宴、二日目(1)・・・受付け
ストーリーが(少しだけ)動きます。
宴、2日目の朝。
昨夜は衣通姫と一緒にお風呂に入ったり、仲良しさんになる事に成功しました。
名前に違わない美人さんですので、将来やって来るであろう求婚者の目を惹きつけて欲しいと切に願う程です。
朝食はそれぞれの親御さん達と一緒でしたので私への実害はありませんでした。
しかし、地方豪族の親御さん達は自分のご子息達の無作法さに周りに恐縮するわ、頭を抱えるわで大変そうでした。
これを機会に教育を徹底した方が宜しいかと思います。
私もご子息達の様に地方の礼儀知らずと思われないためにも、礼儀作法はキチンと学ばなければいけないと強く思いました。
衣通姫は三日間ご滞在予定なので、ご令嬢成分を少しでも分けて貰いたいと目論んでおります。
すーはーすーはー♪
衣通ちゃん、お手本よろしく♪
本日の予定表は舞を中心にした催しが巳の刻(朝10時頃)から申の刻(昼3時頃)まで続けられるとのことです。
正月十五日の小正月なので、この日に五穀豊穣を願い豊作祈願をするのが慣わしの様です。
練習で行われた豊作祈願の舞は、稲の種まきから刈り取りまでのドラマ仕立てみたいでした。
昨日と違って本日の演目の時間が前倒しになるのは、主賓の方の都合によるものだそうです。
主賓の方が日暮れ前にお帰らにならなければならないため、私の舞も明るいうちに終わらせる予定なのだとか。
つまり……、不可視の光の玉が使い放題って事ですね。(ニヤリ)
たぶん主賓という方の目的は忌部首の氏上様とのご親睦を深める事だと思いますので、私の事は蚊帳の外にほっぽっといて下さい。
私は私で衣通姫と親睦を深めますので。
さて、本日も受付嬢を始めます。
衣通姫にもご一緒願いたかったけど、寒空の下、じっと座っているのは深層のご令嬢にはお可哀想なのでお誘いするのは止めておきました。
こうゆう雑務は潰しのきく社会人のお仕事です。
寒空の下でも裳の下に履いたパンツが暖かいです。
念の為言っておきますが、替えのパンツもあります。
ちゃんと毎日洗って履き替えていますからね。
ずーっと同じパンツじゃ無いですからね。
そこんとこ、ヨロシク! で御座います。
殆どの皆さんは本日の舞の奉納を観終わった後にお帰りになる方も多く、本日中日に途中参加される方も少ないので、ノンビリしたものです。
ボチボチとやって来るお客様の中に元旦の日にいらした酔っ払いのオジサンがやってまいりました。
「おぉ、姫様。此度は命名の儀、おめでとう。
かぐやという名を賜ったと聞いたよ。
正月に観た舞が忘れられなくて、また観に来たよ。
姫の見事な舞につきましては私が彼方此方に喧伝したから、さぞ評判になっている事だろう」
『犯人はお前かーい!』
いけない、いけない。本心が口から飛び出る所でした。
このオッサンが黙っていればこの様な事態になっていなかったと思うと、舞の最中にピッカリの光の玉を飛ばしたくなりそうです。
「ほほほほ、私の様な未熟者の舞を過分に評価して下さって光栄で御座います。
本日は忌部氏の皆さんによる、大層に見事な舞が舞台にてご覧になられます。
是非ともご堪能下さいましまし」
私の中に残っている社会人スキルをフル動員します。
心を殺し、心に思っている事は噯気も表に出さず、建前を淀み無く口にします。
このスキルの発動後は顔の表情が抜け落ちて、使った事がないくらいに言葉使いが丁寧になり、後でどっと疲れるという副作用がありますので、多用は控えた方が良いでしょう。
表情が抜け落ちた幼女なんて萬念寺のお菊人形並に恐怖ですから。
こんな具合にダラダラと受付嬢をやっておりますと、突然、周りの様子がピリッとした空気に変質しました。
どうやら主賓のお客様がいらしたみたいです。
私は後ろに控えていたいつもの傘持ちのお姉さんに合図を送り、お爺さんを呼びに行かせました。
こちらにやってくる主賓の方は、身につける衣や装飾、乗っているのお馬さんの鞍に至るまで、現代においても高級品となりそうな質の高い服飾に包まれています。
主賓のご本人様は何となく神経質な感じがする壮年のお貴族様という感じかな。OL時代、あまりお近づきになりたく無かった経理部の部長さんを思い出します。
氏上様が主賓の方にお近づきになり声を掛けました。
「ようこそ参られた。倉梯殿」
クラハシ様? あまり聞き覚えのない氏ですね。
「ご無沙汰ですな。忌部殿。
今日は社では無くこの様な辺鄙な場所で新春の宴を催すというので厚かましくも観に来さして貰った。
……? そこに居るのは忌部殿のお孫さんかな?」
「初めてお目に掛かります。私は讃岐造麻呂が娘、かぐやと申します。
此度は忌部様に有り難きお名前を頂き、その宴を催しております。
どうぞ良しなに」
「ほう……幼いながら行儀の良い娘だ。
きっと見目麗しい娘になるだろう。
忌部殿に招かれお邪魔するよ。
かつて無い程の素晴らしい宴であると聞き及んでおるので楽しみにしてやってきた。
お……、ちょうど良い。私の息子を紹介しよう。
こっちへ来なさい」
「はい!」
十歳くらいで、如何にも貴族風のご子息が前に来ました。
「娘よ。我はミウシだ。私に声を掛けられ事を光栄に思うが良い」
(ピキッ)
(ピキッ)
あれ、私以外からも眉間に皺が寄る音が?
よく見ると氏上様の表情が固まっています。
ここはとっとと答えて、とっとと立ち去って頂きましょう。
「かような辺鄙な地までお越し頂けます事を光栄に存じます。
ミウシ様にはご存分にお楽しみ頂けますよう、精一杯歓待させて頂きます」
「ふむ、苦しゅうない!」
いえ、私は別の意味で息苦しいですけど。とっとと屋敷へ行って下さりやがれ。
……という私の心の声が届いたのかは分かりませんが、倉梯様御一行は氏上様と一緒に屋敷へと歩いて行きました。
はぁ〜〜〜。朝からどっと疲れました。
中央貴族のご子息でもやはりテンプレな御坊ちゃまはいるモノなのですね。
「一体何じゃったのかの?」
あ、主催者、そこに居たの?
「姫様、事実ミウシ殿は有力氏族のご子息なのですよ」
あ、秋田様。
「クラハシという氏、聞き覚えない」
「いえ、普段は倉梯様と呼ばれておりますが、正式には『阿部倉梯氏』なんですよ。阿部氏は全国各地にあり、それらを区別するために地名の『倉梯』を併せて言うのです。
倉梯様は宮中では『阿部倉梯麻呂様』とか『阿部 (あべの) 内麻呂様』呼ばれており、京では推古帝から仕える政の中枢を担う重鎮です」
これってアレかな?
諸葛亮の姓である『諸葛』が、『諸県出身の葛さん』という意味なのと同じみたいな?
「阿部氏でも間違いはないの?」
「ええ、そうですが中央でご活躍する阿部氏に阿倍引田氏があります。
阿倍引田比羅夫様は勇猛さで名の知れた将軍ですが、同じ阿部氏と遇すると倉梯様はお気を悪くされるかも知れません」
阿倍引田比羅夫……阿部比羅夫は社会科の歴史の授業にも名前の出る有名人ですが、阿部氏って他にもあったのですね。
……という事は、あの高慢チキなミウシ君は『阿部倉梯ミウシ』君なんですね。
…………あれ?
………… 阿部倉梯ミウシ
…………アベのミウシ
…………阿部御主人。
「あーーーーーーーーーーーー!!!!」
「ひ、姫様、どうされたのですか!? 大丈夫ですか?」
「い、いえ。忘れていた事、思い出しただけ」
「本当に大丈夫ですか? お顔の色が優れませんよ。
姫様の体調が宜しくないなんて初めてです。
少しお休みになられたら如何でしょう?」
「え、ええ。少しだけ休む。ちち様、ここお願い」
「わ、分かった。休むがええ」
私は傘持ちのお姉さんに手を借りて、ふらふらと自分の部屋へと向かいました。
そして舞が始まるまでの間、横になると言い残して自分のお部屋で一人本棚へ向かいました。
可動式本棚の一番奥、自分で認めた覚書を手に取り、オコタに座りました。
成長するうちに曖昧になるであろう記憶を在らん限りに書き記した『竹取物語』の内容とその解釈です。
右大臣 阿部御主人……彼は五人の求婚者の一人です。
(つづきます)
萬念寺のお菊人形。
知っている人は知ってますが、知らない方は知らないと思います。
元祖、人形ホラーとして有名じゃないでしょうか?
本筋と関係ありませんが、人形は人の形に近ければ使い程捨て難いモノです。
ひな人形とか五月人形などは特にですね。
処分の際、人形供養をやってくれる神社に依頼するのも一つの手段です。