宴、初日(2)・・・くじ引き大会
文中に出てくる和琴(倭琴)は、埴輪にある楽器をイメージしました。
音は現代に伝わる和琴のつもりです。
私が詠んだ歌などお構いなく、参加された皆さんは歌を詠み合いました。
現代で言うラップバトルみたいなものかしら?
ヨー♪ ヨー♪
歌合せは1時間以上、どこなく緊迫した雰囲気で続きました。
部屋のあちらこちらでは、高度な神経戦について行けなくて舟を漕いでいる方が見られます。
私も眠気に任せられたら良かったのですが、宴の主役という立場で居眠りするのはさすがに体裁が宜しくありません。
それに……自分は自意識過剰ではないと思っているのですが、会場に皆さんからの視線を感じるのです。
欠伸が出そうになる度に扇子で口元を隠して、欠伸を噛み潰して誤魔化します。
持ってて良かった♪
ひとまず、休憩タイム。秋田様も大役を果たされて、ホッとした様子です。
氏上様がずっと後ろに控えていたのですからね。
会社の創業記念式典で私も似たような経験をしましたので、気持ちはよく分かります。
ちなみに詩歌とは、詩が漢詩のことを言い、歌が和歌のことを言います。今回は和歌が大いに盛り上がってしまったみたいで、歌だけで時間切でした。
……あ、秋田様がいらっしゃいました。
「姫様、見事な歌でした」
「ありがと。私が歌を詠うとは思わなかった(怨)」
「はっはっは、姫様ならきっと大丈夫だと思いましたので安心して任せられました」
「買い被りすぎ」
すると秋田様は皆さんに配った扇子を見せながら……
「この扇子は姫様がお配りになったものですよね?
他の方にも姫様から頂いた扇子を見せて貰いましたが、どの歌も私が姫に教えた事のない歌ばかりでした。……という事はこれは姫様の歌ですよね?
これほどの見事な歌を詠む歌人は京にもそうそうおりません。
本日の歌合せの出席者は、姫様がご覧になっている中で歌を詠うのですから、とても緊張している様子でしたよ。
姫様が扇子でお顔を隠すたびにどの様なお顔をされているのかと、詠み人はビクビクしておりました。
おかげでいつにもなく緊迫した歌合せでした」
がーん。ああぁ、やってしまいました。
扇子に書いた歌は千年以上経っても色褪せない名作なのでした。
そんなのを幼女がスラスラと書いてしまったらそりゃあ驚きますよね。
こうなったら恥も外聞も捨ててお願いするしかありません。
「あのぉ〜。扇子に書いた歌、秋田様が知らない歌ばかりなのは秋田様しか知らない、ですか?」
「は?……まあ、そうですね。当たり前ですが、その通りです」
「歌は全て読み人知らずの名も無き歌、という事で。流石に心苦しい」
「そうですか………
分かりました。姫様がそういうのであればその様にします。
歌につきましてはまたお話しさせて下さいね」
「ありがと」
先ほどまで絶対にやろうと思っていた、生え際後退の光の玉を当てるのを止めますから、本当にお願いです。
それにしてもやる事なす事裏目に出ている様な気がします。
気を付けないと、無自覚系主人公になってしまそうで怖いです。
くわばらくわばら。
【天の声】手遅れだと思うが……くわばらって言うアラサーを初めて見るぞ。
けほんけほん、風邪かしら?
熱が出たら舞が中止にならないかしら?
そう言えば、楽隊の中でも咳やくしゃみをしている人がいましたから流行っているのかも知れません。
◇◇◇◇◇
この後はくじ引き大会、楽隊の皆さんによる演奏、そして屋外舞台で巫女舞という段取りです。
くじ引き大会は演奏前の空き時間を使って催されます。秋田様に提案した時はキョトンとされましたが、扇子販売の販促活動を兼ねているので、譲るつもりは絶対にありません。
それではくじ引き大会を始めましょう。
不本意ではありますが、くじ引きがどんなモノであるか分かる人がおりませんので私が助手です。
しかし主役が取り仕切るのは差し出がましいので、歌合せに続いて秋田様が司会進行です。
まずは私の苦手な長文でのご挨拶です。
「此度は私の様な未熟な者のためにこれほどの方々にいらして頂きました事を心から感謝致します。
本来ならばお越しになられた皆様全てにお渡しする事が宜しいのですが、少量しか入手できぬ貴重な品ゆえ、くじ引きにて取り決めたいと思います。
ただ皆さん全員にくじを引く遑は勿体のうございます故、ここは忌部首(いんべのおびとの氏上様であらせられます首子麻呂様にくじを引いて頂き、当選された方に景品として差し上げます」
これは無茶振りではなく、氏上様がいらした時に予め話を通してあります。
意外にも氏上様はこの様な試みを楽しんでいらっしゃるみたいでした。
神社でもやってみたいと仰るので、御神籤システムを紹介しました。
百円で大吉、中吉、小吉、吉、凶、大凶をランラムで引き当てる運試し。
何故か引かずにはいられませんものね。紙が高価なので、おみくじ箋よりも番号の入ったみくじ棒を引いて番号に相当する札と交換する元三大師おみくじ方式がいいでしょう。
……とアドバイスしておきました。
【天の声】それが無自覚系だっつーのっ!
結論から申しますと、くじ引き大会は大盛り上がりのうちに終了しました。
三本の装飾を施した豪華版の扇子を巡って、大の大人が本気で喜んだり、まるで人生の終わりであるかの如く悔しがったりしました。
こんな娯楽の少ない人たちに麻雀なぞを教えたら、きっと身の破滅までのめり込みそう。
勝負の後は骨も残らない人達ですね。
さて、くじ引き大会の熱気を残したまま、演奏の準備です。
寒空の下での演奏は辛いので、演奏はお屋敷の一番広い部屋と通しの間の戸を引き払って、大広間にして演奏します。
何てったって千人が屋根の上に登れるお屋敷ですので、広さと丈夫さには自信があります。
私はその後の舞の準備がありますのであまりのんびりとはできません。
舞っている途中でお花摘みは出来ませんから、今のうちに小用を済ませて音楽鑑賞に臨みます。
オープニングでは飛鳥時代版のオーケストラでしたが、ここでは独奏会みたいな雰囲気です。
この時代の琴、和琴は現代でイメージする琴よりも小さく、膝の上に乗せて奏でます。
琴のピン!ピン!という音よりも少し野太い感じですね。
素朴ながら自然と一体になる事を意図した旋律は心地良く、やはりここは日本なのだと感じます。
笛と鼓と鍾による演奏は古代の息吹きを感じる演奏です。
自分の中で何処か古代と侮っていた演奏は、長い年月を経て十分に洗練された芸術であると認識を新たにするものでした。
生演奏で聞く音楽の奏ではやはり素晴らしいものですね。
神道が二千年以上に渡って廃れなかった理由が分かった様な気がしました。
しかしこれでお終い……となればどんなに良かった事か。
管絃の集いも終わり、本日の〆となる舞の番です。
演目は三差し、ラストが私です。
現代の暦なら立春を過ぎる頃ですが、まだまだ陽が落ちるのも早く、外は薄暗くなっています。
舞台を照らす松明の炎の揺らぎとパチパチ音が神秘化を醸し出します。
最初の演目は二人舞。舞台に上がる所作に厳かさを上乗せして入場です。
稽古を重ねて息ぴったりにシンクロした舞は正に芸術的です。
音楽との相乗効果で神秘さも倍プッシュです!
現代での巫女舞はどちらかと言えば形骸化したものが少なくなく、芸術としての舞は日本舞踊などの専門家に委ねられています。
ですがここにいる巫女さん達は神事が生業であり、舞を以って神事を司る専門分野《プロ中のプロ》の方々です。
まして忌部氏の氏子さんとなれば日本でも指折りの奉納の舞ですから、見事なのは当然ですね。
現代の古文書で読んだ『舞』の一言がここまで奥深いものだったと考えますと、感慨深いものがあります。
次の次に自分の順番さえ無ければ………。
後に控える私へのプレッシャーも、嫌が上にも膨れ上がってきます。
興奮鎮静、 精神統一、 明鏡止水〜!
チューン! チューン! チューーン!
(つづきます)
音楽はやはりライブが一番ですね。
……と知った風な事を言ってみたりしましたが、作者は生演奏を数年来聴いてないです。
<(_ _)> ごめんなさい。