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名探偵・御主人(みうし)

いつの間にか御主人(みうし)君は頼れる仲間となっております。

いわゆるアレでしょうか?


『求婚者』と書いて『とも』と読む……みたいな?

 第324話『事件発生』の続きへと話は戻り、阿部倉梯御主人夫妻とのお話合いが続いております。



 (みやこ)を騒がせている有間皇子の謀反。

 蘇我赤兄(そがのあかえ)という人の兵に屋敷を取り囲まれて捕まった……みたいです。

 おそらく、後ろで糸を引いているのは”あの方”なのでしょう。

 そして”あの方”は今、帝と共に紀国(きのくに)におります。


「ただいま帝も皇太子様も飛鳥を不在にしております。

 その場合、帝が戻られて沙汰を下すのでしょうか?」


 ふと心に浮かんだ疑問を御主人君に聞いてみます。


「謀叛ということは国家転覆を謀った大罪だ。

 帝や皇太子様に話を通さずに処刑する事は無いだろうと思う。

 だけどそうならない事もあり得る」


「それは何故でしょうか?」


「仮に今回の件が(はかりごと)である場合……。

 今から十二、三年前に帝位継承権を持っておられる古人大兄皇子(ふるひとのおおえのみこ)様が謀反を企てたとして、討たれたのだ。

 その仲間だった者が自首した事で謀反が露見し、皇太子様は兵を遣わして古人大兄皇子様とその皇子様を討ったという記録が残されていた。

 露見してから討たれるまで半月も掛からなかったそうだ。

 考えたくはないが、有間皇子は既にこの世にはおられないかも知れない」


「ちなみにその自首したという方の処遇はご存知ですか?」


「詳しくは知らないが、褒美を与えたらしい」


 ああ〜、これってやはりアレですね。

 よく言えば囮捜査、悪く言えば美人局みたいな。


「では有間皇子のお屋敷が焼け落ちていましたら、ご存命は望めないという事になるのでしょうか?」


「噂ではあるが、捕まったと聞いている。

 だとしたら紀国におられる帝の元へ護送されるかも知れないな」


「しかし、殺されずに捕まったのだとしても………、いえそうですね。

 まだ諦めるには早いかも知れません」


 一瞬、有間皇子の命を諦める発言をしそうになりましたが、人の命を軽々に言うものではないと自重しました。

 しかし……。


「私事ではあるが、例え間に合わなくても真実を知りたいと思っている。

 この十年、あまりに人が呆気なく亡くなったり、無実の罪で葬られたりする事が多い様な気がする。

 私に御父上を含めて、だ。

 衣通よ、すまないが私は今から有間皇子の屋敷へ向かい何があったか調べてくる。

 もしかしたらその足で紀国まで行くかも知れないから、私が帰るまでここに居てくれないか?」


(かしこ)まりました。

 御主人様、くれぐれもお気を付けください。

 ご無事で……」


 私、邪魔者じゃない?


「倉梯様、相手は狡猾です。

 くれぐれも表立って無茶をなさらない様にして下さい」


「ありがとう、肝に銘じておくよ」


 御主人君はその足で屋敷へと戻り、馬に乗って行ってしまったみたいです。

 私も帝に便りを出して嘆願したいのだけど、きっと検閲が入っているでしょう。

 何か連絡が取れる手段があれば……。


 ◇◇◇◇◇


(※ここより御主人(みうし)視点のお話です)


 馬を走らせ、生駒の市経いちふ)にある有間皇子の屋敷へと向かった。

 馬ならば陽の高いうちに着くはずだ。

 もしかしたら紀国へ行くかも知れないのだ。

 馬に無理はさせられない。

 焦らずに馬を労わるようにゆっくり向かった。


 人に道を尋ねながら辿り着いた屋敷は焼け落ちてはなく、一見無事に見えた。

 しかし門をくぐると景色は一変した。

 野盗に襲われたかの様な有様で、戸は開け放たれ、中は荒らされていた。


 申し訳ないと思いつつ中へ入っていくと、様々な物が散乱し、物色された跡があった。

 割れた(しょっき)、床に散らばった書や木簡、脚の折れた案机(つくえ)、……。

 しかし床や壁に血の跡が全くみられないところを見ると、この場で惨殺劇が繰り広げられた様子は無かった。

 つまり何処かへと連行されたのだろう。


 ここでこれ以上の情報は得られない。

 近隣に事情聴取する事にした。


「すまないが、この屋敷の主がどうなったのか知る者はいないか?」


 道ゆく者たちに声をかけても反応が薄い。

 有馬は近隣に嫌われていたのか?


 すると若い女子が私の問いに応えてくれた。


「お貴族様、私見ました。

 大勢の兵隊様達がやってきてお屋敷を取り囲んでたのを」


「それはいつの事だ?」


「ええーっと、ニ日前です。

 門を押し開けて中へ入って行きました」


 誰が捕まったのか知っているか?」


「すみません、そこまでは分かりません。

 お屋敷で働いている者みんな、縛られて連れていかれました」


「その者らは帰って来ていないのか?」


「全員じゃないけど、私達みたいな下賤の者達は役に立たないって返されました。

 中には殴られたり怪我をさせられた人もいましたけど」


「その帰って来た者に知り合いはいないか?」


「え、ええ。一人知り合いがいます。

 このお屋敷のご主人は、若くてとても気さくなお方だと言ってました」


「申し訳ないが、その者の所へ案内してくれないか?」


「ええ、構いません」


 こうして当日の事を知る者の話を聞く事ができた。

 そして意外な事実を知った。


 兵が来た時、有間皇子は屋敷には居らず、紀国へと向かった後だったとの事だった。

 捕まったのは家臣の方で、下働きの者達は放免になったらしい。

 ならばまだ無事なのかも知れない。

 屋敷を出立したのが五日前だからもしかしたら、屋敷が襲撃された事を知らずに向かっている途中やも知れぬ。

 そう考えると、居ても立っても居られない。

 すぐさま帝が居られるという牟婁へ向かう事にしよう。

 有間皇子はそこを目指していたみたいだし、万が一捕まったとしてもやはり帝の前に引き立てられるはずだ。

 取り敢えず今日は飛鳥の屋敷へと戻り、馬を変えて、供を伴い紀国へ向かう事にしよう。


 翌朝、全国を歩き回った時の付きの者達と共に紀国へ出発した。

 多少の危険はあるが山を越え、弱浜わかのうら(※現在の和歌山市)を目指した。


 道中、山道で荒くれ者と遭遇したがこちらの武器を見て大人しく引っ込んだ。

 本来であれば治安を乱す者を捨て置く事はできないが、緊急だ。

 仕方がなく先を急ぎ、三日後に弱浜へと到着した。

 あとは海沿いに一本道だ。

 本当ならば右手に見える海を眺めて景色を楽しみ歌を歌うであろうが、そんな事をしている場合ではない。

 道ゆく人を追い越し、小走りの速さで牟婁を目指した。


 しかし弱浜を出た翌日、妙な雰囲気の場所に行き当たった。

 藤白坂の刑場で刑が執行されるという話が耳に入ったのだ。

 ……悪い予感がする。

 一方でそんなはずはないとも思った。

 謀反の一報を耳にしてまだ十日も経っていないのだぞ。

 あまりに早過ぎる。


 しかし確認はせねばならない。

 刑場の柵前に立っていると、縄で縛られた罪人が引っ張られていた。

 遠目ではあるが……、まさか……。


 間違いない有馬皇子だった。


 間違いであって欲しいと願いつつ、有間皇子と思しき罪人に大声で呼び掛けた。


「有間皇子様、私です。

 御主人(みうし)です。

 阿部倉橋御主人で御座います。

 一体これはどうゆう事なのですか?」


 するとその罪人は驚いた様な顔をしてこちら側を見た。

 そして、大声で答えた。


「見ての通りです。

 伝言をお頼みしたい。

 かぐや殿に申し訳なかったと!

 お願いします!」


 間違いなく有間皇子だった。

 だが何故この場になってかぐや殿への詫びなのだ?

 他に言いたい事はあるだろう。


「分かった!

 だがどうしてなのだ!

 教えてくれ!」


 頼む、教えてくれ!

 必死に呼び掛けた。

 しかしその先、有間皇子はこちらを全く見向きしなかった。

 おそらくは……そうなのだろう。

 有間皇子を貶めした者の目がこの場にある事を警戒して、私を巻き添えにしないためなのだ。

 有間皇子の態度が雄弁にその事実を物語っていた。


 執行の儀が始まると、監査人の口上が始まった。

 聞くに耐えない内容だ。

 しかし、読み上げた罪状を余す事なく記憶していく。

 嘘の中に隠したい真実が隠れているものなのだ。


 そして最期、有間皇子は歌を一首遺した。


『磐代の浜松が枝を引き結び 真幸くあらばまた還り見む』


 ……磐代?

 磐代とは、私の記憶ではここから少し離れた場所の地名のはず。

 何故、最期の歌が磐代なのだ?


 私の疑問を他所に刑は執行され、これ以上見ていられない私はその場を後にした。

 ……いや、歌の場所へと向かった。


  『磐代の浜松が枝を引き結び……』


 ……松の枝か?!

 僅かな可能性を求めて磐代へと馬を走らせ、松という松を見て回った。

 そして見つけた。

 見つけてしまったのだ。


 松の枝に結ばれた布切れには『中大兄 赤兄』と赤黒い血で書かれていた。

 そして、その周りを見て回ると血の跡が残されていた。

 おそらく関係者はここで処せられたのであろう。


 赤兄……蘇我赤兄。

 奴が犯人か。


 忘れかけていた父の真相を探りたいという気持ちが再び湧き上がっていた。

 おそらくは有間皇子を亡き者にした黒幕と同じ者に行くつくであろう。


 有間よ、お前の無念は私が晴らす!




古人大兄皇子ふるひとのおおえのみこ)は斉明天皇の夫である舒明天皇の第一皇子で蘇我馬子の娘・法提郎女ほほてのいらつめとの間に生まれた蘇我氏の血を引く第一皇子でした。

しかし蘇我入鹿が討たれた乙巳の変の僅か数ヶ月後、中大兄皇子が遣わした兵により討たれました。

その時の経緯が『内通者が『皇子が謀反を企てており、私もその仲間でした』と自首し、それを口実にして兵を差し向けて打ち滅ぼした』という点で、有間皇子の変とそっくり瓜二つです。

偶然とは怖いものですね。

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