飛鳥への帰還
言い負かすのと、納得させる事は別だと言う事はよくある事です。
作中の議論が上手く繋がっているのか……?
(※前話から話が続いております)
私はさらし首になった山賊を視界にしないようにして、その場を離れ様とします。
しかしそうゆう時に限って声が掛かるのですね。
「かぐや殿よ。
山賊のいる方向へ走って行った時には肝が冷えましたぞ!」
話し掛けてきたのは当麻様でした。
「申し訳ありません。
敏捷い私が相手の注意を引きつければ、当麻様や皇子様に矢が向くことはないだろうと、咄嗟に飛び出してしまいました」
「しかし女子の身でその身を危険に晒すなどとは……」
「帝が私をご推薦なされた事が間違いだと思われては大変です。
それに此度の働きは護衛団の団長様もお認めになされています。
ご安心下さい。
そうですよね?」
私は団長さんに向かって無茶振りします。
乗りかかった船です。
毒食らわば皿まで、最後までとことんお付き合い下さい。
でないと………。
「い、いや。かぐや殿の言う通りだ。
何の事か分からぬが、間違いない」
シリ滅裂ですが、同意して頂きました。
髪の毛が無事で良かったね ♪
「かぐや殿の底が全く分からぬ。
鵜野様の話では当代一の智慧者だと言い、舞を舞わせれば神が降りてくるし、山賊などを恐れぬ胆力の持ち主だとは」
「いえ、そんな事は御座いません。
現に私は当麻様の向こう側にある物が怖くてなりません」
「向こう側? ………ああ、あれですか。
悲しい事ですが、責任ある立場になるとあの様な場に何度も立ち会わなければなりません。
見慣れるという言い方に語弊がありますが、慣れたくないものに慣れてしまっております」
「情けない話で申し訳御座いません」
「いや、かぐや殿の反応が普通なのです。
むしろ慣れないかぐや殿が好ましいと思いますぞ」
「そう言って下さいますと救われます」
「はははは」
「おいっ!」
何か来た?
「かぐや!
其方は一体何をしているのだ!?」
放っておきたいですが相手は皇子様。
無視する訳にもいきませんね。
……はぁ。
「何でしょうか?」
答え方にも気怠さが見え見えです。
「女子の身で護衛なぞするのではない!
まるで我が女子の陰に隠れているみたいではないか!」
言いたいの、そこ?
「ではどの様にすれば宜しかったのでしょう?」
「女子は女子らしく引っ込んでいればいいのだ!」
「承りました。
次はそう致します」
はい、解散!
「有間様、かぐや殿は帝の命で護衛を承ったのですぞ。
かぐや殿にその様に申されるのは筋違いではないでしょうか?」
しかし見兼ねた当麻様が注意します。
「ふん、何かに付けて帝、帝、と。
帝が取り決めた事は絶対なのか?
間違う事がないとでも言うのか?」
「皇子様、その様に申されましては皇子様が帝に不服を申し立てていらっしゃると思われます」
「誰がそう言ったのだ。
我は帝に盲信し、誰もが命に疑問を持たぬ事が不服なのだ」
その言葉を聞いた当麻様は私と顔を見合わせます。
『こいつ何を言っているのだ?』と言いたげな顔です。
きっと私も同じ様な顔をしているのでしょう。
当麻様も有間皇子の危うさに気付いたみたいです。
「皇子様、人にはそれぞれお立場というものが御座います。
帝に意見する事は致しません。
例えどのようなご命令であれ、帝の命は絶対にございます」
仕方がなく、当麻様の意見を補います。
「其方はそれでいいと思うのか?」
「帝が全てを命じる訳では御座いません。
帝がお決めになる事、お命じなられるのは大局に拘る事です。
些事は官人らに任されております。
しかし大局とは簡単に変えられません。
大きな荷を積み動いている舟が急に止まれぬ事と同じ道理です」
「では帝が一度お決めになった事は覆らぬと言うのか?」
「臨機応変、と言う言葉が御座います。
機に臨みて変化に応ずると言う意味で、戦の場では尊まれます。
しかし別の言い方をすれば、一喜一憂、行き当たりばったりとも言います。
そうならないために施政者は多くの情報を集め、熟慮に熟慮を重ねた上で大方針を決定するのです。
それを浅い考えで簡単に変えるわけには参りません」
「我の言っている事が浅い考えと言っているのか?」
「はい、その通りです。
五歳児の方がまだ考えてものを申します」
「たかが采女くせに皇子である我に何と言う言い方だ」
「そこまで言わねば、皇子様に分かって頂けないからです」
「……くっ」
「有間様、かぐや殿は有間殿をご心配なさっているのですよ。
この様な場で帝に楯突くと思われるご発言をされている皇子様がこの先どの様な事になるのか。
かぐや殿でなくとも心配になります」
「当麻殿までその様に言うのか?!」
「おそらくこの場で声を潜めているもの全てがそう思っております」
「では我は余計な事を言わず黙っておれと言うのか」
その通りです……と言いたいけど。
「これ以上申し上げる事は致しません。
この場でどうになかるお話でも御座いません。
皇子様自らがお気付きになられない限り、どうしようも御座いません」
「神降しの巫女とは随分と冷たいのだな」
「昨日も申しましたが、周りが何と言おうと自分自身でその様に言った事は一度も御座いません。
高潔でもなければ、完璧でもありません。
ただ、皇子様の物言いに腹が立っているのです」
「腹が立ったから言い負かすと言うわけか?」
「浅い考えは皇子様に取り入ろうとする者にとって格好の餌食です。
簡単に覆す事ができます。
簡単に自分の考えに染める事が出来ます」
「そこまで言うか!
ここまでコケにされた事は無かったぞ」
「それはとても不幸な事です。
誰一人として皇子様の悪癖を正して下さらなかったのですから」
「其方、タダで済むと思うなよ」
「承りました。
女子の私に護られるのが恥ずかしいのなら、どうぞ鍛えて下さい」
「くっ!」
多分、有間皇子が後宮に来る事は無いでしょう。
斉明帝の甥なので帝への謁見はあるとしても、内裏から奥に入る事は考え難いです。
もし皇太子様(オレ様)が即位したら、有間皇子は敵認定されるかも知れません。
内裏どころか飛鳥に居ることも難しいでしょう。
大海人皇子が即位したら……、その時はその時という事で。
どうぞ好きなだけ、私を嫌って下さい。
結局、微妙な空気を振り払うことなく飛鳥京への帰り道をテクテクと歩いて行きました。
同行している皆さん、ごめんなさい。
何せ私は歴史に名を残す悪役令姫ですから、気に入らない人にまで良い顔はできないのです。
気に入らなければ、無理難題を押し付けて追い返す様な性格の悪い女なのです。
◇◇◇◇◇
陽が落ちる前に飛鳥京に着きました。
岡本宮の門の前で解散です。
「当麻様、明日も大変ですがお気をつけて」
当麻様は今夜は飛鳥で一泊して、明日葛城へと戻るそうです。
「かぐや殿もお疲れでした。
ごゆるりと休まれよ」
当麻様に別れを告げ、宮の中へと入っていきました。
視界の隅には有間皇子の視線を感じますが、気にしない、木にしない。草!
「「お帰りなさいませ、かぐや様」」
礼儀ができる様になってきた亀ちゃんとシマちゃんの挨拶で迎えられます。
しかし建クンはご機嫌斜めです。
「建クン、ただいま〜」
私は建クンに抱きついて、ただいまをします。
鵜野様に何と言われようと、建クンを可愛がります。
「……おかえり」
「ん〜〜〜〜」
建クンに頬をグリグリ押し付けます。
やっぱり我が家が一番です。
翌日、帝に鵜野様の婚姻の儀について報告しました。
「ご苦労じゃった。
帰り道は大変な様じゃったが何事もなく良かったの。
やはり其方を付けて良かった」
なんかバレているぽい気がします。
「流石に疲れたじゃろ?
どうじゃ、来年逗留するつもりじゃ。
建と共に行くとしようかの。
もちろん其方も一緒じゃ」
「はい、承りました。
準備致しましょう。
ところで何処へ行かれるのでしょうか?」
温泉と聞くと、温泉王子が思い浮かびます。
まさかね。
「紀国にある牟婁の湯じゃ。
昨日、甥の有間が謁見に来ての、その湯がとても良いと褒めておった。
気のせいか有間の物腰も柔らかくなっておった。
あの短慮な癇癪持ちが治る程の湯じゃ。
建にも良いじゃろうて」
……なんか嫌な予感が。
臨機応変という言葉は、ちょうどこの頃、7世紀後半に編纂された唐の歴史書「南史」に登場する梁の国の総司令官、蕭明が発した言葉だそうです。




