1400年後のお星様に願いを
国文学オタクの主人公の本領発揮の回。
この世界にやって来ておよそ3ヶ月が過ぎました。
初夏の過ごしやすい気候から、暑い夏の盛りを過ぎ、秋の気配が色濃くなってきました。
日が落ちるのも随分と早くなったように感じます。
私が光の玉を自由自在に出し入れ可能である事がバレていて、最近は電灯代わりは当たり前となっております。
竹林での金の採掘も日常業務と化し、だいぶ光の玉の扱いも上達してきました。
無骨にぶつけるのは芸がありませんので、演出にも工夫を凝らしております。
幻想的かつ厳かに光の玉を竹にゆっくりゆっくり着地させ、竹から光が発せられると、あら不思議!
竹の中から砂金が☆キラキラ〜☆。
……といった感じで。
時々竹以外にの生物もぶつけてみたいと思うこともありますが、初回のインパクトが強いので自粛しております。
万が一、人にぶつけてスプラッター映画の様な凄惨なシーンが目の前で繰り広げられるのはさすがに気が引けます。
なので動物実験(もしくは人体実験)は身の危険を感じない限りは控えるつもりです。
あ、そうそう。
私は3ヶ月で大人の身体になるかもと思っておりましたが、それは杞憂に終わり今も幼女のままです。
成長痛も大変そうですし、偏った栄養で促成栽培した結果、歪な成長するのはさすがに怖いです。
カルシウム不足、蛋白質不足、ビタミン不足、ミネラル分不足、等々を水分のみで補った自分の身体を想像すると震えが止まりません。
きっとお世辞にも美しいとは言ってもらえない生物に育っていた事でしょう。
でも最近は食事のおかずも一品増えましたし、蘇も頻繁に出されるようになり、栄養も足りています。
だから、少しは成長が早まっても大丈夫かな?
しかし幼女の時間というものはとても長く感じるものですね。
佐渡の金山送りになったかの様な生活はあまりにも味気ありません。
悪役令姫たるもの、おバカさんキャラは許されません。
現代でやり残した国文学の勉強をここでならリアルタイムで体験出来るかもと考えますと、やはりお爺さんにアレをおねだりするしかありません。
「ちち様、本読みたい」
「!? 書物とな?」
お爺さんはしばらく考えた後、こう答えました。
「娘よ、書物は用意しよう。
しかしその前に文字を習いなさい。
伝手を頼り教師となる者を派遣しよう。
娘よ、そなたの向学心をワシは嬉しく思うぞ」
それを聞いた瞬間、私の中のお爺さんの株は爆上がりです。
思わず『おとうちゃま(最上級)』とお呼びしたくなりました。
ここは最大限の敬意を払って感謝の意を伝えなくてはいけませんね。
「ちち様、ありがと。とても、嬉しい」
(意訳:おとうちゃま。この様な過分のご配慮を頂き、私感謝の念に耐えません。涙が出るくらい嬉しゅうございます。誠にありがとうございます)
「わーはっはっはっは、娘のためならば何を惜しむものか。何なりとこの父に頼むが良い」
【天の声】
……などと偉そーな事を言っている爺さんの本音はこうだった。
『娘を中央に差し出すには美しさだけでなく教養も必要じゃ。幼子にどうやって教養を身に付けさそうと思い悩んでいたところに自ら習いたいと言い出してくれるなんて嬉しい誤算じゃ。金はまだまだ手に入るだろうし、娘にはどんどん投資せねば』
思考が完全に成金オヤヂな爺さんであった。
◇◇◇◇◇
お爺さんに書物をおねだりしてから数日後、私に文字を教えてくれる教師がやってきました。
お名前は秋田さん。
正式には御室戸忌部の秋田様と仰いますが、この呼び名に聞き覚えがあります。
確か、『なよ竹のかぐや姫』と名付けた名付け親だったはずです。
……ということは、この方にお願いしてかぐや以外の名前を付けて貰えば悪役令姫の運命から逃れられるのかしら?
白雪とか、人魚とか、つるとか……。
うーん、何故かしら?
もっと過酷な運命が待ち受けている様な気がして参りました。
やはり成り行きに任せた方が良さそうです。
秋田様は忌部一族、つまり朝廷に仕え神事に携わっている氏族のお方で、矛竿の製作を生業としているみたいです。
その材料となる竹を卸すのがお爺さんのお仕事だったみたいですが、最近のお爺さんは金粉入りの竹しか取らなくなったので、取り引き停止になるのではないかと心密かに心配しております。
このままでは『竹取の翁』が『金取の翁』に改名しそうです。
金取り……何だか借金のカタに無体を働く金色の入れ歯がキンキラ光った高利貸しっぽい響きを覚えるのは私だけでしょうか?
横道に逸れてしまいましたが、秋田様の授業はひたすら書物を読むもので、大学時代に古文と慣れ親しんだ私にとって難易度は中の上程度でした。
幼子にとってはこの上ない苦行だろうと思いますが、中身アラサー女子の私にはそれなりに面白く、退屈はしませんでした。
しかしそれ以上に秋田様の忌部としての知識、雑学、裏話はとても興味深く聞き入る事が出来ました。
大学時代、資料集めに苦労した古代日本の風習について、まさか直接インタビュー出来る機会が訪れるとは思いもよりませんでした。
お星様になった教授先生にこの話を是非聞かせてあげたかったです。
……千四百年後のお星様ですけど。
◇◇◇◇◇
「造麻呂殿、宜しいですか?」
「秋田殿、如何なさいましたかな」
「いや、娘子についてお伺いしたい事がありまして」
「ふむ、可愛いのは分かっておる。他に何かあるのかえ?」
「いや、そうじゃなくて……。造麻呂殿は娘子に字を教えた事はありますか?」
「ある訳無かろう。だからこそ秋田殿に折り入ってお頼み申し上げたのだから」
「私もそう聞きました。ですが娘子は問題なく字を読めております。
唐の書も、隋の書も、流行りの万葉仮名も、この前なんか私の秘蔵の書も声をあげて読んでいました」
「幼子になんちゅーモノを読ませるんじゃ!」
「いや、真面目な書物と難しい書物の間に隠しておいたのをついうっかりと(汗)」
「まあよい。娘は字を読める、という事じゃな?」
「然り。一体何処で習えばあそこまで……」
「確かに謎解き娘じゃ。
そもそも何故竹林なぞに居たのか、それ以前に何処に居たのかすら分からずじまいじゃ。
じゃが、容姿端麗で貫朽粟陳、その上頭脳明晰となれば國母の地位も夢ではないな。うくくく」
「結局、娘子が何処で知識を得たのかは分からずじまいですか?」
「そのような些事はよい。
娘がとてつもない逸材である事に代わりはないのだからな。
今後は歌に、舞に、礼儀作法に、取り組んで貰おう。
向学心が強く素直な娘じゃ。
行く末が楽しみじゃわい。
うくくくく……けけけけ」
「造麻呂殿、笑い方が変になっていますよ。
そんなでは『ちち様、ウザい』って娘に逃げられますよ」
「うっさいわ。
それはそうと秋田殿には 一つ頼んでおきたい。
娘に良き名前を今のうちから考えておいてくれ。
出来るだけ貴公子ウケが良い名を頼みたい」
「それは了解しました。
例えばカグラ姫 、なんてのはどうかな?」
「カグラ……かぐら……神楽。
よもや秋田殿は娘を巫女として忌部に引き入れようなんて考えてはおりゃせんか?」
「そ…そん様な事は露とも考えておりませんよ。
我が一族に是非欲しいなんて全然考えておりませんから」
「まったく、油断も隙もない」
一方その頃、かぐや(仮)は……
スゴい発見です!
竹取物語以前にも神々を題材にした物語があったなんて。
文章はやや荒くて数枚の紙に1万文字にも満たない薄い本ですが、瓊瓊杵尊と木花咲弥姫の恋の駆け引きをR18っぽい表現で書かれていて、すっごく面白いです。
こうゆうのって後世に残りにくいものですから、本当に貴重。高校時代の友人にも見せてあげたかったです。
きっと「挿絵は任せて」って言うと思います。
残念なのは、他にも無いか秋田様に聞いたのだけど教えて貰えません事でした。
【天の声】く……腐ってる!
名作『つる姫じゃ〜っ』の作者、土田よしこ先生が今月15日に永眠されました。
謹んでご冥福をお祈りします。