【閑話】後宮内の流行本
R18に抵触しない様、表現には気をつけてみましたが大丈夫でしょうか?
もし、アウトと思われましたら通報前にご連絡下さい。
修正します。
(※ 後宮で采女として務めるとある官人視点のお話です)
私は刀良売。
五年前、十五の時に難波宮の後宮へと入り、今は岡本宮で膳司の采女として帝にお仕えてております。
私は難波宮の後宮を経験しておりますので、今の岡本宮に違和感を感じる事がしばしばあります。
一番の違いは今の帝が女帝であるため、帝からの御慰みというものはあり得ません。
それでなくとも先帝がご高齢であったため、お通いがほとんど無かったのです。
後宮が帝の子を成すための宮であったのは、ずっと昔の事だったそうです。
そしてもう一つ。
最近、後宮ではとある読み物が流行っております。
字の読める采女は少数なので、回覧されたその読み物を皆んなに読んで差し上げるのですが、その内容というのが………、その……、アレなのです。
卑猥と言いますか、猥らと言いますか、淫靡な内容の読み物です。
この年になれば子を成すのに何をすれば良いかくらい知っております。
両親がシているのをコッソリと覗いたりもしましたから。
胸がドクドクと高鳴り、鳩尾の奥がきゅうっと締め付けられるのが何故か心地よく、そしてその様な気持ちを感じる自分自身が嫌になったりもしました。
国許を離れて後宮に入り、同じ年頃の女子に囲まれて生活していますと、昼間は采女、氏女としてとりすましている女嬬達も、その本質は女子なのです。
寝床に入った後、熟れた身体を持て余し、自らを慰める者もいます。
お互いの胸を触り合う者達もおります。
もちろん私も興味がありますが、他人より性欲が薄いらしくまだ気にしないでいられました。
時々手は伸びますが……。
そんな行き先のない欲望が溢れそうになったところに、アレが廻ってきました。
私は国許で書を読む機会に恵まれましたため、難しい経典でない限り読む事が出来ます。
その書を手渡され、目で読んでいるうちに、その書かれている内容がとんでもない事が分かってきました。
きっと私の顔は真っ赤になっているでしょう。
ツーっと汗が頬を伝っていきます。
最後まで読んでもう一度読み返します。
何て素晴ら……ではなく、何て卑猥なのでしょう。
後宮の風紀に関わる重大な事案です。
私はこの書を手渡した書司の玉様を問いただす事にしました。
◇◇◇◇◇
「玉様、この書は一体どうゆう事なのですか?
後宮でこの様な書を蔓延らせて、風紀を乱そうとなさるつもりですか?」
「風紀を乱すなんてとんでもありません。
皆さんの溜まった鬱憤を晴らして欲しいと頼まれて、一生懸命に写本したのですよ」
「どこのどなたから頼まれたのですか?」
「私は尚書の千代様から頼まれました」
「書司は何を企んでいるのですか!?」
「そんな大声で怒鳴らないで。
千代様も頼まれてやっているのですから」
「一体誰よ!?」
「帝です。
斉明帝から書を下賜され、私達が写本し、皆さんに回覧しているのです」
「そんな……」
何て事でしょう!
帝はお気が触れてしまったのでしょうか?
「こんな物を流行らせて、後宮内の風紀が乱れたらどうするつもりなのですか?
誰もご意見しないの?」
「それはあまりに不敬では御座いませんでしょうか?
それに刀良売さん。
この書を読んでみてどう思われましたか?」
「それは……」
「後宮の中で鬱憤を溜め込んでいる采女や雑司女らを案じて、帝は書を配布する事を決意なされたのです」
「私達、後宮に務める者らは高潔でなければならないのです。
こんな淫猥な書にかまけている場合ではありません。
神降しの巫女がいらっしゃる書司ならば、なお一層意識せねばならないのでしょうか?」
「それは貴女の誤解です。
だってこの書の出所は、その神降しの巫女なのですから」
「う……そ……」
え?
あの神降しの巫女様が!?
後宮の中には神降しの巫女こと、かぐや様は、その強力な呪力を恐れる人も多いのですが、憧れる采女もまた少なくありません。
皇子様の世話をするお姿は慈母の如き高潔さに溢れております。
類い稀な才女で帝の覚えもよく大変重用されております。
しかしそれを笠に着る様子は全くなく、雑司女に対しても礼節を忘れないという完璧な女性。
それが後宮におけるかぐや様のご評判です。
そのかぐや様がこの書を?
「嘘……、嘘でしょ?
かぐや様に限ってその様な……」
「あまりかぐやさんの事を分かった様に言わないで。
意外にもお高く止まらない面がおありなのですよ。
様々な面で勉強熱心で、この書もかぐやさんのお勉強の一環なのです。
この書を読み扱いてもっと勉強なさいませ」
「そんな……」
「写本が終わったばかりの書がもう二冊あります。
特別に貸して差し上げます。
これもかぐやさんが集めた書の一部ですよ」
私は玉様から受け取った書を併せ三冊に増えた書を持って、トボトボとお部屋へと戻っていきました。
……あのかぐや様が。
暫くの間、私は呆然と過ごしてしまいました。
どれくらい経ったのでしょう。
気がついたら夕餉の刻になっておりました。
もそもそとご飯を食べていると、先程預かった書の内容が気になり出してきました。
陽が落ちて暗くなってしまうと書を読む事が出来ません。
私は急いで夕餉を済ませて、お部屋へと戻りました。
玉様から預かった薄い書。
三冊とも全て淫靡な書なですが、内容は全く違っておりました。
書の隅に『正統派』と書かれた一番最初に見た書ですが……。
天帝によって引き離された織女と牽牛が一年ぶりに再開し、熱烈に交ぐわうお話です。
残念ながら牽牛の気持ちが前に出過ぎていて、織姫が気持ちいいのか分からず、私には感情移入出来ませんでした。
おそらく女子には須く不評ではないでしょうか?
書の隅に『露離』と書かれた薄い書は、十三で娶られた女子が、庶子の出でありながら皇子様に気に入れられ、年月を経ていくうちに皇子様の好みの女子へと成長して結ばれるという感動の内容でした。
おそらくこの薄い書に感銘を覚えぬ女子は居ないでしょう。
生まれが恵まれていない事がむしろ感銘の度合いを高めており、女子の憧れを寄せ集めたかの様な名作です。
暫く涙が止まりませんでした。
是非ともこの話を皆んなに広めたい気持ちになりました。
玉様の仰る意味が分かった様な気がしました。
そして書の隅に『枯専』と書かれた書。
歳が二十を過ぎてもまだ独り身の女子の話です。
ふとした偶然で、自分と同じ年の娘を持つ殿方と知り合いとなり、何故かその殿方のそばに居るだけで安らぎを感じてしまう女子。
殿方は殿方で奥方に先立たれ、娘は嫁ぎ、一人寂しい気持ちを女子と共に過ごす事で若き日の自分を思い出す。
そしていつしか二人は……、ああ、何て事でしょう。
私はこの書と出会うために生まれてきたのではないのでしょうか?
正に今の私の心に命中です。
この書は皆さんに読み聞かせないで、自分一人だけの物にしたい気にさせます。
その夜、『露離』と書かれた薄い書を皆さんに読んで差し上げました。
皆さん、キャーキャーと言いながらも熱心に聞き入り、読後の余韻をそれぞれ感じていました。
翌朝、皆さんはスッキリとした表情でお仕事に取り掛かる姿を見て、帝のお考えをようやく理解する事が出来ました。
そしてかぐや様がどうして薄い書を皆んなに配布するのかも。
その後、玉様に昨日の事をお詫びし、お手伝いする事を約束しました。
毎月の五と十の付く日の翌々日、新しい薄い書が配布されます。
私も同室の皆んなもその日を楽しみにする様になり、後宮に活気が溢れる様になってきました。
そして神降しの巫女、かぐや様はやはり素晴らしい方なのだと改めて思うのでした。
もう一つ閑話を書きましたら、第八章に入ろうと思います。




