闈門での攻防
シリアスな話が続きますと気疲れしそうなので、軽いお話だと思ってお読み下さい。
有間皇子の残念な結末を受け、建てクンの紀国行きは暫くの間、無くなりました。
帝からのお便りには『安全と判断出来てから牟呂へ参れ』と短く書いてありました。
安全とはつまり建クンが有間皇子と同じ運命を辿るかも知れず、”あの方”がその気になればひとたまりもないからだと思われます。
今、建クンがいのちを存えているのは、ひとえに”あの方”が建クンに価値があると思っているからに他ならない訳ですから。
帝に同行した額田様からの便りによりますと、帝は有間皇子の件を知りひどく衝撃を受けて、寝込んでしまっているそうです。
有間皇子が謀反を起こした事なのか、はたまた有間皇子が亡くなった事への心労なのかは書いてありませんでしたが、おそらく後者なのでしょう。
向こうからの便りも検閲が入っているのを知って、ワザと書いていないのだと思います。
仕方がないので建クンには飛鳥で羽を伸ばして欲しいと思ったのですが……。
世の中上手くいかないものです。
◇◇◇◇◇
言うまでも無く、帝の住まう後飛鳥岡本宮は国の中心です。
しかし今は帝が長期間不在で、皇太子様も内臣である中臣様もおられません。
右大臣様は大伴馬来田様のお兄さんの長徳様がお亡くなりになられてからずっと不在で、左大臣の巨勢なんちゃらさんは今年の初めに亡くなられました。
国のトップが不在なのを放置する皇太子様の治世に理解がついていきませんが、多分、何でもかんでも自分でやりたがる内臣のせいではないかと私は思っています。
しかしこんな時に、京で謀叛や一揆が起これば国政は大変な事になります。
本来ならば大海人皇子が留守を守り不測の事態に備えるのだと思うのですが、そうはならず留守官なる役職を設けて、帝の代理を務める事になりました。
その留守官は今、玉座に座り執務をしているのだそうで、名前を蘇我赤兄と言います。
そう、有間皇子を貶めした張本人です。
有間皇子とはそれほど接点があった訳ではありませんが、事の次第を知ってしまった今となっては凄まじい嫌悪感を感じます。
しかし後宮の中ならば、手出しは出来ないはず。
何せここは男子禁制の女の園ですから。(※建クンを除く)
……そんなふうに思っていた時期が私にもありました。
いつもの様に建クンの世話をしながらお仕事をしておりますと、書司の尚書である千代様、私の上司に呼び止められました。
「かぐやさん、少し困った事になりそうなの。
今から皆が集まって相談しますのでご一緒下さい」
「今からですか?」
「ええ、お願い」
「それでは亀ちゃん、シマちゃん、留守をお願いします。
建クン、少し行ってくるね」
「「行ってらっしゃいませ」」
「……ん」
千代様の後に付いて行きますと既に皆さんがお集まりらしいのですが……。
「かぐやさん、よく来られました」
内侍司の紅音様です。
「かぐや殿、久しぶりだな。
大変だった様だが、もう加減はいいのか?」
尚兵(※兵司の長官)である靑夷様です。
よくよく見ますと、皆さん、飛鳥で留守を預かる長官の皆さんが勢揃いしております。
次官は私一人。
もしかして私、吊し上げ?
そんな心配をしておりますと、紅音様が話を始めました。
「皆さん揃いましたので、お話を聞いて下さい。
実は留守官の蘇我様が後宮の中を検閲させろと迫っております。
皆さんご存知の通り、後宮は帝にとりまして神聖不可侵の領域です。
一家臣が足を踏み入れるなどあってはならない事です。
しかし、帝も皇太子様も居られない今、宮で一番の高官は蘇我様となり、贖うことがとても難しい状況です。
何か良いお知恵は無いでしょうか?」
「帝に便りを出して咎めて頂くのは如何でしょう?」
「それですと、どんなに急いでも二日を要します。
今すぐにでも入って来そうな勢いなのです」
「闈門を開ける事ができないため、後宮は籠城している様な状況です」
後宮の唯一の門を守る尚闈が状況を説明します。
「今の後宮の中には雑司女を含めて五百名ほどおります。
今の状況はあまり長続きしません」
紅音様が追い討ちをかけます。
「力づくで来られたら、流石に対抗できないな」
靑夷様がトドメを刺します。
はぁ〜〜……。
「あのぉ〜、申し訳ありません。
留守官は何故後宮を検閲したがるのでしょうか?」
場の空気を変えようと素朴な疑問を投げかけてみました。
「表向きは有間様の一件があって、反乱の芽を摘むため京中の施設を調べているのだそうで、後宮だけが例外なのは宜しく無いと言っております。
しかし私には留守官が後宮で不埒な真似をする事が目的に見えてなりません」
強盗みたいに押し入って、下着ドロボーみたいな事をしたいって事?
「表立って無体を働けば帝の逆鱗に触れるかも知れません。
検閲で見て廻るだけなら被害は少なく無いでしょうか?」
出席者の一人が提案をします。
「采女に何かあれば問題でしょうが、雑司女はどうなるか分かりません。
それに……その留守官にはいい噂がありません。
もしかしましたら中におられる建皇子様に危害が及ぶ可能性があります」
「その様な事があるのですか?」
「留守官は有間皇子を貶めした張本人であるという噂があります」
それは正しい認識です。
しかし建クンに危害が及ぶと聞いて黙っていられません。
「私がどうにかしましょう!」
つい勢いで立候補してしまいました。
「やはりかぐや殿は頼もしいな。
山賊を全滅させただけの事はある」
え? そんな噂があるの?
「やはりかぐやさんに来て頂いて良かった〜」
紅音様、最初からそのつもり?
「それでどうなさるおつもりですか?」
「まずは時間稼ぎします。
私にお任せください。
その間に早馬を出して帝の指示を仰ぎます。
今、飛鳥で一番位の高い方は大海人皇子様ですのでご仲介をお願いします。
僅かな間ですが敵を止めますので、水と食料を手配して下さい」
「分かりました。
直ぐに準備しましょう」
◇◇◇◇◇
そして夕方、外は黄昏れっております。
門のこちら側は皆さんいつでも出られる準備をしております。
「では門を開けて下さい」
私は門の前に一人立ち、闈門の番の方に指示しました。
ぎぎぎぎ……
門の向こうには武装した兵が二十人ほどいました。
真ん中には貴族風な身なりの男の人がいます。
おそらくこの男が……。
「ついに観念したか。
素直に検閲を受け入れよ!」
男は大声を張り上げ、私達を威嚇します。
「どこの馬の骨とも分からぬ者を後宮に入れるわけには参りません」
私も負けじと声を張り上げます。
「う、馬の骨とは無礼な!
私は帝の留守を預かる蘇我赤兄だ。
私の邪魔をするという事は帝に逆らうのと同じ事と思え!」
やはりこの男が……。
自分の助平心をここまで堂々と言い放つ男に遠慮はいりません。
人型の光の玉を何体も作り出しました。
……おぉっ。
どよめきが起こります。
薄暗いので、光が映えます。
怯んだ蘇我赤兄と周りの兵に人型の光の玉を突進させました。
チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! チューン! ……
「ひえっ〜!」
「うわぁ!」
「ぎゃぁぁぁ!」
「おかーちゃーん」
兵達は光の玉から逃げようとしますが、逃がすつもりはミジンコもありません。
足、腰、頭、お腹、至る所が痛くなる光の玉をぶつけて、あっという間に全員を行動不能にしました。
最近、荒事に慣れてしまっている自分に怖くなります。
「うぅぅ……こんな事をしてただで済むと思うなよ」
蘇我赤兄は痛みに唸りながら強がります。
ふふふふ、ようこそ実験台さん。
前から試してみたい事があったの。
貴方だったら、思う存分心置きなくネチネチと隅々まで試せそうなので、今だけは感謝しておきます。
まずは光の玉を浮かべます。 ぽわっ!
「うわっ!」
……うるさいなぁ。
そして職場のパソコン画面を思い浮かべます。
ファイルオープン。
ドキュメントフォルダー内のファイルを更新日時順に並べ替え。
そして本日の日付のファイルを選択して………
記憶消去!!
チューン!
蘇我赤兄はその場で気を失ってしまいました。
起こして確かめてみないと、上手く行ったかどうか分かりません。
でも大丈夫。
実験台ちゃんはあと二十人いますから。
チューン!
チューン!
チューン!
チューン!
チューン!
チューン!
チューン!
チューン!
……
ああ、スッキリ♡
皆〜んな気を失ってしまいました。
「皆さん、今のうちに行動して下さいませ!」
私は闈門中の方へ声を掛けました。
それと同時に一斉に皆さんは段取り通りに行動を開始しました。
(次話につづきます)




