鸕野(うのの)様との本音トーク
前話が短かった分、本日はボリュームアップしました。
(※宴も終わりに近付いて参りました)
「かぐやよ。妾の旦那様と仲良さげであったな。
どうじゃ、このまま吉野に居残ってみんかの?」
ようやく来客の挨拶から解放された鸕野様が、気安い相手を見付けて声を掛けて下さいました。
「心踊るご提案ですが、帝に尽くすお約束を違える訳には参りません。
居残るのは難しそうです」
「相変わらずかぐやは真面目じゃのう。
じゃからお祖母様といい、皇子様といい、かぐやを信頼しておるのじゃろうなあ」
「皇子様には十三の時、今の鸕野様と同じ歳の時から舎人としてお世話になっております。
今思えば、私のような田舎の郎女なぞを何故に雇う気になられたのか不思議に思います」
「そうか? むしろそこでかぐやの実力を見抜けぬ様では皇子様を見損なっておったぞ」
「そんな、とんでもありません。
皇子様に最初に言われた言葉が『残念な女子』でしたから」
「それは今も変わらぬじゃろ?
最初のうちは完璧な女子かと思うておったが、共に過ごすうちに存外抜けているのがよう分かった。
神降しの巫女と崇め奉られられるよりも人らしくて、妾には好ましいのじゃ」
「ありがとう御座います。
褒められているのかは分かりませんが……」
「どうせ褒めたところで、かぐやはちっとも嬉しそうにせぬのじゃ。
正直に申すのが一番なのじゃ」
この一年間の付き合いで、すっかりと正体がバレています。
「重ね重ね御礼申し上げます」
「いいのじゃ。
それに礼を言うべきは妾なのじゃ。
お祖母様の即位の礼の時、かぐやが見事な舞を披露したじゃろう。
あれを観た時、妾は其方が欲しくなったのじゃ」
「欲しく……ですか?」
まさか百合?
「薄い書の話ではないぞ」
うっ、バレてる?
「妾は優れた部下が欲しかったのじゃ。
かぐやを部下に欲しいと思ったのじゃ」
「そんな大層な舞だったのでしょうか?」
「光る人がかぐやの舞に合わせて舞ったのじゃろう?
アレはお祖母様に箔をつけるために、かぐやが皆を騙している様に見えたのじゃ。
周りの者を騙すために、光る人を舞わせた様に思えたのじゃ」
うっ、図星です。
「別に怒ってはおらぬ。
アレについて、かぐやは知らぬ存ぜぬを通しておるのじゃ。
周りが勝手に誤解しているだけじゃ。
ただ、その誤解すらもかぐやの狙いに思ったのじゃ」
うっ、図星です。(×2)
「ほんに分かり易いのお、かぐやは。
光る人を操るなんて神の仕業にしか見えぬ。
なのにそれを人を騙すのに使うなんて、誰も思いつくまい。
じゃから、かぐやの事をよく知りたいと思うたのじゃ」
「それならば帝にお話しすればすぐにお会いできませんでしたか?」
「多分出来たじゃろう。
しかし鎌足殿に言われたのじゃ。
かぐやを部下にするには妾の実力が足らぬとな」
こんなところで中臣様?
「そこで一念発起してな。
山向こうの当麻殿に教えを乞うたのじゃ。
当時の妾は今思い出すだけでも恥ずかしい程、何も知らぬ娘じゃった」
「そんなにしてまで……」
「いや、全然足らなかったのじゃ。
当麻殿には色々と教えて頂いたのじゃが、鎌足殿の言うかぐやの実力には全然追いついたとは思えなんだ。
今となってはよく分かる。
誰も知らぬ事をかぐやは知っておるのじゃ。
追いつける筈がないとな」
「そんな事はないと思いますが……」
「そんなある日、とある者から助言を貰ったのじゃ。
いっその事、かぐやに師事したらどうかと。
部下にするのではなく、師匠にしてしまおうという腹黒い作戦じゃ」
「全然腹黒くは無いですよ。
むしろお立場に見合わず、潔い考えだと思います」
「ふふ、ありがとうなのじゃ。
で、叔母上に紹介して頂いたのは知っての通りじゃ。
かぐやに教えを乞うて、かぐやと生活を共にして……、そして悟ったのじゃ。
最初思っていたかぐやを部下にしたいと考えたのは思い違いじゃったと。
本当は妾はかぐやの友になりたかったのじゃ。
実力の足りぬ妾には友の資格は無い。
じゃから皇女の立場を振り翳して部下にするしか手段が思い浮かばなかったのじゃとな。
妾からのお願いじゃ。
妾の友になって欲しいのじゃ。
妾はかぐやの親友なのじゃと胸を張って言いたいのじゃ」
「そんな……、それこそ鸕野様の思い違いですよ。
鸕野様が初めて私の元で学んだ時、その帰り際にまたお越し下さるのを私は楽しみにしておりました。
私にとって鸕野様はその時からずっと心の友でした。
ただ皇女様に対してあまりに恐れ多いので、この想いを胸に秘めておりました。
私達はもうすでに親友同士なのですね」
その言葉を聞いた鸕野様は目をウルウルさせて、私にガバッと抱きついてきました。
「かぐや〜、やはりかぐやは天女様じゃ〜。
ちょっと食事に拘りが強かったり、ちょっと淫猥な書を好むし、ちょっと正太な弟を可愛がりすぎるけど、やっぱ心優しい天女様じゃ〜」
喜びのあまり、とんでもないことを大声で言ってない?
「天女ではありませんが親友ですよ」
「か〜ぐ〜やぁ〜〜」
鸕野様は私にしがみついてボロボロと涙を溢しました。
◇◇◇◇◇
暫く泣いた後、スッキリした表情になって回復しました。
目に周りにお化粧が流れてしまいましたので、お手拭きで顔を綺麗に拭って差し上げました。
「そうかー、むふふふふ。
妾はかぐやの友なのじゃ」
すっかり上機嫌になった鸕野様です。
「親友なら一つ教えてたも。
かぐやは好きな男はおるのか?」
「好きな男ですか?
うーん、内々には求婚の申し出は受けております。
しかしその方は唐に渡り、いつ戻ってくるのか分かりません。
嫌いでは無いですが……姉と弟みたいな間柄でしたかから、男として好きかどうかは悩ましいですね」
「ほ? 行き遅れのかぐやに婚約者がおったのじゃと!?
どうして話してくれなかったのじゃ?」
何気に酷い。
「内々の申し出ですし、本人からは好きだと言われたのは……三歳くらいの時でしたから。
私もすっかり忘れておりました」
「ホンにかぐやの残念さは筋金入れじゃの。
では建とは一緒にならぬのか?」
「建皇子は弟どころか乳母と子みたいな間柄ですから、婚姻とか考えられません。
もし建皇子に思い人が出来ましたら、私は全力で応援しますよ」
「むー、手強いのお」
「そう言う鸕野様はどうなんですか?
気になる男性くらいはいらっしゃるるのでは?」
「妾は大人と馬に囲まれて育ったからの。
縁が無かったのじゃ」
「そうなんですか。
いつぞや、小角様と戯れ合っている姿はとても仲良しに見えましたが」
すると鸕野様の顔がボンッと真っ赤になりました。
「な、な、な、な、何であの様な破壊僧と仲良しなのじゃ。
むしろあの破壊僧のかぐやを見る目がいやらしかったぞ」
「小角様は腹黒い一面をお持ちの方ですから。
でも心根がしっかりした方で、強い信念のお持ちの方ですよ」
「も、もしかしてかぐやはあの破壊僧に気があるのかや?」
「それはあり得ないですね。
小角様が女子に惚れ込む姿なんて想像がつきません。
きっと生涯独り身では無いでしょうか?」
「そうか……、あの破壊僧は生涯独り身なのか?
むふふふ、それはいい事なのじゃ」
鸕野様はツンデレの属性があるっぽいですね。
どの様な経緯か分かりませんが小角様に気があるのが見え見えです。
ですが、皇子様との婚姻の儀ですので突っ込みは自重します。
「ところで鸕野様から見た大海人皇子様はどう思われますか?」
「そうじゃな……。
まだ分からぬが、かぐやの才能を認めた皇子様じゃ。
きっと気が合うじゃろう。
額田様とも話をしたが、気遣いの出来る心優しい皇子様だと聞いた。
父上に比べると腹黒さが無さ過ぎるのが気になるところじゃがな」
「鸕野様がそう思われているのなら一安心ですね。
外面の良さで腹の中の真っ黒さを隠し仰せていると言うことです」
「ははは、そうなんじゃ。
じゃがこの問いは二度目じゃな。
かぐやよ。
もしかして、かぐやは妾と初めて会うた時に今日のことを知っておったんじゃ無いか?」
ギクリ!
「どうしてそう思われるのですか」
「かぐやと初めて会って挨拶をした時、かぐやは何の脈絡もなく大海人皇子様をどう思うのか聞いたじゃろ?
あの時はさして気に留めなかったが、今考えると妾がこうなる事を知っておったんじゃ無いかと思う様になっての」
(※第287話『鸕野讚良皇女』)
「そうですか……」
確かにあの時はつい好奇心で聞いてしました。
「別に無理には聞かぬ。
気になっただけじゃ」
「……正直にお話しします。
私の持つ智慧の中に本日の事は御座いました。
そして額田様が皇太子様に取られてしまう事も」
「そうじゃったのか。
かぐやの智慧とは底が知れぬの」
「ただ知っているだけで何も役に立たない智慧にございます。
何も出来ないのなら知らぬ方がマシですから」
「そうなんじゃ。
もし差し障りが無ければ教えて欲しいのじゃ。
この先、どうなるか教えて欲しい」
「恐れながら、鸕野様がそれ知ってしまうのはあまりに危険です。
災厄を避けられたとしても、その結果、更に状況が悪くなるかも知れません。
いずれ嵐はやってきます。
皇子様には来るべき日に備えていただく事をお願いしました」
「皇子様はその事を知っておるのか?」
「直接は申しておりません。
しかし薄々お気付きのご様子でした」
「なるほどのお。
やはり皇子様は只者では無いの」
「はい、相違ございません」
「して、かぐやはこの先どうするのか?
本当に妾のところに滞留しても構わぬぞ」
「おそらく私にはやらなければならない事があるみたいなのです。
今の私にはそれが何なのか分かりません。
先程申しました幼馴染と添い遂げるのか?
還るべき場所へ還るのか?
このままずっと後宮に居着くのか?
全く分からないのです。
今は一日一日を懸命に過ごすだけです」
「そうなのか。
じゃが妾が助けを求めたら助けに来てくれるのじゃろ?」
「ええ、それは間違いなく。
だって親友ですもの」
「ならばそれ以上は聞かぬ。
その答えが聞けただけで妾には充分じゃ」
「申し訳御座いません」
「いいのじゃ。
親友だから本当の事を教えてくれたのじゃ。
謝る事なぞ何もないのじゃ」
そう言ってにっこりと微笑む鸕野様。
やはり鸕野様には敵わないと思うのでした。




