吉野からの帰還
一部、残酷な場面があります。
苦手な方は読み飛ばして下さい。
大海人皇子と鸕野讚良皇女との婚姻の儀は恙無く執り行われました。
一夜明けて本日お帰りとなりますが、半分以上は吉野に残ります。
大海人皇子様とか、鵜野様とか、お付きの方々とか、家臣の皆さんとか。
ちなみに行列の荷物運びさん達は早々に帰りました。
なので往きの豪勢な行列とは打って変わって、帰還組はごく少人数です。
何が出るのか分からない山中を抜けるので、ひと纏まりになって護衛さん付きでの移動となります。
ちなみに私も護衛の数に入っていたりします。
護衛団の団長さん、私が護衛の一人と知った時、何てこったいと言いたげに頭を抱えてました。
仕方がありませんね。
私は鸕野様の護衛枠として参列していたのですから。
披露宴のご友人枠は偉い方々で埋まってましたし、親族じゃないし。
団長さん、私を仲間外れにしないで。
◇◇◇◇◇
皇子様と鵜野様に見送られて、総勢約二十名の一団は吉野を出発しました。
あ、親族枠の有馬皇子がいました。
絡まれると面倒そうだから距離を取っておきましょう。
「おや、かぐや殿ではないか?」
ビクゥ!
有馬皇子からそーっと距離を取ろうとしている時に背後から声を掛けられ、心臓が飛び出しそうになりました。
「あ、当麻様。
昨日はせっかくの機会にお話が出来ず申し訳ありませんでした」
当麻豊浜様は役小角様を通じてのお知り合いで、鵜野様のお師様でもあります。
「いや、昨夜は鵜野様が楽しそうにお話をされているのを見ててな。
私はそれだけで十分に嬉しかったのだよ。
私からもかぐや殿に礼を言いたかったのだが、鵜野様の楽しみを邪魔をしては無粋だからな」
「ええ、鵜野様とは心置きなくお話を致しました。
当麻様の事もお話しされてました。
皇子様も此度の件でお近づきになられた事を殊の外お喜びでした」
「それはまた光栄な事ですな。
しかしこれもかぐや殿のお陰でもあるのだ。
こう言っては何だが、鵜野様は御父上に見捨てられて育ってこられたのだ。
四人の娘をいっぺんに娘を嫁に差し出すなど、聞いた事がない。
今回の鵜野様の婚姻なぞまるで付け足しの様な扱いだ。
これではまるで奴婢の様な扱いではないか」
当麻様は愛弟子の扱いがぞんざいなのにお怒りのご様子です。
「あまりお声をあげられますと、何処に耳があるやも知れません。
お気をつけなさいまし」
「いや、すまぬ。
年甲斐も無く熱くなってしまった」
「それだけ鵜野様の事をご心配なさっているという証左です」
「そう言って頂けると救われる気がするよ。
その付け足しのような扱いを変えたのがかぐや殿と聞いた」
「変えたと言うほどではありませんが、鵜野様のために何とかして差し上げたかっただけです。
ささやかな抵抗ではありましたが」
「ささやかなものか。
あの皇太子に意見するなど誰にも出来ぬものではない。
出来るとしたら余程の馬鹿者か賢人かのどちらかだ」
「では私は大馬鹿者ですね。
ほほほほ」
「本当にかぐや殿は鵜野様のおっしゃる通りの方だ。
決して功を主張せず、持て囃されても浮かれる事は決してない」
「買い被りすぎですよ」
「まあ分かっている事だ。
それにしてもあの様な立派な離宮を建てさせるとは、一体どの様な交渉をしたのだ?」
「いえ、鵜野皇女を大切になさっている証を御示しなさらなければ、恥をかくのはご自分ですよと、指摘しただけです。
口だけでは無く目に見える形で、とも」
「上手い事、刺激しましたな。
しかしそのような事をされてかぐや殿は大丈夫なのですか?」
「どうでしょうか?
いざとなったら逃げますから」
「そうは言っても相手は力づくで来るかも知れん。
か弱い女子の身ではなす術もなかろう」
「そうかも知れませんが、一応私も戦えるのですよ。
此度の吉野行きは、鵜野様の護衛として参りましたから」
「それは口実であろう。
本当に山賊が出たら私が守って差し上げるから、陰に隠れていなさい」
「有難う御座います。
しかしそうしてしまうと、私を護衛として派遣した帝に恥をかかせてしまいます。
せめて形だけでも戦いますわ」
「頑固ですな、かぐや殿は。
鵜野様にそっくりだ」
【天の声】旗がバシバシと立っているぞ。
ヒュンッ! ヒュンッ! ヒュンッ!
ヒュンッ! ヒュンッ! ヒュンッ!
ヒュンッ! ヒュンッ!
ごめんなさい。
私のせいです。
フラグを立ててごめんなさい。
【天の声】回収早っ!
狭い山道の両脇の森から矢が飛んできます。
この山賊の主戦力は矢のようです。
8ヶ所くらいから矢が飛んできます。
私を除く四人の護衛さんが四方に展開します。
しかしビュンビュン飛んでくる矢をどうにか躱わすので精一杯のようです。
山賊も彼らを無力化すれば楽に戦えると分かっているらしく、護衛を狙い撃ちします。
「うっ!」
いよいよ一人が被弾しました。
私は矢が飛んでくる方向目掛けて、見えない光の玉を乱射しました。
チューン! (×10)
「うがっ!」
一人命中したみたいです。
足の痛みで暫くは動けないはずです。
よし、次!
チューン! (×10)
手応えがありません。
チューン! (×30)
「ぁだっ!」
よし、命中!
この調子で一人一人と山賊の戦力を削っていき、残りはあと一ヶ所。
私はそちらの方へ駆けて行って、光の玉を乱射しました。
チューン! (×100)
「……」
矢は飛んでこなくなりましたが、声がしません。
恐る恐る矢の出所へ行ってみますと、矢を持ったままの山賊が気絶していました。
しかしまだ伏兵がいるかも知れません。
辺りの気配を探ります。
(ガサ)
そこかっ!
チューン! (×100)
「あいててててて」
やった!
でも、聞き覚えのある声の様な?
声のする方へ向かうと、護衛団の団長さんがひっくり返っていました。
「ごめんなさい、大丈夫ですか?」
私は慌てて痛みを無効化する光の玉を当てました。
チューン!
「か……かぐや殿か?
かぐや殿が敵に向かって駆け出した時には肝が冷えましたぞ」
「申し訳ありません」
「いや、助かりました。
正直、全滅するかもと一時は諦めかけましたから。
まさか神降しの巫女殿がこれ程までの呪力をお持ちとは……。
帝が鵜野皇女様の護衛に推薦するだけのことは御座います」
「いえ、その、あの、……団長さん。
出来ましたらこの事はご内密にお願いします」
「え? 何故でしょうか?」
「その……、ただでさえ行き遅れの私にこの様な力があると知れ渡ってしまったら、求婚する方が誰一人いなくなります。
なので誰にも言わず、黙って下さい」
ちょうど良い言い訳が見つからず、自分でもドン引きする様な言い訳が口から出てしまいました。
「しかし、この事はご報告しなければ……」
「もし黙って下さらないのなら、私も考えがあります」
私はそう言って、眩しい光の玉を先程のひっくり返っている山賊に向けて発射しました。
チューン!
すると山賊の髪の毛がハラリハラリと抜け落ちてピッカリな頭になりました。
【天の声】もはや様式美だな。
「あの者の髪の毛は二度と生えてきません。
これを貴方にやって差し上げます。
無くなるのが髪の毛だけだとは限りませんからね」
私は光の玉を右手の上に浮かべて、今から撃つぞと警告します。
「分かった! かぐや殿の言う通りだ!
これは私がやった。
そう報告するから」
「ご配慮頂き有難う御座います」
「いや、礼には及ばぬ。
いや、私が礼を……じゃないな。
そうだ。
これは私がやったから礼を言われて当然なのだな。
ははははは……はぁ」
団長さん、ご自分を納得させるのに必死です。
でも、力は出来るだけバレないに越した事はありませんから。
「ではかぐや殿は先に戻ってくれ。
私はこいつを処分する」
「処分と言うと、首を刎ねるのですか?」
「ああ、そうだ。
吉野までの道中を少しでも安全にするために、見せしめの意味もある」
「そうですか……、分かりました。
では先に戻ります」
現代人の感覚では許されない私刑ですが、古代に現代のモラルを持ち込んでも意味がない事はこの十数年の経験で嫌と言うほど分かっております。
それに吉野には鵜野様がいらっしゃるのです。
ここで私が物言いをして、巡り巡って鵜野様に危害が及ぶかも知れません。
私は団長さんの言葉に素直に従いました。
他の団員さんも動けなくなった山賊を討ち、首を刎ね、街道沿いに簡易の台を作って横一列に並べました。
こうする事で街道で罪を犯す者らを牽制するわけです。
(つづきます)
後に律令制が完備され、五刑が定められました。
竹のむちで臀を打つ笞と杖。
懲役刑である徒。
遠流、つまり遠方へ追放する流。
そして死(死刑)。
ちなみに強盗、殺人は死でした。




