【幕間】お転婆皇女の冒険・・・(5)
やっと登場しました。
とある皇女様の冒険譚です。
妾は即位した斉明帝の孫で、皇女じゃ。
実父に呼ばれ参加した即位の儀で、かぐやという神の使いと目される采女の舞を観たのじゃ。
讚良へと帰る道中、実父の腹心・中臣鎌足殿と同行と相成ったのじゃが、かぐやを腹心にしようとするには、妾の実力も実績も全然足りていないと諭された。
妾はその言葉を胸に、山向こうの当麻豊浜殿に師事し、自己研鑽に励む事になったのじゃた。
◇◇◇◇◇
「さて、皇女殿よ。
某に何の知恵を望む?」
いきなりの当麻殿からの質問状じゃ。
「妾には配下にしたい者がおる。
その者の能力はとても高く、妾には釣り合わぬと言われたのじゃ。
釣り合うためには妾がもっと能力をつけよと言われたのじゃ。
妾はその能力が欲しいのじゃ」
「なるほど。
それは良い心掛けかと存じます。
我々帝の血を宿すものは、その血筋にしか価値を見出さぬ者が多過ぎる。
血筋に溺れず、自身を高める。
それこそがまさに正道かと思います。
しかし私の知識は仏教に偏っておりますため、仏の訓えを学ぶ事で徳を高め、主君に相応しい器を形成して頂こう。
それで宜しいかな?」
「うむ、今の妾は何が分かっておらぬのかを分かっておらぬのじゃ。
先ずは何を分からないのかを教え導いて欲しいのじゃ」
「承った」
◇◇◇◇◇
その日以来、妾は書を読み、経を写し、机に向かう日々が続いた。
三ヶ月程すると読める字が増えて、写経の字の形が手本に近くなってきた。
同時に始めたばかりの妾の字があまりに恥ずかしい事に今更ながら気付いたのじゃった。
これではかぐやにも中臣殿にも呆れられて当然であろう。
読める字が増えると、書の内容も頭に入る様になってきた。
このまま続けていけば……。
いやこのままではいつまでも追いつけぬ気がする。
中臣殿の話ではかぐやは九つの時に政について意見したと申しておったが、今の妾にはあの実父に意見するなぞ考えられぬ。
実父だって唐から帰ってきた高僧から書や経を学んだのだそうじゃ。
決して無学ではない。
このままでは埒が開かないのでは無いのか?
そんな焦りの様な気持ちが心の中に湧き上がってくるのを感じていた。
以前は焦る事すら出来なかったのじゃから、進歩と言えば進歩なのであろうが、心は穏やかではない。
そんなモヤモヤした気を晴らすため、気分転換に葛城山に登ってみた。
一人では行かせられぬと護衛付きではあったが。
麓ではなだらかだった坂道が急に険しくなり、途中で引き返す事にした。
どうやら道を間違えた様じゃ。
しかし行けども行けども元来た道へは戻れず、終いには自分が山の何処にいるかすら分からなくなった。
このままでは拙いと沢辺を探す事にした。
水は低きへと流れ、麓へと出られるはずじゃ。
じゃが、道なき道を歩き、倒木をくぐり、ひたすら歩いたが沢辺は見つからず、次第に辺りが暗くなり始めた。
このままではイカンと、護衛は私にそこを動かぬ様言い残し、一人先へと進んだ。
取り残された妾は心細くはあったが、気を張って薄暗い山の中で一人じっとしていた。
……どれくらい経ったであろうか?
暗闇の中に光が見えた。
妾は慌てて、精一杯の声を出した。
「おーい、ここじゃここじゃ。
妾はここにおるぞー!」
すると光はだんだんと此方へと近づいてきた。
よく見るとその光は松明の炎の様じゃ。
じゃがその松明の持ち主は何とも不審な男じゃった。
「お主が当麻殿の客人か?」
「そうじゃ」
「……ったく、低い山だからと舐めてかかるからこの様になるのだ」
「舐めた訳ではない。
道を間違えて分からなくなっただけじゃ」
「それを舐めていると言うのだ。
とりあえずこの暗闇を松明一つで下山するのは難しい。
お主は気付いておらん様だが、かなり山頂に近い場所にいる」
「そうじゃったのか?」
「だから山頂付近に小屋がある。
僅かだが備蓄もある。
そこへ行くぞ」
「心得たのじゃ」
不機嫌そうな男と共に、暗い山道を上へと進んだ。
正直面白くはないが、助けに参った者に文句を言うほど妾は子供ではないのじゃ。
暫く歩くと小屋が見えてきた。
小屋というより、屋根だけの雨避けみたいなものじゃった。
しかし何もない場所に比べれば遥かにマシじゃ。
「先ずは助けてくれた事に礼を言うのじゃ」
「ああ、気にするな。
当麻殿には世話になっている。
それに私以上にこの山に詳しい者はおらぬ」
「其方はこの山で狩りでもしているのか?」
「いや、私は僧侶だ」
「はぁ?
こんな僧侶がいるのかや?」
心底驚いて皇女らしからぬ声が出てしもうた。
「失礼な童女だな。
寺で経を唱えるだけで有り難るのならそうすれば良い。
私は山を御神体とし、山に入り、経を唱えておるのだ」
「それで何が得られるのかや?」
「自分を追い詰め、自分の中の余計なものを削ぎ落とす。
澄んだ気持ちで経を読む事でこの三千世界と同化するのだ」
「それは気のせいじゃないのかえ?」
「悟りを開かぬ者に悟りを開いた者の気持ちは理解できぬのだ。
理解できるのは悟りを開いた者だけだ」
「まるで己が自身が悟りを開いた様な言い方じゃの?」
「ふん、言ってろ。
お主こそ迷いが目に現れているぞ」
男のこの一言に何故か図星を突かれた様な気になったのじゃった。
「うるさい!
妾とて人並みに悩んで、それでも励んでいるのじゃ。
例え目的が遥か先にあろうと諦めるつもりは更々無いのじゃ!」
「目的に向かって邁進することを私は否定しない。
しかしやるからには徹底してやれ。
迷うな!
山登りも迷った結果がこれだ。
山頂を見据えて、全てを賭けるつもりでやるのだ。
少なくとも今の私はそうしておる」
「何故、其方は分かったかの様に言うのじゃ?
ものすごく腹が立つのじゃ」
「それはな……神仙の持つ力とでも思えばいい」
「当てずっぽうだと言えば良かろうに」
話をしているうちに、何故かこの怪しげな男に対して親しみを覚えてくる。
同時に遠慮無くなって、言いたい事が口からポンポンと飛び出してくるのじゃった。
「いいか。
一日を無駄に過ごす事は誰にでも出来る。
一日を充実させる事もそれなり頑張ればどうにかなる。
しかし毎日を修行に明け暮れるには、半端な気持ちでは出来ぬのだ。
私にはそれができる精神がある。
故に其方の様な小娘の考えなどお見通しなのだよ」
「何か裏がありそうじゃの。
そうして信者を集めて贅沢な暮らしをしておりはせぬのか?」
「全く。
助けるのではなかったわ」
「あはははは」
「ふ……、笑っているその表情は可愛らしい童女なのだがな」
「妾は普通にしておっても可憐な女子じゃ。
子供扱いするな」
「では夜明けまだ長い。
可憐な女子が何を為したいか聞いてやろう」
「何故、其方になぞに教えねばならぬのじゃ?」
「逆に聞くが、それを身近な者に聞けるのか?
もしかしたら見ず知らずの私の方が正孔を得た答えを用意できるかも知れぬぞ」
「うう……む。
妾は信頼のおける家臣が欲しいのじゃ」
「そんなものその辺に居らぬのか?」
「妾が望むのはその辺の有象未曾有ではない。
妾は家臣に随一の能力を望むのじゃ」
「当てはあるのか?」
「是非と思うとる者はおる」
「その者には声を掛けたのか?」
「未だ出来なんだ。
その者はお祖母様の采女なのじゃ」
「!?」
「どうしたのじゃ?」
「いや……、ひょっとして其方はとんでもない事を考えておらぬか?」
「とんでもないとは思うておらぬ。
しかし妾が不釣り合いと言われるのが悔しいのじゃ」
「なるほどな……確かに」
「何じゃ、其方も妾の能力不足と言うのか?」
「そうではない。
しかし並大抵ではないよな?」
「そうじゃ。
それ故に当麻殿に師事し、学んでおるのじゃ。
しかし時々どうすれば良いのか分からなくなる事があるのじゃ」
「なるほどな。
……ではこうゆうのはどうだ?
いっそのことその采女に師事してみるというのは?」
「は?」
「おそらくその采女とやらの能力の底が見えない事が、其方の焦りの元になっている様に思う。
ならば懐に飛び込んでしまった方が近道ではないか?」
「……そうか。
妾は釣り合わないと言われて以来、釣り合えばどうになるとばかり考えておった」
「采女というのは後宮で何かしらの仕事を持っているという事だ。
その仕事に合わせて、取り成て貰う事を考えてみてはどうか?」
「其方は悪巧みを考えるのが上手くないか?」
「何を言うか。
ここまで親身になって考えてやる者なぞ他に居らぬぞ」
「先ずは礼を言うのじゃ。
おかげで迷いが吹っ切れた。
ところで其方は何者なのじゃ?」
「普通は一番最初に聞く者だがな。
山を御神体とし、山で修行するしがない一僧侶だ。
童女とはいえ、見知らぬ男と一夜を共にしたと言うのは都合が悪かろう。
だから明日の朝、たまたま其方を見つけて共に下山する。
そうゆう事にしておけ」
「心遣い感謝する。
では妾も何処の誰とは言わぬ。
次会うことがあったとしても初対面と言うことじゃな?」
「そうだ。
聞き分けの良い童女は好かれるぞ」
「むふー!
妾は可憐な女子じゃ!」
「ははははは。
次に会う初対面の時までにはそうなっているのを期待してるぞ」
こうして妾はその者と共に無事、山を下りた。
そしてその翌年、予期せぬ『初対面』が待っていた。
(あと一回、つづくのじゃ)
時期的、タイミング的には第249話『【幕間】小角の観察眼・・・(3)』から第253話『生駒山の鬼の正体?』前後でのお話です。
つまり文中の”怪しい男”は、この時既に主人公との相識があります。




