宴、二日目(2)・・・阿部御主人
租税に関する考察につきましては、第8話「元・OLの血が噪ぐ!?」の補足説明で触れております。
阿部御主人。
『竹取物語』ではほぼ実名で登場する求婚者の一人です。
唐から火鼠の衣を取り寄せようとしたのですが、よく出来た偽物を掴まされて失敗した貴公子です。
特徴は一族が裕福である事。
私が考えていた当初の計画では、例え求婚されても説得して気分良く帰って頂くつもりでした。
しかし、実物はとんでもないオレ様キャラっぽい感じです。
こんなのに付き纏われたら最悪です。
私としてもこんなのとは関わり合いたくないですが、物語の通りですと求婚者ら女好きトップ5は美女とみたら自分のモノにしたくなるような下衆野郎です。
私のような喪女であっても、風評や匂いだけで言い寄ってくる可能性すらあります。
まるで虫みたいに……。
【天の声】酷い言われ様だな。
かと言って、原作通り、無理難題を吹っ掛けて連中の身の破滅をほくそ笑むなんて私が嫌です。
この世界に私を放り込んだ月読命様(仮)のお言葉、『過ちを繰り返すな』に反していると思うのです。
月読命(仮)様の言う事を聞く義理があるかどうかは別にして、黄金が停止になるのは痛手です。
そうなりますとアレですね。
ミウシ君が求婚なんてしたくないって気持ちにさせれば任務完了になるはず。
私がジミ顔の喪女であることが分かればそれでヨシ!(ビッ!)
念には念を入れて、オレ様キャラのミウシ君の鼻をコツコツと丁寧に粉々になるまで叩き潰して差し上げましょう。
なんてったって人生経験は私の方がトリプルスコアで圧勝ですから。
オーホッホッホッホ、……けふんけふん。
【天の声】10歳の3倍は30歳、11歳の3倍は33歳、12歳の3倍は……アラフォー?
◇◇◇◇◇
そろそろ舞が始まる時間です。
昨日みたいなお爺さんのカミカミ&グダグダな挨拶はありません。
秋田様が舞の口上を述べて、粛々と舞が進行される段取りとなっています。
私は傘持ちのお姉さん(寒いので傘はなし)に伴われて、屋外舞台へと向かい、関係者席へと座りました。
焚き木があるとは言え、吹きっさらしは流石に寒いので上に半纏を羽織ってます。
貴賓席の方へと目を向けると、忌部氏の氏上様と阿部倉梯麻呂様が並んで座ってました。
貴賓席は囲いで風が当たらないようになって、大きな焚き木で暖が取れるようになっています。
氏上様の傍には布通姫がいました。
目が合ったので軽く手を振りますと、恥ずかしそうに手を振りかえしてくれました。
衣通姫ちゃんマジ天使。
その様子を見た氏上様が衣通姫に耳打ちをしました。すると衣通姫はこちらの方へやって来ました。
「かぐや様、氏上様がこちらの方が暖かいから一緒に観覧しないか、とのお誘いです。
どうでしょう? 私もご一緒頂けますと嬉しいです」
「はい、喜んでご一緒します」
勢いで返事してしまいましたけど、国の偉いお方達と一緒に観覧って結構プレッシャーですよね。
もっとも、幼女が1人紛れ込んだところでノラ猫が一匹紛れ込んだ様なモノですから、大丈夫でしょう。
私は半纏を脱いで傘持ちのお姉さんに手渡し、お姉さんには温かいところで待機してと伝えた後、衣通姫と二人で貴賓席の方へと向かいました。
「おお、姫よ。ここならば風除けもあるから寒く無かろう。
ごゆるりと観覧すると宜しいでしょう」
氏上様が私達を招いて、語りかけてきました。
「ありがとうございます。
私の様な幼子にご配慮いただき誠に恐縮でございます」
すると内麻呂様が話し掛けてきました。
「かぐや、と言ったかな。
忌部殿からは昨日は素晴らしい舞を披露したとの聞いたが、今日も舞を披露するのか?」
「大変恐縮です。五穀豊穣を願う奉納舞の後、最後に私の舞をご披露する予定です。
手足も短く身体も未熟なゆえ、満足のいく舞には程遠いですが、本日来られたお客様に感謝の意をお伝えしたく、舞を舞う所存です」
「ふふ、それは楽しみじゃな」
「恐れ入りま……」
「そこのかぐやとやら。面倒なのは飛ばして、今すぐ舞え!」
内麻呂様の傍に居たミウシ君がオレ様キャラ全開で口を挟んできました。
「恐れながら。豊作祈願の祈りとは一年を通じてとても大切なものです。
人には贖えない、日照り、水害、虫害、病気、などの災いが起きぬ様、神々に祈るのです。
食無くして人は生きられず、寡ない食糧を巡り奪い合い、国は荒れ、獣の如き生活となってしまうでしょう。
此度の催しは、食の安定、民の幸福、ひいては国の安寧にとって大切な行事である事を夢夢お忘れなき様、お願いします」
うん、今の私は表情が抜け落ちた幼女になっていると思う。建前凄すぎ!
普段楽な幼女言葉使っているから、口輪筋が悲鳴を上げそうです。
「はっはっはっは。姫よ、我らの舞をそこまで高く評価してくれるとは何とも嬉しい限りだ。
まさに国の安寧、それこそが我々が一番に願う事。そう思わないかな? 倉梯殿」
「ふむ。我々もいつしか奉納を軽々に考えているやも知れぬ。
確かにその通りだ。かぐや殿はまだ八つと聞くがなかなか聡明な娘の様だ。
御主人よ。口を開く前に、先ずは考えよ。
でなければこの様な幼子に恥をかく事になるぞ」
「わ………分かりました」
ミウシ君、悔しそう。まずは3ポイントゲット!
幸先のいいスタートです。
◇◇◇◇◇
さて、奉納舞が始まりました。
お面を付けた翁が籾を蒔き、稲が育っていく様子を舞で表現しています。
「稲なんぞ、その辺に籾を蒔いておけば実るのもでは無いのか?」
オレ様ミウシ君、先ほどの返事は何処へやら。
「恐れながら。雑草の類なら雨が降らずとも伸びるでしょう。
しかしながら稲はヒエやアワと違い、大変に脆い植物です。
人の糧となる滋養を有した稲は大切に育まなければならない生き物なのです」
「そ、そうか」
よし、細く1ポイント!
◇◇◇◇◇
収穫の場面、実り豊かな豊作に感謝を込めて舞うシーンです。
「奉納のおかげで米が豊作となるのなら、民はもっと税を納めるべきであろう。
民とは欲張りな者なのだな」
オレ様ミウシ君、先ほどの反省は何処へやら。
「恐れながら。収穫した米から租税分を差し引いて、その残りで生きていく事は民にとって大変なのです。
それでも民が租税を収めるのは、施政者が民のための施政を行う為に必要だからです。
税を納める理由も知らぬ領主が治める領民は遠からず他所へと逃げていくでしょう。
民には考える頭と、逃げる足があるのです」
「そ、そんな事は分かっておる。どれくらいの税が適切なのを疑問に思っただけだ!」
「それならば、田畑十反で一家の者が1年間に食べるのに必要な米が取れると考え、その家族に成人が何人いるかを数えて人頭割すれば、正口一人当たりに必要な土地が分かりましょう。
公正のため正口一人当たりに一定の広さの土地を貸し与え、租税は収穫の三分とするのが上限かと私は考えます」
「ほう、そなたは租税にも見識があるのじゃな」
私たちの会話を聞いて内麻呂様が質問ししてきました。
「はい、昨年の徴税の際、微力ながらちち様のお手伝いを致しました」
「御主人よ。そなたも見識を広める為に今年の徴税を見聞するか?」
「………はい。そのように」
「税は算術の知識も必要だから、今のうちに学んでおきなさい」
すっかりしょげてしまったミウシ君。
5ポイントゲット!
◇◇◇◇◇
舞は単調な動きが多いので子供には退屈みたいです。
申し訳ないのですが、私も退屈になってきました。
例によって、扇子で口元を隠してあくびを噛み殺します。
衣通姫にも扇子を贈呈しましたので、同じ様にしているみたいです。
ミウシ君はと言うと………大きなあくびですね。
「かぐやよ。そなたは歌を習ってはおらぬか?
私は習っているところだが奥が深くて面白いものだ」
ミウシ君、退屈なあまり関係のない事を言い出しました。
「恐れながら。真似事程度には嗜んでおりますが、未熟者の私にはなかなか難しく存じます」
「おい、そこの者。筆と札をもて!」
ミウシ君、お付きの方に戦国武将が戦へ出張る時の様な台詞を言います。
そして筆と札を手に取り、サラサラと何か書き出しました。
「これは今、私が習っている歌だ。これをやろう。
有り難く受け取れ!」
札を受け取ると、下手糞な文字で歌が書かれておりました。
ひょっとしてマウント取りたいのかしら? 年下の幼女に?
売られた喧嘩を買う事はしたくありませんが、ミウシ君は別。
だって求婚者ですから。
「申し訳ないのですが、その筆をお貸し願えますか?」
ミウシ君のお付きの人にミウシ君の使った筆を借ります。
そして檜で出来た扇子(木扇)を広げて、歌を書き入れていきました。
………
少し時間が掛かりましたが、全部書き終え、パタパタと墨を乾かしてから、ミウシ君へ扇子を差し出します。
「阿部倉梯氏の高貴なお方からこの様な贈り物を頂き感謝に絶えません。
お礼にお気に入りの歌を書き入れましたこの扇子をお返しとして贈らさせて下さいまし」
丁寧に扇子を差し出します。
鷹揚に扇子を受け取ったミウシ君、扇子を広げてびっくりしています。
そこには昨日私がやってしまった百人一首を全部で十二首、扇子に丁寧な字で書かれているのです。
自慢ではありませんが字には多少の自信があります。
現代では書道四段でしたから(ぶい)。
その扇子を横から見た内麻呂様と氏上様も目を大きく見開いているのでした。
10ポイントゲット〜!
(つづきます)
阿部御主人はかの安倍晴明の4代前のご先祖様、つまり晴明は御主人の玄孫に当たります。