典書部・かぐや姫
最初は真面目なお話なのですが……。
鸕野様が大海人皇子へ嫁ぐ事が決まり、授業はラストスパートに入りました。
出来れば中学卒業レベルを目指したいと思っております。
たぶん何とか間に合いそうです。
古代では出来ない授業や必要のない内容があるので、中学の授業に比べるとだいぶ省略しておりますので。
古文とか歴史とか英語とか。
春はあけぼの、討ち入りでござる。
オーマイガッ!
歌の習い事は相変わらず額田様にお願いしております。
ギクシャクしてもおかしくない関係の二人ですが、仲良くやっているみたいです。
夫の兄に無理やり引き離され兄の妃となった額田様。
その兄により交換条件として無理やり元夫に嫁がされる娘の鸕野様。
何とも複雑怪奇な人間関係です。
一言で言えば、皇太子様が悪いって事になりますが……。
嘘の様な史実が本当に目の前で起こるとは、過去を知る私ですら信じられません。
その節目節目に皇太子様の横には常に中臣様が必ず居る訳で、ひょっとして中臣様が黒幕ではなのかと訝しんでしまいます。
少なくとも中臣様が真っ白な方だとは思わない方が宜しいでしょう。
いつかその悪巧みの矛先が私へ向いてくるか分かりません。
『うらぁ、照明係! もっと部屋を明るく灯さんかっ』とか。
『お前のところの金の出所は分かっているんだ、とっとと金を寄越せ!』とか。
『行き遅れの地味顔で喪女のお前の尻を触ってやるんだ。感謝しろ』とか。
パワハラ、セクハラ、アルハラ、モラハラなどなど、何を言われるか分かりません。
出来るだけ皇太子様とも中臣様とも距離を置いた方が良いでしょう。
でないとピッカリの光の玉で反撃してしまいそうです。
詳細な年代は忘れましたが、いつかは皇太子様が即位帝となる日がやってきます。
その時までに私は『竹取物語』の主人公として、月の都なり、現代なり、何処となりへと逃げてしまいたいと思っています。
その後の歴史を知るものとしては、出来るだけ皇太子様と関わりたく無いのです。
それに考えたくは無いのですが、『竹取物語』の終盤には帝から求婚されるストーリーが待っているのです。
もしそんな事になったら…… ブルル。
◇◇◇◇◇
大変な事が続きますが、後宮の采女としての仕事は相変わらずです。
書司の女嬬として写経に励み、建クンの世話係としての勤めを果たし、五十日恒例の調査もやっております。
しかし、最近少し変なのです。
調査に協力して頂くのだから感謝するのは私なのですが、先方からはこちらが恐縮してしまうくらいにお礼を言われ、そして手土産をくれるのです。
最初のうちは布だったり米だったりしたのですが、最近は書の贈呈が増えてきました。
この時代、紙は貴重品なのでそう易々とあげられるものではありませんのに……。
私が書司の典書だから、皆さんお気を使っての贈答品なのかと思っていたのですが、ここ最近は趣が違うのです。
何故か書と書の間に薄い書が挟まっているのです。
私とて乙女ですので、男性からその様な嬉しい、……じゃなくて恥ずかしい書を頂く訳にはいかないのですが、巧妙に隠されているので分からないのです。
気付いた後、突っ返す訳には参りませんし。
二十歳を過ぎて独り身の私が、しかも女だらけの後宮で、これでナニをするのでしょう?
いえ、私大丈夫ですから。
間に合ってますから。
と言うか、どうして私の密やかな趣味がバレているの?
帝にもバレていたし。
一体私はどんな風に思われているの?
【天の声】……典書部。
次も頂けるかもしれないので大人しく頂いておりますが(ケホンケホン)、おかげで収集が順当に増えてきております。
五十日の調査で大体月に6冊、二ヶ月で1ダース貯まります。
【天の声】毎回じゃねーか!
頂いた一次資料は保存用として。
そして字の形まで似せた写しを作成してそれを実用用にします。
観賞用はありません。
観賞してはイケナイものですから。
そして分類分けしてマークをつけます。
どんな印かは内緒。
目録も忘れずに。
【天の声】バレていないと思っているのは本人だけだぞ。
保管用の一次資料は人の手に届かない奥深くへと仕舞い込みます。
実用用の写しは私の個人用の書箱 へと仕舞い、実用に使います。
しかしそれが拙かった……。
シマちゃんに頼んでお預かりした書を書司へ返しに行って貰ったのですが、シマちゃんが間違って持って行ったのは……そう、私の収集の入った書箱でした。
気がついた時にはもう既に手遅れでした。
想像して下さい。
自分の大切な、しかし密やかな趣味が衆人の下に晒される瞬間というものを!
穴があったら入りたいと言う表現が、大袈裟ではなく本当であることを実感出来ます。
私はそぉーっと書司へと行き、尚書の千代様にお尋ねしました。
「あのぉ〜、私の雑司女が間違った書を持って来てしまったみたいなのですが……。
間違っていない方を持ってきましたので……その〜」
「ええ、かぐやさん。
お預かりしておりますよ。
こちらがかぐやさんにお預けした書ですね。
確かに受け取りました」
「あの……その……アレですね。
間違って持ってきましたのは私の……その……」
「ええ、目を通させて頂きました。
面白い資料ですね。
少し預からせて下さい」
「え、そんな……」
「かぐやさん、アレでしょ?
帝に命じられて書の収集をやっているのですよね。
あの書にかぐやさんの字の特徴がありましたから、あれは写しなのでしょう?
原本は別に保管しているのでしょう?」
「ええ、……まあ、……その。
そうなのですが。
……はい、どうぞ……(シュン)」
千代様の静かな圧力と後ろめたさから首を縦に振るしかありませんでした。
ところが……。
事実上の没収かと思っていたのですが、何故か十日後に返却されました。
返却された書を調べてみましたが無くなっているものはありません。
特にお咎めもありません。
帝に薄い書を集める許可を貰っているのですから、当然と言えば当然なのですが……。
ただ何枚かにチョンチョンと墨の液滴が付いていました。
その理由が十日後に分かりました。
もう一人の典書、玉様に言われたのです。
「ちょっと、かぐやさん。
続編はないの?」
「え?」
「後宮に出回っている枕本の原本はかぐやさんの蔵書でしょ?
続きはないの?」
「……え?」
「何を惚けているのよ?!」
「ど、ど、どうしてそうなっているの?」
「千代様に言われて、書司総出で枕本の写しをしたのよ。
一冊は帝にも献上したの。
もう大変だったのだから」
ボーゼン。
「で、どうなの!
続編はあるの?」
「続編は御座いません。
あれで全部です。
本当です。
勘弁して下さい」
「あら、かぐやさん。
明日、忌部氏様の宮に行くのでしょ?
またお願いするわね。
後宮って刺激がないところだから皆さん夢中なの。
助かりましたわ」
千代様、何気によくご存知です。
「じゃあ、明日持ってきて下さいね。
私が責任を持って書写します」
そして玉様は前のめり過ぎる。
「あ、いえ。
これは私の仕事ですので……」
「かぐやさんってお高く止まっている方だと思っていましたが、随分と面白いことをなさっていたのですね。
私も是非お手伝いさせて頂きますわ」
「ええ、その……宜しくお願いします」
こうして後宮では私の密やかな趣味は、同士を得て、まるで毎週月曜日のコンビニみたいに少年誌の発売日を待つ読者で溢れる事になりました。
「かぐやはこの様なこともやっておったのじゃの。
この書を読むとドキドキするのじゃ。
また次の書も楽しみにしておるぞ」
当然の如く、鸕野様にもバレております。
穴があったら入りますので、蓋をして、埋めて欲しい。
シクシクシクシク。
追伸.
出回った薄い書の中に百合が混じっていなくてよかったです。
女性だらけの後宮でそんなものが流行になったら……。
ブルルルル。
飛鳥時代に枕本は無かったと思いますが、ちょうど良い単語が無かったので、便宜上、枕本という表現を使わせて頂きました。
春本、エロ本、同人誌、……どれもしっくりきません。
どうして主人公の趣味がバレていったのかは別の機会に。
まあ、おおかた予想通りなのですが……。




