険です。

 人の精神(こころ)はとても複雑で、繊細なものです。

 精神(こころ)の悲鳴を聞き逃さないで下さい。

 目に見えないだけで、精神(こころ)は大怪我を負っているのかも知れません!」


「やはりかぐやさんは良いわ。

 私の言葉を受け止めて心の底から心配してくれるもの。

 今の私を気のせいとか、大したことは無い、なんて言われたら立ち直るのにどれだけ苦労するのか……」


「………」


 だいぶ参っている様子です。

 光の玉(ヒール)で治療するのも一つの手ですが、根本的な理由を分からずに光の玉に頼るのは少し待ちましょう。


「さて、何から話しましょう」


「では込み入った話は後回しにして、先程の女の子について教えて頂けますか?」


「そうね。

 かぐやさんが会うのは初めてだったかしら。

 あの子達は鎌足様の娘。

 でも母親は私ではないの」


 ???

 この時代は一夫多妻制なので母親の違う子がどんなに居ようが不思議ではありません。

 しかしその子達が正妃と一緒に居るというのはあまり聞いた事がありません。


「あの子達の母親は?」


「心配しないで。

 ちゃんと生きているわ。

 このお屋敷に親娘共々住んでいるの。

 ただあの子達の教育を私に任されているから、いつも一緒なのよ」


 なるほどね。


「何となく中臣様らしい気が致します」


「ええ、その身が落ちぶれたとしても身に付いた教養までは落ちぶれない、とか言われて教育係を押し付けられたの。

 でも耳母刀自(みみもとじ)が居なくなった寂しさを紛らわせる事が出来たのもあの子達のお陰なの」


「やはりミミちゃんではなかったのですね」


 思わず愛称で呼んでしまいました。


「そう、ミミは近江に居るわ。

 乳兄妹の英勝ちゃんも一緒に。

 皇太子様が皇子様の妃にと強く望まれて……。

 元気でいるかしら」


 乳兄妹っていつも一緒にいたあの男の子ね。

 あの子達が大きくなる前に私は大海人皇子の舎人となって難波へ行ってしまったので、あまり接点がありませんでした。


「そうだったのですか……。

 久しぶりに会えると思っておりましたが残念です」


「あの子が無事に産まれたのはかぐやさんのおかげ。

 だからまたお願いしたいの」


「ええ、私もそのお話を承るつもりで参りました。

 ただ、与志古様の具合がここまでとは思っておりませんでしたので、大事を取りたいと思います」


「そうね。

 ミミと先程の二人も女の子なの。

 鎌足様にはまだご自分の子で男の子がいないのよ」


 真人クンが中臣様の実子ではない事は知る人ぞ知る事実です。

 だからと言って中臣様が真人クンを虐げている様子はありません。


「ミミを産んでから二度妊娠はしましたが、二度とも流れました。

 私も年齢を考えますとこれが最後かも知れません。

 だから何としてでも産みたいの」


 ……知らなかった。


「だけど鎌足様はずっとご自分のせいだと言うのよ。

 かぐやさんに言われたって。

『良い食事と良い睡眠、良い休養、心の平穏、そして清潔な環境でなければ子種が元気にならない』って」

(※第88話『農業試験場での収穫の秋』ご参照)


「言った本人が申し上げるのも気が引けますが、その様な事を言った覚えがうっすらとしかありまでんが、よく覚えておいでですね」


「だからせめてもと()す時はいつも身綺麗にしてくれるのよ。

 なのに申し訳ないのは自分だと……そう仰るのよ」


 何というか……中臣様ってフェミニスト?

 この時代に限らず、赤ん坊に何かあったら女性のせいにするのが一般的(あたりまえ)なのに。


「ならば今度のご懐妊は何してでも無事出産出来ますようお手伝いします」


「ええ、お願いするわ。

 ただ……私が……あまり」


「やはりミミちゃんと離れ離れになったからでしょうか?」


「いえ、それもありますが……」


 与志古様らしくなく言い淀んでいます。

 ですが焦って問い正すのは止めましょう。


「かぐやさんは聞いたかしら?

 有間皇子様の事を……」


 あ……その事でしたか。

 与志古様の不調の原因が分かりました様な気がします。

 有間皇子も真人クンも先帝・孝徳帝のお子様なのです。

 他人事ではありません。


阿部倉梯御主人(あべのくらはしみうし)様より事の顛末を伺いました。

 (むご)い事です」


「そこまでご存じなのね。

 つまりはそうゆう事なの。

 今や皇太子様はこの国の全てを思い通りに動かしていて、障害となる者はいないはず。

 なのに有間皇子様を陥れたという事は、ご自身の皇子様や子孫に至るまで邪魔となる者を排除し続けるとのでしょう。

 どんな手段を使っても」


「………」


「真人には帰国しないで欲しいと便りを出しました。

 届くかどうか分かりませんが、百済へ向かう者に文を託しました。

 私は……もう二度と真人とは会う事はありません。

 ごめんなさい。

 貴女には真人と一緒になって欲しいと言っておきながら、それが叶わなくなったわ」


 そう言って与志古様は涙を流しました。


「まだ諦めるには早いと思います。

 真人様はまだお若いのです。

 この先どの様な事が起こるのか分かりません」


「ええ、そうかも知れないわ。

 でももし、鎌足様の庇護が無くなれば(あがな)(すべ)は無いでしょう。

 帝ですらお止め出来ない相手なのよ。

 会いたいわ。

 でも駄目なの。

 たとえ異国であっても真人には生きて欲しい。

 もう…………、無理なのよ」


 真人クンにとって異母兄弟にあたる有間皇子の死は、与志古様にとってかなりショッキングな出来事だったみたいです。

 たった一人の息子なだけに……。


 あれ?


 中臣鎌足、後の藤原鎌足には藤原不比等という息子がいたはず。

 私の卒論テーマである日本書紀にも(ある意味)大きく関わった超有名人です。


「あの、申し訳ございません。

 中臣様に真人様以外に他のご子息は一人も居ないのですか?」


「え?

 ええ、鎌足様にとって息子と呼べるのは真人だけよ」


 すると……与志古様のお腹にいる子がひょっとして?!


「分かりました。

 何としてでもお腹の子を無事出産出来ますよう、私も全力を尽くします。

 真人様が帰国されました折には、ご兄弟がご対面出来ます事を願っております。

 私は諦めませんから」


「かぐや……さん?」



 (つづきます)


藤原不比等については不明な事が多く、物語の下地にするには格好のネタです。

鎌足亡き後、後ろ盾のない不比等がどうして権力の中枢へと登り詰めたのかは未だに謎です。

しかも女性にモテモテだったらしいし。


執筆開始当初、本作の時代設定を鎌足の世代にするか不比等の世代にするか悩みましたが、不比等と他の求婚者達との年齢の開きがあり過ぎるため(特に多治比嶋と)、不比等をベースにするのを諦めました。

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