紀国湯治タスクフォース、発足
第八章始まりました。
気分も新たに宜しくお願いします。
年が明けて、私は……いやもう年齢を数えるのは止しましょう。
こうゆうのはハラスメントになるのです。
エイジズムなのです。
【天の声】数えで二十一だな。満十九歳、現代ならJDだ。
ところで、帝が仰っていた湯治はいつになるのでしょう?
暑い最中に温泉は悪くはありませんが、冷房のない古代では少しキツイかもです。
帝が建クンに会いにいらっしゃる時に聞けますが、あまり馴れ馴れしすぎるのは考えものです。
内侍司の紅音様ならご存知かも知れません。
聞いてみましょう。
あ、いたいた。いらっしゃいました。
「紅音様、些細な事で申し訳ございませんが、ご存知でしたら教えて下さいまし。
昨年、紀国(※今の和歌山県)へ湯治をされると帝が仰いましたが、それはいつ頃になるのでしょう?
まさか明日ということは御座いませんよね?」
「あら、かぐやさん。
随分とお気が早いのですね。
多分半年くらい先だと思いますよ」
えー、温泉の掘削でもやっているの?
「湯治の話を三月ほど前に聞きましたので、そろそろかと思っておりました」
「今は紀国に行宮をお建てになっております。
暫く滞在するとの事なので、後宮の者達も半分近くはお供する事になります」
思ったより大ごとでした。
「かぐやさんは書司の女嬬なので本来は岡本宮で留守ですが、皇子様がご同行するので世話役としてご同行するのは既に決まっていますよね」
「ええ、帝よりそう承っております」
「では少しお手伝いをお願いできないかしら?」
「何で御座いましょう?」
「帝からは施術所の者も同行して欲しいと言われているの。
温泉の後の癒しは格別だと仰ってね。
だけど施術所は額田様が管理されてらっしゃる施設なので、全員を連れて行くわけにはいかないの。
せいぜい二、三人と言ったところです。
なので半年の間に施術所で施すご奉仕を私達後宮の者達にもできる様に教育したいのよ」
あー、何となく分かってきました。
「そもそも施術所はかぐやさんが設立したものだからかぐやさんなら、不足なく教えられるでしょ?」
「どうでしょうか?
今は皆さん上達して私などよりも上手になっているかも知れません。
それに施術所は皇太子様のご所有の施設です。
施術所で出来る事を後宮でやってしまわれて、皇太子様がお気を悪くされないか心配です。
それでも構わなければお手伝い致しますが……」
「そうね……。
おそらくですが、皇太子様は反対されないと思います。
お后様の倭皇女様と共に紀国の湯治にご同行されるご予定なので」
えーー、皇太子様も一緒なのぉー。
聞いてないよー。
「分かりました。
私は二日三日程度の湯治だと思っておりましたので、何も知らずにおりました。
なのでどなたがご同行されるのかよく知った上で、お手伝いしようかと思います。
その人に最も合った施術を施す事が大事です。
帝はもちろんの事、他にご同行する方々に合った施術を覚えて頂こうかと存じます」
「ええ、宜しくお願いするわ。
だけど程々にね。
あまりに居心地が良過ぎて帰れなくなってしまっては大変ですから」
「それはないと思いますが、精一杯お手伝いさせて頂きます」
こんなやりとりがあって、私は『紀国湯治タスクフォース(KTT)』に組み込まれました。
紀国に施術所を再現するとなると、どうしても私の役割が増えてしまいます。
何せ私は、難波と飛鳥の二ヶ所に施術所を作った実績がありますから。
本来であれば一度は現地を見たいのですが、あまりに遠過ぎます。
だって紀国です。
あの山だらけの和歌山なのです。
新幹線すら通っていないのですよ。
有馬皇子ももう少し近場の温泉を紹介してくれれば良いのに。
【天の声】和歌山の人に謝れ! 白浜には空港があるぞ。
仕方がないので工事関係者に来て頂いて、施術所のコンセプトを余すところなく教えるしかありません。
畳も大量に必要になります。
半年後となりますと夏を意識した作りになるでしょう。
手配やら何やらでだいぶ工数を取りました。
そして食事です。
施術所の特徴は食事にもあります。
その食事メニューを膳司の方に教えなければなりません。
そのためにはパン窯も必要です。
忌部氏の宮にある窯を見て頂いて、紀国に再現しなければなりません。
自分で作れるようになるため後宮にもパン窯を作りました。
大量の小麦粉の確保もしなければなりません。
そんなこんなでKTTは大忙しでした。
◇◇◇◇◇
弥生となり、だいぶ暖かくなった頃、帝より湯治についてお話がありました。
「かぐやよ。
聞けば其方は紀国の行宮の件でだいぶ負担をかけてしもうたようじゃの」
「いえ、負担というほどでは御座いません。
以前、たったの三月で飛鳥に施術所を建設した時に比べれば、十分に余裕が御座いました」
「それはその様な事をしたことがある其方がおかしな事にも思えるが?」
「無理だと思いましたら、引き受けてはおりませんでしたので」
「其方に無理な事があるとは思えぬのじゃが……l
「流石にそれは過剰なご評価に御座います。
無理と思えば、別の方法を考えます。
それに此度は現地を一度も見ておりませんので、人に任せるしか御座いません。
私に出来る事なぞ些細な事です」
「其方の些細は信用が無いからのう。
まあ良い。
来月、紀国へ行く事になった。
そのつもりで準備を頼むぞ」
「はい、承りました。
建皇子様のご準備も万全に致します」
「そうじゃな。
此度の湯治は建に来て欲しいがためでもあるのでな」
「ええ、建皇子様も海を観れば心も踊ることでしょう」
「おお、そうじゃ。
紀国の行宮までは船で往くのじゃ。
建にとって初めての船旅でもあるじゃろう」
「興奮して眠れなさそうで御座いますね」
「ふふふ、楽しみな事じゃ」
「他に紀国へ参られますのは、皇太子様とお后の倭皇女様、そして間人太后様。
後は中臣様……、妃の与志古様は来られるのでしょうか?」
「与志古郎女が来るとは聞いてはおらぬな。
是非来て欲しいのだがな」
こうしてみますと、政府の中心が皆んな揃って紀国へ移動になります。
今年の初めに左大臣の巨勢様がお亡くなりましたので、大臣と呼ばれる方は中臣様だけです。
つまり、飛鳥は空っぽになる?
「岡本宮は誰も居なくなるのでしょうか?」
「ワシの側近は全員出払うの。
葛城と鎌足は留守役の側近を置いていく様じゃ」
なんか湯治とは思えない、大掛かりな移動です。飛鳥に居たくない理由でもあるのでしょうか?
「詳細につきましては、内侍司の千代様ともお話を伺いながら進めます。
抜けが無きよう万全を尽くします」
「そうじゃな。任せたぞ」
こうして、KTTが発足して半年。
準備を万全にしていざ紀州へ!
……となるはずが、そう上手くはいってくれませんでした。
船が出航する前日。
建クンが熱を出して寝込んでしまったのでした。
特に予告なしに第七章が終わってしまいました。
七章と八章の繋がりをどうしようかと思いましたが、一旦章をリセットする事にしました。
先の後書きでも申しましたが、第八章はかなりハードな話になりそうです。




