鸕野様の輿入れ
史実では鸕野皇女と大海人皇子んとの婚姻の様子は全く伝わっておりません。
完全な作者による想像です。
歴史では吉野に建設した離宮(※宮滝遺跡がそれだと考えられています)は、斉明天皇が建設したとされております。
いよいよ吉野の離宮が完成して、鸕野様の輿入れの日が近づいてきました。
気丈に振る舞ってはおりますが、やはり不安そうな様子は隠しきれません。
でも私に出来る事はいつも通りに接する事だけです。
何せ、現代と古代を全部合わせても一度も結婚というものをした事がないのですから。
全部合わせて何年だなんて野暮な事は聞かないで欲しい。
アラサーどころかアラフォーを超えて、アラヒ……、
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。
そんな筈はありません。
私はピッチピチの十八歳(※満年齢)ですから。
♪ なーんたってなんたってー 18さーい ♪
【天の声】超難問レベルのボケをカマすんじゃありません!
◇◇◇◇◇◇
婚姻の礼は吉野の離宮で行われることになりました。
皇太子様が愛娘である(という触れ込みの)鸕野様を弟君の大海人皇子へ輿入れさせるにあたって、大々的にイベント化した結果です。
このために吉野に建設した離宮を鸕野様に与え、吉野までの道中、大名行列さながらの嫁入り行列を結成しました。
鸕野様を乗せる輿はこの日のために新調して、嫁入り道具も高々に神輿のように担ぎ上げられます。
護衛も正装して弓や剣を携えて、ゆっくりゆっくり歩きます。
そして楽隊さん達が笛や太鼓を鳴らして、何事かと人々が集まってきます。
私はせめてもと施術所仕込みの化粧技術を駆使して鸕野様にお化粧を施し、見掛けの年齢を3つくらい底上げしました。
自分でいうのもアレですが会心の出来で、写真に残せるのなら撮っておきたいくらいです。
代わりに建クンにお願いして、鸕野様の晴れ姿を絵に描いて貰いました。
約一年間、一緒に過ごした優しいお姉ちゃんですので、快く引き受けてくれました。
京から吉野までは丸1日掛かります。
距離は吉野とは反対側の讃岐へ行くのと大差ありません。
しかし吉野までは山を越える経路を通るため時間が掛かります。
加えてこの大行列です。
途中一泊して二日掛かりで向かいました。
さて主役の鸕野様といえば……、
「あ”〜〜〜、面倒じゃ。
馬で一駆けすればすぐに着くじゃろうに、何故こんなゆっくりと進まなければならないのじゃ!
お尻が痛いのじゃ!」
かなり不服そうです。
とはいえ、皇太子様の見栄が掛かっているので、誰も反対出来ません。
我慢して下さいとしか言えません。
ところでどうして私が鸕野様に付いて吉野へと向かっているかと言えば、帝のご命令だからです。
(回想シーン)
「かぐやよ。鸕野の輿入れには其方が付いて行きなさい」
「はい、承りました。
しかしながら、私が付いて行きましてもお役に立てる事があるのでしょうか?」
「まあ、鸕野が見知らぬ大人達に囲まれて心細いと言うのもあるじゃろう。
気分転換の話し相手になってくおくれ。
それに其方は言うたそうじゃな。
『盗賊の十人や二十人くらいなら一人でやっつけられるくらい私は強い』と。
道中、危険が無いとは限らぬ。
鸕野を護るのじゃぞ」
「はい、命に代えましても」
(回想シーンおわり)
あの言葉……確か鶴姫の尋問の時に言った覚えがあります。
帝には直接言っていないはずですが、私の密やかな趣味ですら見抜く情報網をお持ちみたいです。
壁に耳あり、障子に目あり、コンセントには盗聴器が仕込まれているかも知れません。
つまり私は皇女様の護衛として付き添っております。
ボディガードとして付き添うため、今回の吉野行きで建クンは同行せず、後宮でお留守番です。
亀さん、シマちゃんの雑司女コンビと建クンとの距離がだいぶ縮まってきたおかげで、三日くらいは留守にできると判断しました。
それに最近の建クン、少しですが短い単語の言葉を話す様になってきております。
それを見た帝の建クンLOVEが更に強固になり、お部屋へのお通いが密になってきました。
ちなみに帝は婚姻の儀に参加しません。
これに参加してしまうと、鸕野様以外の他の三人の妃の輿入れにも参加しなくてはならなくなりそうだからです。
代わりに間人太后様がやってくる予定です。
とっても仲良しの叔母ー姪ですから。
新郎の大海人皇子は先に吉野へ入っているそうです。
そして父親である皇太子様は婚姻の儀当日、馬を走らせてやってくるとの事です。
(建前上では)愛娘の輿入れなので、婚姻の儀に不参加というのはあり得ない訳です。
他にも来客があるそうですが、押しかけボディガードの私には知らされておりません。
場所が山奥なのでそんなたくさんは来ないとは思いますが……。
こうして京を発った翌日の昼前に、目的地の吉野宮へと到着しました。
二日目は道が全体的に下り坂なので、スムーズに進みました。
街道の野次馬もほとんどいませんから、歩みが普通になってしまいます。
吉野宮では皇子様がお待ちになっておりました。
鸕野様は輿をおり、臣下の礼節をもって挨拶しました。
「此度、皇子様に輿入れする鸕野と申します。
ご覧の通り、まだ幼き小童にて礼節に疎く、皇子様をご満足して頂けます自信はご合いませんう。
父上に代わり、お詫び致します」
「その様な堅苦しい挨拶も謝罪も要らんよ。
まだ子供の君に何かしようとは思わんさ」
「しかし子を成さねば妾の存在価値にも関わるのじゃ」
「それなら君の身体がもう少し大人になるのを待つよ。
幼い子の出産がどれだけ負担なのかは知っているつもりだ。
そこにいるかぐやの力を借りたとしても難しかろう」
「かぐやよ。
かぐやは皇子様に世話になっていたと聞いたが、出産の面倒を見ておったのか?」
「施術所にいた時は色々な事をやっておりました。
産婆の真似事もその一つです」
「一年もずっと一緒にいたが、最後まで何一つ敵わなかったな」
「私は額田様に褒められる程の歌を歌った事は一度も御座いません。
少なくとも鸕野様の歌の才は突出されています。
それに私が何年も掛けて学んだ内容を、鸕野様はたったの一年で習得されました
。
私のちっぽけな誇りなど消し飛んでしまいました」
「鸕野はかぐやから教えを受けていたと聞いていたが、どういった内容なんだ?」
「私が習った事をそのままお教え致しました」
「そうじゃ。
書だけでは無くて、算術、地理、料理など様々な事を教わったのじゃ」
「それは興味深いな。
鸕野よ。
いつか機会があれば私にも教えてくれるかな?」
「皇子様が妾を大切にするのなら、皇子様に教えるのは吝かではないのじゃ」
「無論大切にするよ。
正直言って姪御を娶るのは今でも気が進まないが、鸕野は私の頼もしい味方になってくれそうだからね」
「はい、それは私が保証致します。
この上なく頼もしい仲間に御座います」
「そうか。
かぐやがそう言うなら間違い無いだろう。
宜しく頼むよ、鸕野殿よ」
「任せてくりょ。
しかし皇子様はかぐやの事を高く評価しておる様じゃ。
少し妬いてしまうぞ」
「ついでにかぐやも一緒に輿入れしてくれても一向に構わないのだがな」
「皇子様、皇女様の輿入れの日に申し上げる言葉では御座いません」
「まあいいじゃ無いか。
頼もしい味方が増えた目出度い門出の日だ」
「そうじゃ、かぐやよ。
皇子様が駄目なら妾のところへ輿入れに来るが良い。
妾の方がかぐやを大切にするぞ」
この夫婦、妙な所で息ぴったりです。
きっとこの様な感じで、歴史に残るおしどり夫婦になるのでしょう。
(つづきます)
婚礼の儀の様子は次話にて。




