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【幕間】有間皇子の自責・・・(6)

今回と次回のお話はかなり創作が入っております。

本作はフィクションであり実在の人物・団体とは関係ない事を改めてお伝えします。


 ※有間皇子視点のお話がそろそろ終わりに近づきました。



 今日も赤兄は飛鳥へと出かけている。

 嫌な顔一つ見せず快く調査を引き入れてくれるものだから、こちらもつい気安く頼んでしまう。

 ついでに宮へと届け物を預けたりして逓伝(でんてい)代わりに使っている様で申し訳ないが、赤兄は赤兄で「頼まれ事が多い事は良い事で御座います」という言葉に甘えてしまうのだ。

 以前、過激な事を言う事は幾度かあったが、私が諌めればそれ以上言ってこなかった。

 赤兄の親兄弟が皇太子から受けた迫害を考えれば、むしろ大人しいと言っていいだろう。

 基本的に温厚な男だと思う。

 私の元でこのまま慎ましく過ごさせてやりたいと思っているし、そのためにも私自身が身の振り方に気をつけなければならないと感じている。

 慎重さを身に付けた今の私は、周りの者やいつぞやのかぐやの言われたような無為無能ではない。

 少なくとも今はな。


『帝が行宮(あんぐう)に留まり一月ほどしてから牟婁の温湯へ参ります』

 と、便りを出した。

 これも例の占いで決めた事だ。

 海路で直接紀国へ向かう事を考えたが、陸路で行く事にした。

 これは占いではなく私の希望であり、元々、温泉巡りの際は大仰な荷物は持たず身軽な旅をするのが私の信条だからだ。

 それに温泉巡りはその道中に愉悦がある。

 地方を知る事は、将来の自分にとって有益であるはずだ。

 政の中央に返り咲いたとしても、落ち延びて逃れねばならなくなったとしても、だ。


 ◇◇◇◇◇


 いよいよ牟婁の温湯への出発となった。

 ぜひ全員で行きたいと願ったのだが、年長の(もり)が留守を守ると言って聞かない。

 仕方がなく、塩屋(しおやの)鯯魚(このしろ)坂合部(さかいべの)(くすり)新田部(にいたべの)米麻呂、そして蘇我赤兄の四人を引き連れて牟婁の温湯へ向かう事になった。


 恐らくは六泊七日の旅だ。

 急ぐ必要もないので、懐かしの難波宮を見てから難波街道を抜け、丹比からはずっと海沿いの道を歩いて行った。

 気儘に話をしながら諸国を観ながらゆっくりと進んでいった。

 途中雨に祟られて二日ほど遅れたが、あと一日か二日で到着するところまで来たところで、異変があった。

 迷うはずのない一本道の向こう側に大勢の男達が立ちはだかっていた。


 山賊かっ!?


「私は物部朴井鮪(もののべのえのいのしびと申す。

 有間皇子殿の御一行で間違いござらぬか?!」


 ……ほっ。

 どうやら迎えの様だ。


「有間は我だ。出迎えご苦労」


 すると物部は予期しない言葉を言い出した。


「有間皇子殿に告ぐ!

 其方には謀叛の嫌疑が掛かっている、素直に武器を捨て、我々にご同行願いたい」


 謀叛?!


「それは何かの間違いではないか?

 我は帝に招かれ、行宮へと向かう所だ」


「その様な知らせは受けておらぬ!

 武器を捨てねば手荒な事をしなければならぬ。

 早く捨てよ!」


 完全に行き違いがあるみたいだ。

 しかし帝のところに行けば、誤解と分かるだろう。


「何か行き違いがある様だ。

 ここで事を荒立てても良い事はない。

 皆、武器を捨てよう」


 臨戦体制の塩屋と新田部を制して、武器を捨てる様に命じた。

 渋々ながら四人とも大人しく武器を放り投げた。


「行き違いがある様だ。

 いずれ誤解である事が分かるだろう。

 大人しく付いて行くから、手荒な事は望まない」


「承った。

 それでは参ろう」


 この男とは初対面のはずだが、皇子に対する態度ではない。

 物部という事は汚れ仕事も請け負う者という事か?


 それにしてもせっかくの旅が台無しだ。

 後で思いっきり文句を言ってやる。

 そう思いながら、ゾロゾロと道を歩いて行き、見晴らしの良い松林のある小屋で一泊する事になった。


「ここは何処ですか?」


 新田部が聞いてきた。


「多分、磐代(いわしろ)であろう。

 明日には到着するはずだ」


「全く、連中ときたら皇子たる有間様をぞんざいに扱いおって!

 罪が晴れたら、思い知らせてやる!」


 塩谷は怒り心頭だ。

 私も腑が煮え繰り返るくらい腹が立っているが、表に出さぬ様自重している。

 私が怒りを表に出せば、忠誠心の強い新田部は薪を手にしてでも反撃するだろう。


「本当に無礼な連中だ。

 碌な食事も出しやしない。

 これではまるでお供物だ」


「はははは、その通りですな」


 傍で見張が我々の会話に耳をそば立てている。

 怒りを表す代わりにこれで反論してやろう。


『家にあれば笥に盛る飯を 草枕旅にしあれば椎の葉に盛る』


(訳:家であれば食器(笥)にいっぱい盛られる飯も、草枕の旅(※)だから椎(どんぐりの木)の葉にちょこっと盛った質素な食事しか出ない)

(※少人数の旅で道の辺の草を枕にして寝る様な質素な旅行)


「「「ははははははは」」」


 三人で大笑いして僅かばかり憂さを晴らした。

 ……三人? そう言えば捕まって以降、坂合部と赤兄はあまり喋らないな。

 何か不安な事でもあるのだろうか?


「薬、赤兄、黙りこくってどうした?」


「申し訳ござらん。

 明日の事を思うと不安なので」


 心なしか坂合部の顔色が優れない。


「心配は要らぬ。

 此度の紀国行きは帝直々のお誘いなのだ。

 我々に(やま)しい事は何一つない」


「そうですな。

 ならば今夜はゆっくり休みましょう」


 赤兄はいつもの通りだ。


「ああ」


 自分ではそうは言ったが、その夜はなかなか寝付けなかった。

 横になり潮の香りの漂う小屋で波の音を聞いていると、以前来た時に会った女子(おなご)の事を思い出す。

 身分を明かせず、自分が何者であるか教えぬまま別れたが、何故かまた無性に会いたい気持ちになった。

 おそらく今の自分は気弱になっているのだろう。

 そんな事を考えているうちにいつしか意識は暗闇の中に吸い込まれていった。


 ◇◇◇◇◇


 翌朝起きたら、既に日が昇り明るくなっていた。

 しかし朝餉を済ませても一行はなかなか出立しない。

 どうした事だ?


 物部に行宮へ行かぬのか聞いても

「暫し待たれよ」としか言わない。


 ずっと待機したまま正午を過ぎたであろう頃、動きがあった。

 馬に乗った一団がやって来たのだ。

 もしかして、連中はこれを待っていたのか?


 馬に乗った一段の中に見覚えのある顔があった。

 皇太子、中大兄皇子だ。

 どうゆう事だ?


 すると一団の後方にはもっと見慣れた顔があった。

 守だ。

 何故だ?!

 何故、ここに居る?

 馬の上ではなく、縄でぐるぐる巻きに縛られて馬で引っ張られいた。

 まるで罪人の扱いではないか!

 思わず声を掛けたかったが、状況が掴めない。

 心の中で守に済まぬと謝りながら、口をきつく閉じた。


 一団が到着すると、我々を捕まえた物部の一行がサッと膝を付き、出迎えた。

 一糸乱れぬ行動に嫌な予感を覚えた。

 皇太子は馬を降り、こちらへと歩み寄って来てこう言い放った。


「有間皇子。

 其方には謀叛の嫌疑有りと、通達があった。

 これより詮議を行う」


「待ってくれ!

 私は帝に招かれてここに来たのだ。

 帝に会えば疑いは晴れる」


「栓無き事を言うな!

 謀叛を画策している奴を帝に会わせられるはずがなかろう。

 そこへ直れ!」


 私は物部に取り押さえられ、地べたにひれ伏せさせられた。


「うっ! くっ!」


「証人よ、ここへ!

 蘇我赤兄、前へ出でよ!」


「はっ!」


 証人? 赤兄が?

 頭の中が混乱する。

 何がどうなっているのだ?


 私の混乱をよそに、皇太子は組み伏せられたままの私の前で膝をついて、静かに話した。


「証人も証拠は揃っておるのだ。

 素直に罪を認めよ。

 それが従兄弟として其方に与えられる唯一の慈悲だ」


 いやらしい笑みを浮かべ、皇太子は私に身に覚えのない罪を認めろと迫る。


 一体どうなっているのだ!?



 (次でおわる……かも?)


本作中の有間皇子のルートは、

有間皇子の邸宅(奈良県生駒市壱分町)→西へ山越え→難波宮→難波街道を南下→丹比(大阪府堺市)→ 弱浜(わかやま)→(海沿い)→御坊(ここで捕まる)→磐代

としております。

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