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神のお使い

このお話の裏事情がかなり明らかになります。

 (夢の中、月詠様の使いとの交渉が続きます)


 ここは夢の中の現代のオフィス。

 OL時代の会社の制服を着た私は、月詠様の使い(自称)との交渉という名の腹の探り合い真っ最中です。


 建クンを救うためなら魂の一つや二つ、消滅したところで悔いはありません。

 転生のたびに記憶がリセットするのなら、転生であろうと新生であろうと変わりはありません。

 それに転生したところで人間に転生するとは限りません。

 だって私の前世はブラウン管のハズだから。

 (※第265話『昇進の理由』)

 なのでラノベみたいな転生なんて不確かなモノに執着する理由は私にはなく、今生の建クンに全てを賭けて(ベット)したところで一向に構いません。


 しかし先方が飲めない条件を主張し続けるのは悪手、単なるクレーマーです。

 例え先方に非があろうとです。

 使いという事は出来る事は限られています。

 使い魔、使いっ走り、使い古し、使い捨てカメラ、eta.。

 むしろ出来ない事の方が多そうなイメージです。


 最低でも現状維持を勝ち取りましょう。


 ◇◇◇◇◇


『少し待て。

 落ち着いて話をしようではないか』


 私の気迫に押されて月詠様の使い(自称)の方は、説得モードに入ろうとします。

 しかしそんな申し出、蹴散らしてさしあげます。


「申し訳ございません。

 そろそろ起きて、建クンの次の治療(ヒール)をしたいので」


『だからそれを止めに来たのだ』


「その件につきましてはお断りさせて頂きました」


『其方の魂が危ういのだ』


「私の身一つで建クンが助かるのなら、安いものです。

 現代とこの世界で過ごした時間を合わせれば、そこそこ生きました。

 これから長い人生を送る建クンと交換できるのならお釣りが来るくらいです」


『其方は根本的に思い違いをしている。

 束の間の生にそこまで拘るのは愚の骨頂なのだ』


「生に執着する事を愚かと仰いますならそれで結構です。

 生に執着するからこそ人は足掻き苦しみ、何とかしようと努力や工夫をする事で、人たらしめているのです」


『其方がいう事は分かる。

 しかし神の御技において彼を生かす事は出来ぬのだ』


「つまり神ではなく人が建クンを生かす事は構わないのですか?」


『それは構わん。

 それが出来るのであればな。

 むしろ其方には、未来の知見と見識を以て、この世の歴史の歪みを正して欲しいのだ』


 徐々にこのお使いさんの化けの皮が剥がれてきました。


「私には何処が歪んだ歴史で、何処があるべき歴史なのか分かりません。

 私と関わりのある方は(すべから)く、影響を受けているはずです。

 他人(ひと)よりはこの時代の歴史の知見はありますが、それですら後に改変された文献でしかありません。

 大筋が合っていれば、影響などあってない様なものでは無いのですか?

 もっとも私がこの時代に持ち込んだ衛生や農耕の知識が、短命であるはずの庶民を生き(ながら)えさせ、後の人々の運勢を変えてしまっている可能性は否定出来ませんが」


『そうだ、その通りだ。

 大筋が合っていれば、確定した未来へと戻るべく、[歴史の修正力]が働くのだ。

 だが彼の生存はその修正力を上回る歴史の改変となるのだ。

 現に彼を襲っている病魔が[歴史の修正力]そのものなのだ』


 先ほど後で説明すると言っていた隠し事がポロポロと見えてきました。

 私がこの時代に召集された理由、それは歴史の修正。

 これまで関わってきた誰なのかは分かりませんが、私の存在が歪んだ歴史を修正するために送り込まれた公算が高そうです。

 御主人(みうし)君とか、真人クンとか、御行クンとか?

 あるいは鵜野様や額田様、斉明帝かも知れません。

 中臣様と皇太子様は違うと思いますが、大海人皇子は関係あるかも知れません。

 しかし建クンは歴史のあるべき姿から外れているという事?

 建クンは歴史の表舞台から消えなければならないという事?


「つまり建クンが歴史のあるべき姿から逸脱しなければ、病は治るという事ですか?」


『その様な事が可能であるならな』


「分かりました。

 その方向で歴史を書き換えます」


『何をするつもりだ?』


「建クンが未来を変えてしまう可能性という事は建クンが帝になる可能性という事では無いのですか?」


『何故それを?!』


 ここまでヒントを出してわからないはずが無いのですが、お使いさんは交渉事(ネゴ)に慣れていないみたいです。


「何故分かったのかは後で考えて下さい。

 貴方が月詠様のお使いというのなら、お伝え下さい。

 あるべき姿というものが分かっていないので、身近な人を助けていくしか私には出来ません。

 この人は助けてはダメ、この人は助けてヨシという選別ができない以上こうするしか無いのです。

 好き好んで神の意思に逆らうつもりはありませんが、これまでもこれからも私の好きな様にやらせて頂きます。

 もしそれが不服であるのならとっとと現代へお戻し下さい、と」


『……分かった。

 しかし、其方が考えている以上に[歴史の修正力]は強大だ。

 舌先三寸で私を言い負かすのとは根本的に違うのだ』


 あ、やっぱ分かっていました?


『月詠様にはお伝えしておこう。

 だが其方への期待は其方が思っている以上に大きい。

 故に私を遣わされたのだ。

 其方を失いたくないとお考えなのだ。

 決して見捨てているわけではない事を知っていて欲しい』


「はい、承りました。

 ところで一つ宜しいですか?」


『今度は何だ?』


「給湯室の冷蔵庫にチョコがあるはずなんです。

 それを食べて良いですか?」


「チョこ?

 ……まあ気持ちは分かる。

 ここは其方の夢だ。

 目が覚める前に食べれば良い。

 気分だけだが嗜好品を口にする快感を得られるであろう」


「はいぃっ!」


 私は喜び勇んで給湯室へと駈けて行き、冷蔵庫を開けました。

 ふぉぉぉぉ、ゴ◯”ィバの箱!

 私は箱を開け、包みを剥がして、口に……


「……さま。

 かぐ……さま。

 かぐや様!!」


 パク!


 チョコを口に入れようとした瞬間、シマちゃんに起こされ、私は現実世界へと戻っていました。


「ノォぉぉぉぉぉぉ!」


 ◇◇◇◇◇


 夢の中でチョコを食べそびれたショックを引きづりながらも、私は早速行動を起こしました。

 文を(したた)め、斉明帝に提案をします。


『此度、神託を受けました。

 此度の建皇子を襲う病魔は、皇子様を帝にする事を阻もうとする何者かの意思が働いております。

 それが神なのかそれに近しいものなのかは私には分かりません。

 しかし建皇子様が帝になる将来が無くなれば、命を失う危険は去ると申されました。

 帝のお力を以て解決への道筋をつけて頂きたく、伏してお願い奉ります』


 この文を帝に馬便で持って行って、帝のご決断を待ちます。

 帝が決断するか、父親である皇太子様(オレ様)が決断をすれば、建クンが歴史上の影響力はガクッと下がるはず。


 それまでは私の治癒(チート)の力で症状を和らげ、体力を温存させます。

 あまり時間が残っていません。

 帝の決断が早い事を祈るのみです。


 建クン、それまでの辛抱だよ。

 頑張って!!


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