宮中行事あれこれ
ここのところストーリーが停滞気味でしたので、少し駆け足で話を進めます。
月に半分、鸕野皇女様がお越しになることになりました。
すっかり私の授業をお気に召して頂けたみたいです。
光栄な事ですが、プレッシャーでもあります。
何せ将来の偉人ですから。
季節は梅雨、水無月です。
水無月の晦日、つまり六月三十日は宮中行事として夏越の祓えがあります。
娯楽の少ない高宮の中ですので、皆さん楽しみにしております。
お食事もいつもと違うとか?(シマちゃん情報)
私が後宮に入ってまだ半年。
それらしい宮中行事といえば正月と春分と今度の大祓え、つまり夏越の祓えです。
そう言えば、皆んなで竹を持ってお尻を叩くイベントがあった様な?
無礼講とは言え、帝や太后様のお尻を叩く強者はおりません。
私自身が迂闊に竹を持つと、うっかり竹を黄金に変えてしまいそうなので自重しました。
このチートだけはバレたら大変です。
黄金は人を変えてしまいますから。
以前にも触れましたが、現代の七夕とは少し趣は違いますが織女と牽牛の伝説を祝って『乞巧奠』が催されます。
主役は織姫を信望する縫司の方々ですね。
唐から輸入された祀りで、言ってみればクリスマスやバレンタインデーみたいなものですね。
Happy Tanabatta !
夏になるとお盆の風習がこの時代すでにある事に驚く様なホッとする様な、妙な気持ちになります。
ただし、この時代はお盆と言わず『盂蘭盆会』と言い、先祖を敬うのは同じです。
つまり……表盆があるの?
【天の声の解説】サンスクリット語の「ウラバンナ」が語源であり、裏盆という意味では無い。
秋になると神嘗祭と新嘗祭があります。
日本では実りの秋の収穫を祝して十一月に新嘗祭を執り行いますが、古来から現代に至るまでずっと催されている大切な行事です。
その二ヶ月前の九月に伊勢神宮で催されるのが神嘗祭で、歴とした神事です。
私は知らなかったのですが、帝は伊勢神宮には参拝されないのですね。
現代では天皇陛下が伊勢神宮をご参拝される事に何の違和感を感じませんが、帝の氏神である天照大御神様をお祀りする伊勢神宮に参拝されないというのは意外でした。
話は逸れましたが、その伊勢神宮に帝は奉幣使を使いに出すのだそうです。
水戸黄門にも出てくる人ですね。
【天の声】それは八兵衛。
そして明けて新年。
新年を祝うのはいつの時代も同じです。
仕方がないので今年も舞って、ピカピカと光らせました。
これが宮中行事になったらどうしましょう?
これで私もいよいよ二十歳です。
実を言うとこの時代で二十歳の独身女はかなり肩身が狭かったりします。
「別にいいじゃろ。
あと五、六年すれば建が嫁に迎えるじゃろうし」
と帝は言います。
「妾が娶ってやるから、このままでいいのじゃ。
かぐやに求婚する者がおったら妾が蹴散らしてやる」
と鸕野様は本気か噓か分からない事を言っております。
ついでに建クンに聞いてみました。
「……ん」
どうやら私を娶る気でいるみたいです。
だけど私を娶るためには、火鼠の皮衣が必要だからね。
仏の御石の鉢でもいいよ。
燕の子安貝と龍の首の珠は危険だからダメ。
それに蓬莱山の玉の枝は、唐に渡った真人くんへの宿題だから。
そう言えば、真人クン、元気にしているかな?
◇◇◇◇◇
この頃になると鸕野様は後宮にほぼ常駐する様になりました。
皇女様なので後宮でなくて構わないのですが、全く意に介さないご様子です。
授業も一部は中学生レベルまで進んでおります。
たった半年ですごい進歩です。
やはり後世に名を残す偉人は頭の出来が違います。
中でも社会科に強い関心を持つのも将来の施政者らしさが見え隠れします。
ダメ元で貨幣経済について話をしてみたところ、私の知っているレベルをあっさりとクリアしてしまいました。
本当にすごい超お嬢様です。
これで十三歳、現代でいえば小学生なのに……。
ただし歌の授業だけは私には手に負えません。
将来、名歌を残す鸕野様の歌の指導なんて私には出来ません。
と言うか邪魔にしかなりません。
そこで額田様に文を出して歌の師範をお願い出来ないかお伺いを出したところ、快諾して頂きました。
表向き、額田様は鸕野様にとって父親のお妃、つまり義理の母に当たります。
でも実際は、実父が叔父から妃(遠縁の叔母)を略奪して義母になった方です。
ギスギスしても不思議ではないのですが、そこは額田様の明るい性格と思慮深さに助けられております。
私は皇太子様の縄張りに入るのが怖いので同行できませんが、間人太后様にご同行をお願いして鸕野様が行くついでにエステもお願いしておきました。
「ふぉぉぉぉ、かぐやよ。
なんて素敵な場所なんじゃ。
妾は天にも昇る気分じゃった。
かぐやはあの様な施設も作っておったのだな。
妾にも作って欲しいぞ」
帰って来るなり、鸕野様は上気した頬を赤く染めて大満足なご様子でした。
「お気に召しまして何よりに御座います。
額田様の歌のご指導は如何でしたか?」
「おお、額田様は美しくてお優しい方じゃった。
妾の歌を褒めてくれたのじゃ」
がーん!
私は落第点だったのに……。
(※第285話『武闘派かぐや姫』ご参照)
ここでも鸕野様のハイスペックな能力に打ちのめされました。
燃え尽きたぜ……真っ白にな。
亀さんもシマちゃんもだいぶ雑司女としての仕事が板についてきたし、私の采女としての仕事も充実しております。
建クンもスクスクと育っております。
こんな変哲のない平和な日が続くといいな……と思ったのが間違いなのでしょうか?
◇◇◇◇◇
ある日、鸕野様宛に木簡が届きました。
皇太子様からです。
『些細な事であるが、ひとまず鸕野に話がある。
かぐやと共に川原宮へと参れ』
やな予感しかしません。
しかし拒否権はありません。
私も、鸕野様もです。
身支度をして、岡本宮から少し離れた川原宮へと歩いて行きます。
文面からすれば、鸕野様に用事がある書き方です。
しかし、額田様の例もあります。
また巻き込まれる可能性も大いにあります。
そして未来を知る私には一つの予感じみたものもあります。
「鸕野よ、久しぶりだな。
元気にしていたか?」
ご機嫌モードの中大兄皇子が話し掛けてきます。
横には中臣様が座っております。
「お父上におきましてはご機嫌麗しゅう御座います。
おかげをもちまして、健勝そのものに御座います」
「はははは、あまり会ってやれぬが私は父親だ。
家臣が口を聞く様な口調で話さずとも良い。
それはそうと、かぐやよ。
鸕野に教えを説いていると聞いた。
其方の事だ、面白い事を学んでいる事であろう。
鸕野に代わって礼を言う」
「勿体無い言葉に御座います」
「ところで鸕野の学習の具合はどうだ?」
「頭脳明晰な鸕野様へは、私がお教えする事も残り少なくなっている程に大変優秀に御座います」
かなり本気ですが、傍目にはお世辞にしか聞こえないでしょう。
「そうか。そんなにか。
ならば何処に出しても恥ずかしくはないな」
「鸕野様に恥ずかしい所は全く御座いません」
「それは良いな。
ならば心配はあるまい。
鸕野よ。
其方は我が弟、大海人皇子の妃となれ」
……予感が的中してしまいました。
(つづきます)




