病床の建クン
さあ、出発だ。今、陽が昇る。
ゆくてにうかぶ朝焼けのっ道~
……と紀国へ向かう直前、建クンが高熱を出してしまいました。
病状が軽ければ一緒に行くことも考えましたが、だいぶお熱が高いみたいです。
「建が行けぬのならワシも行かぬ!」
と帝は仰ってましたが、同行する大勢の予定を変更しなければなりません。
特に皇太子様は
「熱が引いてから来ればよかろう」
と言っております。
周りの雰囲気もそんな感じなのですが、仮にも建クンのお父様でしょ?
と言いたくなります。
心配そうな顔をする帝には
「私がつきっきりで看病します。
回復してから、紀の国へ向かう算段をつけますので、ご心配でしょうけどご出立下さい」
と説得する側にたちました。
「ほんに頼むぞ。かぐやよ」
何度も何度も心配そうな帝は建クンの汗を拭い、予定より半日遅れて出発しました。
これまで建クンの病気は現代の子供並みにはありました。
風邪を引いて、お腹が痛くなって、熱を出すことも珍しくありません。
あまりに酷くなりそうな場合、私には光の玉がありますので、重篤になるようなことはこれまでありませんでした。
なので、今回も大丈夫だろうと心の奥底では安心感がありました。
建クンの熱は体感的には39℃以上ありそうです。
対処療法を諦めて、光の玉をそっと当ててあげました。
そして次の瞬間。
目の前が真っ暗になり、私は失神したみたいです。
「「かぐや様!!」」
遠くなる意識の中で、亀ちゃんとシマちゃんの声が何処か遠くでしたような気がしました。
◇◇◇◇◇
どのくらい経ったのか分かりません。
私は自分の寝所で横たわっていました。
……朝?
今の状況が読み込めません。
いえ、違います。
夕方です。
私は建クンの看病で倒れてしまったんだわ!
建クン!!
ガバっと起きて辺りを見回しまし、私はつんのめりながらも建クンの元へ駆け寄って行きました。
建クンは相変わらずうなされる様に横たわっています。
「かぐや様! 大丈夫なのですか?」
「大丈夫、建クンはどう?
ずっと熱が出たまま?
私が倒れてどれくらい経ったの?」
気が焦って、矢継ぎ早に質問をします。
「えーっと、皇子様はずっとこんなです。
かぐや様が倒れたのがお昼で、もう直ぐ夕方です」
「分かったわ。
とにかく熱を冷ましましょう」
建クンの額に手を当てると手を引っ込めたくなるくらいに熱く、40℃くらいありそうな感じです。
急いで衣を脱がして、脇の下に濡れたお手拭きを差し込みました。
そして、おそらく舶来であろう見慣れない形の水差しでゆっくりゆっくりと水で口の中を湿らせてあげました。
建クンの喉が動いているので、少しずつですが水を胃の中に運んでいます。
むせない様に焦らず、ゆっくりと注ぎます。
コップ一杯くらい飲んだところで建クンがむせてしまいました。
小さい建クンの胃袋ではこれ以上は飲めない様です。
ひとまず落ち着いて、温まってしまった手拭いを交換します。
「かぐや様、頭を冷やさなくて宜しいのですか?」
シマちゃんが心配そうに聞いてきました。
「頭を冷やすと建クンが気持ちいいと思うので冷やして下さい。
でも大切なのは血液を冷やす事です。
太い血管のある場所を冷やすと身体から熱が抜けます。
意識して冷やして下さい」
心なしか険しかった建クンの表情が和らいでいます。
しかし解せません。
どうして……、どうして私は失神したのでしょう?
過去にも何度か光の玉を繰り出した後、失神した事があります。
一番最初は、竹を金に変えようと物質創造をしようとして、そして倒れました。
それ以来、物質創造につながる様な挑戦をしない様、気をつけています。
(※第19話『【幕間】幼女のチート考察』)
次に倒れたのは、舞の時に光の玉で空を一面に覆った後、力を使い果たして倒れました。
光の玉の使用には限界がある事を知りました。
(※第24話『宴の後』)
それ以来、光の玉の使い方には気を使う様になり、倒れる事は無くなりました。
だけど一度だけ不可解な倒れ方をした事があります。
額田様の妊活の時、お腹の中の卵子に直接働きかけて受精のイメージを乗せた光の玉を放った後、失神しました。
(第164話『ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ』)
あの後、額田様が懐妊された事を鑑みれば、生命の生成に作用する光の玉もまた禁忌なのだと考え、自粛する様になりました。
あの後、何かあった様な気がするのですが……何だっけ?
それにしましても今回のはいつもと同じ様に、現代の市販の鎮痛解熱剤をイメージした光の玉だったはずです。
なのにどうして?
本来なら力の行使に慎重になるべきです。
しかし建クンが苦しんでいるのに躊躇っている場合ではありません。
「二人とも、よく聞いて」
亀ちゃんとシマちゃんに話し掛けます。
「今から天女の術で建クンの治療をします。
もし私が倒れましたら、その後の建クンの事を宜しくお願いします。
そして無理にでも私を起こして」
「「かぐや様……」」
「それでは始めます」
今回は気をしっかりと持って、下っ腹に力を入れて、倒れるのなら一度にたくさんの効果を与えます。
光の玉を出して………ぽわっ。
もう一つ……ぽわっ、
もう一つ……ぽわっ、
もう一つ……ぽわっ。
全部で四つ。
鎮痛解熱剤のイメージ。
ウィルスバイ菌死滅のアマビヱのイメージ。
脳炎にはステロイド。
よく眠れる様に睡眠の質改善のイメージ。
それぞれの光の玉にそれぞれのイメージを乗せます。
そしていっぺんに光の玉を建クンへと当てます。
えいっ!
………バタンッ!
また私は失神してしまいました。
◇◇◇◇◇
【天の声】による日本書記の解説
(原文)
斉明四年五月
皇孫建王、年八歲薨
今城谷上、起殯而收
天皇、本以皇孫有順而器重之、故不忍哀傷慟極甚
詔群臣曰、萬歲千秋之後、要合葬於朕陵
(現代語訳)
皇孫の建王は八歳で亡くなられた。
今来の谷に、殯宮を建てて収められた。
天皇は有順で器重な皇孫を可愛いがられた。
哀しみに堪えられず、慟哭されることが極めて甚だしかった。
群臣を詔して、
「我が死後は必ず(建王と)私と共に合葬するように」と申された。
次話も看病が続きます。




