鎌足からのお願い
とある歴史的な有名人に関するお話しです。
吉野から帰ってきた私達は元の生活へと戻りました。
非日常なお話しはこれにてお終い。
これからは後宮の日常をお伝えしていこうと思います。
恐らくは初日から最終回までほぼ同じ内容のコピペで、朝餉と夕餉の献立が違うくらいの変わり映えのない生活です。
読むのにも書くのにも楽チンなお話しになりますね。
……特に後者が。
その献立も十日で一巡して、季節ごとに変わってもバリエーションは40〜50くらいになるでしょうか?
おやすみ前にお読み下さいますと、寝つきが良くぐっすりと良く眠れる小説になると思います。
それでは皆さん、おやすみなさい。
【天の声】止めなさい!
しかしそんな私の細やかな望みは飛鳥に戻って3日目に破られました。
「其方に折りいって頼みがあるのじゃ」
帝に呼び出されて、内裏へと参上しましたら開口一番、帝からのお願い事でした。
しかし帝からのお願いに否応は御座いません。
ただ……。
「久しぶりだな。
紀国では姿を見なかったな。
最近、其の方は後宮で大人しくしていると聞いた。
折角の機会だ。
少し役に立って貰おうか!」
その横に皇太子様が居なければの話です。
命令口調を通り越して、指図口調です。
それが許されているお立場なのですが、当の本人は何の違和感も感じていないのでしょう。
「皇太子様におかれましてはご清栄のこととお慶び申し上げます。
いち采女に過分な程のお引き立てを頂きまして、誠に恐縮にございます。
微々たる力では御座いますが、私に出来ることが有りますれば何なりと申し付け下さい」
事務員時代に1000通くらい書いたメールの書き出しをそっくりそのまま使いました。
心がこもりようがないコピペ文章です。
「安心しろ。大した事ではない。
詳しくはそこに居る鎌子に聞け」
そう言い残して皇太子様は退室していきました。
たぶん、私へのお願いというより帝に対して筋を通すための面会だったんでしょう。
これで用は済んだ、とばかりに去っていきます。
「かぐやよ、久しぶりだな。
最近は建皇子の世話に励んでいると聞く。
そなたの手を煩わすのは気が引けるのだが、与志子の強い希望と帝からのお口添えがあり、席を設けさせて頂いたのだ」
久しぶりにまじまじと見る中臣様はだいぶ老けて、渋みが増していました。
四十半ばでしたっけ?
アラフォー? アラヒフ?
「すると与志子様からのお願いということなのでしょうか?」
「そうだ。
与志子が懐妊してな、そなたの手助けが欲しいのだ」
「それ目出度き事にございます。
ですが私に……ですか?
額田様のご懐妊と出産のために産婆の修行をやっておりました時期はございますが、後宮に入ってからは暫くご無沙汰しております。
忘れてはいないと思いますが、自信のほどは然程でございません」
「かぐやよ」
御簾の向こうの帝から声が掛かります。
「はい」
「此度の話はワシから与志子へ申し出たのじゃ」
「???
……と申しますと?」
「一昨日、与志古に会うてな話をしたんじゃ。
目出たく懐妊したと言うのじゃが、具合が芳しくない様じゃ。
与志古とは以前世話になった間柄じゃし、与志古にワシにできる事ならばと申したら、かぐやの手助けが欲しいと言ったのじゃ」
「ならばお申し付け下さいましたら、お手伝いする事は吝かでは御座いません」
「其方なら、躊躇いもせずそう言うだろう。
じゃが、葛城にも、鎌子にも、そしてワシにも話を通しておかぬと、其方は行ったきりになってしまうやも知れぬ。
それを避けるためのじゃ」
ようやく何故呼び出せれて、この国のトップ3が勢揃いしているのか分かりました。
私はともかく、中臣様のお子様の誕生となれば一大事なのでしょう。
「ご配慮の程、誠にありがとうございます」
先ほどの皇太子様に言った社交辞令とは全然違うお礼の言葉が溢れてきます。
「頼むぞ、かぐやよ」
「はっ。
ところで建皇子様のお世話はどの様に致しましょうか?」
「建は其方に同行させるつもりじゃ。
別の土地の風土を知る良い機会じゃろうて。
それに其方と建の仲睦まじい様子を与志古に見せつけるが良いわ。
ほっほっほっほ」
「はっ、責任持って承りました」
「詳しくは鎌子に聞くが良い。
あとは与志古と相談して決めるが良い」
そう言い残して帝は退室なさいました。
残るは私と中臣様です。
……なんか気まずい。
言っておきますが私は枯れ専ではありませんから。
「あー、かぐやよ。
明日の朝、迎えを寄越す。
我が屋敷へ来て欲しい。
そこで与志古を交えて話をしたい。
その後に準備やら何やらで三日は必要であろう。
五日後までに讃岐評へ行く手筈を整えるつもりだ」
「讃岐?」
「ああ、今の話には出ていなかったな。
与志古は讃岐の離宮で、其方の手を借りて出産したいと言っているのだ。
私もその気持ちを尊重したいと思う。
詳しくは明日話そう」
「承りました」
その場で中臣様とお別れして部屋へと戻りました。
すぐさま亀ちゃんシマちゃんにお話しします。
「二人とも良く聞いて。
もしかしたら五日後、讃岐へ戻るかも知れないの。
どのくらいかはまだ分からないけど、短くてひと月、長ければ半年以上になります。
それと建皇子もご一緒なの。
そのつもりで準備をお願い」
「うわぁ! 里に戻るんですね」
シマちゃんは嬉しそうです。
しかし亀ちゃんはあまり浮かない表情です。
「亀ちゃんは私の屋敷を自分の家だと思って過ごして貰うわ。
もちろん仕事はあるけど、讃岐には家人がいるから二人とものんびり出来ると思う」
亀ちゃんの家族は皆んな無くなって、家もありません。
経緯を考えると、心中複雑でしょう。
「では内侍司の紅音様にご相談してきます」
私はその足で内侍司へと向かいました。
紅音様は既にご存知で、一緒に尚書の千代様の元へ向かい、私が暫くの間、戦線離脱する事をお伝えしました。
その話を耳にして一番ショックだったのが玉さん。
理由は言うまでもなく同人誌の供給が断たれてしまう事です。
讃岐の屋敷には誰も知らない私の秘蔵コレクションがありますのから、それを定期的に送ると言う事で、納得して頂きました。
【天の声】誰も知らないと思っているコレクションが周りの者にバレバレである事を本人だけが知らない、と言う事を知らない主人公であった。
◇◇◇◇◇
翌日、中臣様からの使者が来られました。
よく見ると、讃岐の農業試験場で私が田んぼに突き落として厳しく指導した……ではなくて、懇切丁寧に手取り足取り優し〜く指導をした舎人さんです。
「かぐや様、お久しぶりに御座います。
かぐや様の岡本宮でのご活躍を耳にし、我が事の様に喜んでおります」
「貴方も立派になられて……、中臣様の側近になられたのですか?」
「ええ、讃岐を後にした後、特別に引き立てて頂きまして今も鎌足様にお使い出来ております。
讃岐ではかぐや様の無茶振りに付き合わされて、あれこれ鍛えて頂いたおかげです」
「あら、もっと厳しくすればよかった様な気がしてきました」
「いえ、当時の私にはあれで精一杯でした。
大変でしたが楽しい思い出です。
今でも夜、夢に出るくらいです。
今思えば恥ずかしいことばかりです」
何気ない会話の中で私がこの世界にやってきて随分と時が経ったのだなぁとしみじみ思います。
(つづきます)
この時、鎌足は数えで44歳、満年齢で42−43歳でした。
主人公と初めて会ったのが29歳なので、15年来の付き合いになります。
現代の感覚では42歳はまだまだ若いですが、既に当時の平均寿命(貴族階級で30歳〜33歳くらい)をゆうに上回っております。




