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【幕間】有間皇子の自責・・・(2)

シゲキックスさん、残念。

でも絶対に金メダル級のdanceでした。

「かぐやと言ったな。

『神降しの巫女』と名高い采女とは、其方(そのほう)の事で違いないか?」


 かぐやは私の問いかけにゆったりとした動作でこちらへと振り向き、目を合わせぬ様に気をつけながら返答した。


「私がかぐやという名の采女である事は間違いございません。

 しかし『神降しの巫女』と名高いかは存じ上げておりません」


 何故か私の言葉を無視された気分になる返答だ。

 ならば聞き方を変えようか。


「では帝の覚えの良い采女では無いと言うのか?」


「此度の婚姻の儀におきまして、鸕野皇女への付き添そう様にと直々にお命じになられましたのは帝に御座います。

 ある程度の信頼を得ているものと自惚れております」


 否定ではないが肯定でもない、控えめなのかそうでないのか判断が付かぬ言い方だ。

 かぐやの曖昧な返答(いいまわし)に、私は僅かに苛つきの感情を覚えた。

 そこで婉曲な聞き方では埒が開かぬと考え、言葉を飾らずに聞いてみた。


「其方が私の知る神降しの巫女であるとして、聞こう。

 其方は帝の側にいながら、何故帝の暴挙を止めぬのだ?」


 するとかぐやは少し驚いた顔をした後、目を伏せて返答を……しなかった?


「大変申し訳御座いません。

 ご紹介が遅れました。

 私は後宮の書司(ふみのつかさ)にて女嬬(めのわらわ)を拝命しております、赫夜(かぐやの)郎女いらつめに御座います。

 此度は鸕野皇女様の身の安全のために付き添いとして参りました」


 そうだった。

 私は自分が何者であるのかを言っていなかったのだ。

 ならば皇子である事を話せば答えてくれるであろう。

 そう思ったのだが、かぐやはのらりくらりと明答を口にせず、私に非がある様な言い方までする始末だ。

 なんたる屈辱、頭に血が上りカーッとなってしまい声を荒げてしまった。


「何て無礼な采女だ!

 我は先帝・孝徳の嫡子だ。

 采女なぞに我の考えなぞ分かるとでも言うのか!?」


 しかしそれでも、どんな問い掛けに対してまともに答えようとはせぬ。

 挙句こう言い放った。


「皇子様が政権の転覆を図る事を目的とされているのなら、思い止まるのをお勧めします。

 皇子様が口にされているお言葉は明らかに帝への反逆に御座います。

 皇子様がどう思われていようと、そう取られてしまうでしょう」


 私の発言の何処に反逆の意思があるというのだ?!

 この程度で反逆と言われるのなら何も口に出来ぬではないか!

 口角泡こうかくあわを飛ばし反論した。

 しかし、かぐやは予想外の言葉を口にした。

 静かに。


「皇子様の亡き御父上であらせられます孝徳帝は、こう申されておりませんでしたか?

『逃げよ』と」


 聞けば、かぐやは在命中の父と話をしたのだと言う。


「孝徳帝はとても皇子様の事をご心配されておりました。

 今一度、孝徳帝のお言葉を思い返して下さいまし。

 皇子様の一挙一動は周りに見張られているとお思い下さい。

 百尺を超える崖の上を歩く慎重さを身につけて頂きたく存じます。

 味方を作って下さい。

 一人でも多く。

 そして、孝徳帝のお言葉をお忘れなさらないで下さい」


 やはりこの采女は神降しの巫女に相応しいみたいだ。

 父の話を出され、熱くなった頭が醒めた。

 その上で聞いてみた。


「帝は何故、(みぞ)に拘るのだ?」


 私見と言いながらその答えは理論整然としていた。

 これまで私が聞いてきた者らとは一線を画していた。

 不満ならば誰もが言える。

 しかし施政者がせねばならない(まつりごと)について話をしてくれた者は一人もいなかった。

 父の行った政を例に出されては反論しようもない。

 だがそれ以上に閉口したのは、かぐや年齢を思わず尋ねてしまった時だ。


「確か、それは十年以上前の事ではないか。

 何故その時の其方は皇太子様からその様な言葉を聞く立場にあったのだ?

 そもそも其方は幾つなのか?」


 (ピシッ!)

 ……何の音だ?


「な・ん・ど、言わせればお分かり頂けるのですか?

 政への批判と女子おなごに年齢を聞くなど以ての外ですよ」


「い、いや……済まなかった。

 肝に銘じておく」


 あまりの迫力に身分云々を忘れ、詫びてしまった。

 そのせいか分からぬが、かぐやは政について懇切丁寧に教えてくれた。


 父が始めた改革の根本について。

 唐や新羅などの諸外国に伍する国へと発展するための国の在り方について。

 目先の利に捉われぬ大局を見据えた政策とは?


 かぐやの言葉に納得せざるを得なかった。

 私は(こうべ)を垂れ、感謝の意を示した。


「感謝する。

 確かに其方の思慮深さは神降しの巫女に相応しい。

 きっと巫女殿は永きに渡り世を見てきたのだろう。

 その知見の深さにいたく感銘した」


 (ピシッ!)

「な・ん・ど、言わせれば……」


 拙い! 虎の尾を踏んだらしい。

 私はそそくさとその場を離れた。


 ◇◇◇◇◇


 しかし、私の中のかぐやの高評価は長くは続かなかった。

 翌日の飛鳥への帰り道。

 山賊の襲撃があったのだった。

 私とて命を狙われる身だ。

 日頃鍛えているし、武芸の心得はある。

 山賊共の矢が尽き、剣で襲ってきたら返り討ちにしようと構えていた。

 だがその前にかぐやは矢を射る山賊の方へと裳を翻して走って行った。

 何てお転婆な采女なんだ!

 慌てた護衛団の団長殿が後を追う様に同じ方へと走って行った。


 暫くすると矢がこなくなり、いよいよ山賊が剣を持って襲撃にくるはず。

 ……と私は剣を構えて待った。


 だが何も誰も来なかった。

 おかしい。

 更に待っていると、かぐやがゆっくりと歩いて来た。

 どうやら団長殿が山賊を片付けてしまったらしい。

 命拾いしたはずのかぐやは、その事を全く気にせず当麻殿と談笑を始めた。

 それを見て無性に腹が立って来た。

 人の和を見出す者を私は許せぬのだ!


「おいっ、かぐや!

 其方は一体何をしているのだ!?」


「何でしょうか?」


 自分のした事を考えず、気怠そうに返事をするかぐやに怒りが抑えられなくなった。


「女子の身で護衛なぞするのではない!

 まるで我が女子の陰に隠れているみたいではないか!」


 私自身、何に対して怒りを覚えているのか分からなくなっていた。


「ではどの様にすれば宜しかったのでしょう?」


「女子は女子らしく引っ込んでいればいいのだ!」


「承りました。

 次はそう致します」


 如何にも私との会話をやり過ごそうとする様子が見え見えの態度だった。

 何処までも人の感情を逆撫でする態度だった。


「有間様、かぐや殿は帝の命で護衛を承ったのですぞ。

 かぐや殿にその様に申されるのは筋違いではないでしょうか?」


 我々の言葉のやり取りに当麻殿が間に割って入って来た。


「ふん、何かに付けて帝、帝、と。

 帝が取り決めた事は絶対なのか?

 間違う事がないとでも言うのか?」


 思わず口に出た言葉だが、間違ってはいまい。

 だが二人はそう思わぬ様だった。


 曰く、私が帝に不服を申し立てていると思われる。

 曰く、どのようなご命令であれ帝の命は絶対だ。

 曰く、帝が決める事、命じるのは大局に拘る事だ。

 曰く、施政者は熟慮に熟慮を重ねた上で大方針を決定している。

 曰く、それを浅い考えで変えるわけにはいかぬ、


 つまりは帝に間違いは無く、私は浅い考えで意見しているのだと言う。

 五歳児の方がマシのだとコケにされて、黙っているわけにはいかん。


「たかが采女くせに皇子である我に何と言う言い方だ」


 もはや話し合いではない。

 意地のぶつかり合いだ。

 しかしかぐやは老練な話術で私を言いくるめようとする。

 どんなに言い返しても、巧みに反論されてしまう。

 堪らず私は啖呵を切った。


「そこまで言うか!

 ここまでコケにされた事は無かったぞ。

 其方、タダで済むと思うなよ」


「承りました。

 女子の私に護られるのが恥ずかしいのなら、どうぞ鍛えて下さい」


 かぐやは最後まで自分のしでかした事を反省しなかった。

 昨日感心したかぐやの話は、頭の中からすっかりと消えていた。



 今思えば……、それが私の最大の失敗だったのだ。



 (つづきます)

いよいよ有馬皇子の変の真相に迫ります。

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