【幕間】有間皇子の自責・・・(5)
幕間を書くのが楽しいのは何故でしょう?
もう暫く続きます。
すみません。
※有間皇子視点のお話が続いております。
あの夜以来、赤兄は大人しい。
話をせぬわけではないが、以前のような帝に反旗を翻す様なことを唆す様な真似はなく、討論も大人しめだ。
しかし調べて欲しいことがあると言えば、率先してやってくれる。
調査結果は裏付けも根拠もあり、むしろ私たちの方が思い込みで考えがちになる事を諌める場面も多い。
何かにつけて慎重な守も赤兄の意見には一目置くようになってきた。
無論、私を含め他の者もだ。
◇◇◇◇◇
「水路を岡本宮の内部にまで引っ張っているが、何処へ繋がっているのか知っているか?」
「水路の先には奇妙な紋様が入った巨大な石造り(※酒船石)が置かれており、そこへと水路が導かれている模様です」
「大きいと言うが実際にどれくらいだ?」
「直接見て参りました。
長手方向に二十尺、横手方向に十尺、厚みは三、四尺と言ったところでしょう」
赤兄が直接現場を見聞きしてきた事を話すが、報告の正確さには恐れ入る。
「いったいどのくらいの重さなのだ……」
「高台にありますので、運ぶのには大分難儀したみたいです。
百人以上の人足が半月掛かりで運んだそうです」
「何をするつもりなのだ?」
「何に使われるのかは分かりませんでした。
石にはくっきりと奇っ怪な紋様が掘られており、その紋様に水を流して祭祀に使うのであろうと言うのがもっぱらの話です。
良からぬ噂では贄の血を流して占うと噂する者もおります。
そう考えるにちょうど良い大きさなのでその様な噂も流れるのでしょう」
坂井部が宮で調べてきた事を報告する。
帝の興事を調べてみれば見るほど不可解な点が出てくる。
だが、巨大な石を備えたからと言って批判ばかりでは議論は過激になる一方だ。
「いや、国の政にとって祭祀や占いは重要だ。
むしろ帝の仕事の半分はそれにあると言ってよい。
私の父がそうだったのだ。
無論、父はその様な石を使った祭祀を行ったと聞いた事はないがな」
「占いならば占いでやれば宜しいでしょうが、他にも珍妙な石作りが次々に運び込まれております」
「どんな石作りなのだ?」
「亀だったり、猿だったり、人だったり様々です。
おそらくは庭園の飾りなのでしょう」
「願わくば民に負担を強いる物であって欲しくないな」
「同意に御座います」
ひとまず議論は落ち着いた。
だが赤兄が不意に発言をした。
「有間様は占いや祭祀を行われるのですか?」
「ああ、こう見えても社を持つ身だ。
祭祀も行うし、占いは真面目にやっている。
これまで幾度ともなく占いで我が身を占い、この先どうするかを決めてきた」
「ならばここで占ってみせましょうか?」
「何をだ?」
「今後、有間様がどうすべきか占うのです。
議論ばかりしておりますと結構疲れませんか?
遊びの一つだと思い、気分転換にいかがでしょう?」
「だが、道具も何も無いぞ」
「ここにある紙で宜しいでしょう。
短籍を作り、それを撚り文にし、箱に入れて籤引きするのです」
「はははは、随分といい加減な占いだな」
「最近、天太玉命神社で取り入れられているそうです。
かなりの人気を博しているとの事です」
(※経緯については第33話『宴、初日(2)・・・くじ引き大会』をご参照)
「では短籍を用意しますので、各々好き好きに書き入れて下さい。
紙が勿体無いので短くお願いしたい。
所詮は遊びですからな。
それをこの箱へと入れて下さい」
赤兄に言われるがまま、思い付く言葉を書き入れた。
『直訴』、『放置』、『逃亡』、『話し合い』、……。
こう考えてみると意外に思い付く言葉が見つからぬ。
……『召集』、『決起』、『反逆』。
結局、十も思いつかなかったが、その短籍を結び箱の中へと入れた。
「では有間様、目を瞑り一つお取り下さい」
「では参るぞ」
年甲斐もなくドキドキする。
人気になるのも分かる気がする。
手に触れた一つを短籍を摘み、引き当てた。
「では何と書いてありましょうか?」
私は小さな紙片を破かぬ様、慎重に開封した。
そこに書いてあった文字は……『決起』であった。
「決起だ」
「「「「おおぉっ!」」」」
何故か周りの者も私に引きつられて声を上げる。
「決起か……。
一体何を決起すれば良いのだ?」
「一何かしらの行動を起こせば、それが決起で御座いますよ」
塩谷が適当な事を言う。
「ならばどうでしょう?
我々が有間様に願いや何処までも従う旨を書面に認め、それを差し出すというのは。
皆で宣誓をすれば一つの決起でありましょう」
「それはぜひやってみたく存じます」
普段は議論に口を挟まない新田部が赤兄の提案に妙に乗り気だ。
すかさず坂合部が紙を持ってきた。
何故か皆の行動に一糸乱れぬ統率された感がある。
こうなると止めようが無い。
まあ遊びだし、悪い事をするわけでも無いし、そのまま任せる事にした。
「まあ、あまり過激にならず何時迄も楽しく共に過ごしたいくらいにしてくれよ」
「それでは我々の気持ちが伝わりません。
この際ですので思いの丈を書かせて頂こうと思う」
塩谷はとんでも無い事を書きそうな気がする。
「有間様は元服の機会を逃してしまわれましたので、来年か再来年には元服の儀を致して頂きたいですな。
そうすれば我々五人だけでなく、更に多くの家臣を従える事になりましょう」
守のジジイがここぞとばかりに私を子供扱いする。
「そうですな。
有間様には五人と言わず五十人、いや五百人を引き連れて頂きたい。
そうすれば私も将となり、兵を統率する機会にも恵まれましょう」
何気なく坂合部が将になりたいかの様な事を言い出してきた。
なんだか見るのが怖くなってきたぞ。
下らない遊びかと思っていたが思いの外盛況に終わった。
皆から預かった書面を受け取ったが、こちらが気恥ずかしくなる様な言葉が書き連ねられていた。
だがこれは私にとって一生の宝となろう。
書箱に入れ、大切に仕舞った。
◇◇◇◇◇
年が明け、新春の挨拶のため帝の元へと行った。
六十五歳になったとは思えぬ程、斉明帝はお元気な様子であった。
「有馬よ、最近は生駒へと引っ込んで大人しくしておる様じゃが?」
「いえ、大人しく見えるのはここから遠く離れているからに御座います。
毎日、家臣達と賑やかに楽しく過ごしております」
「ならば良いがな。
ところで其方のに進められた牟婁の温湯じゃが、いよいよ行宮を建て出かける事にした。
おそらくは今年の夏前には行けそうじゃ」
「それは喜ばしい事です。
伯母上にはぜひ身体を労り、長生きして頂きたいと願っております」
「これこれ、其方はかぐやに女子の年齢を尋ねるなと注意されたのではないのか?
ワシも女子じゃぞ」
「これは大変申し訳御座いませんでした」
「其方も来年は二十じゃ。
亡き其方の父に代わりワシが整えてやらねばならぬからのう。
皇子に相応しい元服の儀を用意するつもりじゃ」
「お心遣い有り難く存じます。
周りから子供扱いされる日を一日も早く迎えたく思っております。
かぐやといえば……、いつかかぐやどのには詫びをしたいと思っておりましたが、なかなかその機会に恵まれません。
もし場を設けて頂けるのでしたらぜひお願いしたいのですが」
「済まぬの。
かぐやは湯治にための準備に当たらせておるのじゃ。
書司の女嬬として、建の世話係として、忙しいところに更に仕事を増やしてしもうて、これ以上忙しくはさせられん。
いっそ、牟婁の温湯の行宮が出来て向こうへ行ってから、其方も来てはどうかの?」
「ええ、ぜひお伺いさせて頂きたく存じます。
推奨した手前、伯母上がご満足されたのかを知りたいですから」
「ほっほっほ、また一つ牟婁の温湯での楽しみが出来たの。
其方がかぐやに膝をついて謝るところを是非見たいものじゃて」
「それはさすがにご勘弁願いたいですね」
こうして私も牟婁の温湯へと行く事になった。
せっかくだから連中と一緒に行こうと考えていたのだが……。
(つづきます)
飛鳥にある石作りは斉明天皇の時に作られた物が多いみたいです。
酒船石や亀石は修学旅行などでも定番ですね。
理由は分かりませんが、斉明帝は朽ちる事のない石材に拘りがあったのかも知れません。




