その時、歴史が……
久々にコミカルなお話です。
肩の力を抜いてお読み下さい。
お使い様の接客中。
前回と同様、現代にいた時の会社の建屋です。
誰もいない無人の建屋ですが……。
「粗茶でございますがどうぞ」
私は夢の中で給湯室にある給湯器からお茶を汲んで、使いの方にお茶を出しました。
給湯器のお茶ですから本当に粗茶です。
粗茶というより、お茶風味の何か別の飲み物と言っていいかも知れません。
『ここは其方の夢の中だから、高級茶葉のお茶も出せるのだぞ?』
「すみません。
会社で高級なお茶をお出しした事がなかったので、イメージが出来ないのです。
社員食堂にある自販機へ行ってペットボトルのお茶を買った方が美味しいと思いますが、そんな事をしているうちに目が覚めてしまうかも知れません。
予め申し上げておきますが、秘書室でも無い限りお茶請けもありません
『美味しい物を口にした事くらい、いくらでもあるだろうに』
「会社の中で美味しい食べ物をイメージをするのは難しいかと思います。
高級割烹での接待なんていい思い出はありませんから、懐石料理なんてのも思い浮かびません。
貴方様とデートをするイメージなんて絶っ対に無理ですのでレストランもアウトです。
出来たとしてせいぜい居酒屋くらいです。
軟骨揚げでもお出しますか?」
『何てこったい』
「日本の神様のお使いですよね?」
『神の世界もグローバル化しておるのだ』
建クンが峠を越えたこともあり、気分的にはすこぶる楽です。
それに何となくこのお使いさんは何気ない会話の中でボロを出してくれそうなので、関係のない話で探りを入れます。
「それでご説明して頂けるのですか?」
『もちろんだ。
だが私も頻繁に来れるわけでは無い。
来た以上は役得があって良かろう』
「仕方がありませんね。
前回食べ損ねたチョコをお出しします」
私はそう言って給湯室にある冷蔵庫を覗きに行きました。
ところがチョコがありません。
どうして?!
私は仕方がなく手ぶらで応接室へと戻って行きました。
「何故かチョコがありませんでした」
『ああ、あれは私が頂いた。
其方が口にしようとした時、其方自身が消えてしまったのでな。
頑張ってもう一度イメージしてくれ』
!!!!
「なんて事を!
千四百年もの時を超えて食べられると思っていたあのゴ◯ィバのチョコを!
思い知れ! スイーツの恨みっ!」
チューン!
私は先程出したお茶に光の玉をぶつけました。
『何をしておるのだ!?』
「どうぞお飲み下さい」
『何か色が違うぞ』
「麦茶だと思って一息にどうぞ」
『ああ、それでは頂こう。
……ぺっぺっ!
何だこれは!?』
「健康に良いゲンノウショウコ茶です。
いくらでもお出しします」
『何て物を出すのだ!』
「貴方様のご健康をイメージした結果です。
決してチョコを横取りされた恨みなのでは御座いません」
『十分恨みに思っているだろう!』
「そんな事は御座いません。
その証拠にバケツいっぱいのセンブリ茶のイメージが湧いて来ました。
(どん!)
如何ですか?」
『もう良いわ!
要件を話す』
本日、千百文字を消化してやっと本題に入りました。
私は烏龍茶に軟骨揚げを出して、ポリポリと食べております。
『本当に出して食っているのか!?』
「どうぞ、話を進めて下さい(ポリポリ)」
現代にいた時にはコラーゲン豊富で低脂肪、低カロリーなヘルシーメニューとして居酒屋へ行くと必ず注文していました。
色気?
何それ、美味しいの?
『ったく。
建皇子の危機が去った理由だったな。
それは帝が謳った歌にある』
「どのような歌ですか?」
すると使いの方はどこからともなく木札を出して目の前に並べました。
『飛鳥川 水漲らひつつ 行く水の間も無くも 思ほゆるかも』
『伊磨紀なる小丘が上に雲だにも著しるくし立たば何か嘆かむ』
『水門の潮のくだり海くだり 後ろも暗くれに置きて行かむ』
『愛しき吾が若き子を置きてか行かむ』
『射ゆ鹿猪を認ぐ川辺の若草の 若くありきと吾が思はなくに』
『山越えて海渡るともおもしろき 今城の内は忘らゆましじ』
「こんなに……」
帝の苦しい胸の内が垣間見れる歌ばかりです。
『これらの歌は建皇子の死後、斉明帝が嘆き悲しんで詠ったと言われる歌、六首だ。
それを建皇子の生前に詠ったがため、今の歴史が正史と繋がってしまったのだ。
孫を想う祖母の強い気持ちが引き起こした奇跡と言ってもよいだろう』
「ではもう建クンは……?」
『先にも言った通り、当面の危機を回避したに過ぎぬ。
いずれは歴史の狭間へと引き込まれ、似た様な事が起こるであろう」
「しかし変じゃ無いですか?」
『何がだ?』
「[歴史の修正力]なんてものがあるのなら、真っ先に私が排除されるはずではありませんか?」
『それは心配に及ばぬ。
かぐや姫とは架空の人物だ。
『この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません』
というアレだな。
実在しない其方に[歴史の修正力]は働かぬ』
「都合が良くありませんか?」
『なまじ実在の人物を充てがうと[歴史の修正力]が働いてしまうのだ。
仕方があるまい』
「それなら架空の人物であるはずの私が、実在の人物や団体に干渉出来るのは何故ですか?」
『其方もよく知っている様に、竹取物語はこの時代の実在の人物が登場する御伽草子だ。
帝も出てくる。
架空の物語と実在の歴史が重なり合う、それが竹取物語なのだ。
従って実在の歴史の狭間で、架空の話も同時進行するのだ』
「つまり私はどこまで行っても求婚者から逃れられないって事?」
『求婚者らの命運も其方に掛かっているのだ。
頼むぞ』
(ピキッ!)
「そこのバケツに入ったセンブリをぶっ掛けて宜しいですか?
明らかに過重労働を押し付けるパワハラです」
『待て待て、私も被害者だ。
現代社会を知る私がこんな刺激も娯楽も美味しいものもない古代へ単身赴任しているのだ』
「ひょっとして社畜?」
『社ではないが、神畜みたいなものだ』
「内部通報制度は無いのですか?」
『信用の出来る第三者という者がおらぬ』
「ご愁傷様です。
ともあれ、当面の危機は回避できたとして、この先同じ事が起こり得るという事で、対応を考えます。
求婚者につきましては基本的に放置で」
『いや、それを何とかして欲しいのだが』
「何か特別ボーナスがあれば頑張れます、と雇用主に申し上げて下さい」
『無駄だとは思うが、一応は言ってみる』
(……さま、か……さま、かぐや……)
『お呼びが来た様だ。
もしこの先、其方に危機が迫ったら再び見えることもあろう。
言い忘れていたが、其方が人目を憚らずにチュンチュンやっていたアレだが、周りの者らの記憶を少し弄っておいたぞ。
それでは健勝でな』
「そうなんですか?
分かりました。
お使い様もお元気で」
………………………
「かぐや様!
大丈夫ですか?」
夢の世界から帰還したみたいです。
「ええ、大丈夫。
たった今、神託を受けました。
皇子様の危機は去りました」
周りにいる雑司女の皆んなはぱあと明るい表情になり、歓喜の声があがりました。
「皆さんにも苦労掛けましたね。
帝の願いが天に届いたみたいです。
急いで帝に連絡します。
準備をお願い」
「「「「はいっ!」」」」
傍ですやすやと眠る建クン。
今までよく頑張ったね。
君が頑張ったからこそ起こり得た奇跡なんだよ。
ありがとう、建クン。
これで一件落着……とは残念ながらなりません。
まだまだ騒動は続きます。




