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【幕間】お転婆皇女の冒険・・・(4)

この時は讃岐国造騒動の前のお話なので、お爺さんの竹取の翁はまだ国造でした。

 とある皇女様の冒険譚です。


 妾は即位した斉明帝の孫で、皇女じゃ。

 長らく顔を見ておらぬ実父に呼ばれ、即位の儀へと参った。

 即位の儀で神の使いらしき光る人間を呼び、(みやこ)中の評判となったあのかぐやという采女に会いたかったが願いは叶わず、讚良(さらら)へと帰ることになった。

 しかしその道中、たまたま同じ方向へと向かう実父の腹心・中臣鎌足殿と同行することになった。

 これが親切心からであると思う程、妾が純真で無いのは残念なことじゃ。


 ◇◇◇◇◇


「皇女様、此度飛鳥をお楽しみ頂けましたか?」


 馬を並べて歩かせて進む中臣殿から唐突に質問された。


「そうじゃな……、とても有益であった。

 長らく会えなかった父上にご挨拶できたし、姉上にも会えたからの」


「皇女様はお父上の事は覚えていらっしゃったのでしょうか?」


「いや、妾が物心ついてから何度か会ったらしいが覚えてはおらぬ。

 先の面会が妾にとって初めて会った様なものじゃ」


「すると姉君とも?」


「おそらく妾が赤子の時に母上が亡くなって以来、一度も会っておらぬはずじゃ」


「肉親が誰もおらず一人きりと言うのは、些か寂しくは御座いませんでしたか?」


「養父の馬飼殿は本当の肉親の様に接してくれたから、妾が孤独を感じる事はなかったのじゃ。

 それに馬もたくさんおったし、この馬なぞは妾と姉弟同様なのじゃよ。

 馬とは気持ちが通じ合えるのじゃ。

 中臣殿の馬も中臣殿と強い信頼を感じるぞ」


「そうですな。

 馬は私の数少ない楽しみです。

 馬は良いものですな。

 何より私の信頼に必ず応えてくれる」


「まるで中臣殿は人よりも馬の方が信頼できると言わんがばかりじゃな」


「人が人を裏切る事はさして珍しくありませんが、馬が裏切る事はございません故に」


「中臣殿をは父上を裏切る事はあり得るのかえ?」


「まさか。考えた事すら御座いません」


「人の心は虚ろい易きものじゃ。

 根拠のない噂話でコロコロと変わる。

 父上はそうゆう点で損をしておらぬか?」


「固い信念があれば、多少の揺らぎなどに惑わされは致しませぬ」


「固いのは良いが、独善では困るぞ」


「厳しいご意見に御座いますな」


「見たところ父上に意見出来るのは中臣殿以外おらぬのではないかと心配でな」


「皇子様は簡単に意見を翻せる立場には御座いません。

 目的は遥か遠く例え周りに理解されなくとも、私だけは最後の一人となり皇子様をお支え致します。

 ご心配なさらずに」


「そうかえ。

 父上は中臣殿の様な盟友を持って果報者じゃな」


「皇女様にもきっと信のおける者が現れます」


「この馬よりもか?」


「ええ」


「それは楽しみじゃな。

 ところで即位の儀で注目を集めた巫女がおったであろう。

 あの者とは是非話をしたいと思うとる。

 中臣殿に伝手はあるかえ?」


「彼女は後宮の采女として帝に仕える身です。

 私よりも皇女様の祖母にあたる帝にお尋ねする方が宜しいかと存じます」


「祖母とは一度も目通しした事はないのじゃ。

 一度も目にした事がない孫娘が突然やってきて、帝の釆女に会わせよと申しても失礼じゃろ?」


「そうかも知れません。

 しかしそこまでして会ったところで、実物の彼女をご覧になりがっかりするかも知れませんぞ」


「ほう、もしかしてあの巫女を知っておるのかや?

 知っておるのなら是非教えてたも」


「いえ、話せる程の事は御座いませぬ」


「それは妾が判断する事じゃ。

 何でも良い」


「そうですな……、名を赫夜(かぐや)と言い、(みやこ)から離れた讃岐国造(さぬきくにのみやっこ)の娘です」


「人となりはどうなのじゃ?

 神の使いに相応しき天女なのか、人を欺く悪女なのか、どうなのじゃ?」


「人を欺く悪女には程遠いと思われます。

 しかし天女と言うには……あまりに自分の欲に忠実な女子(おなご)に思えます」


「そうなのか?

 随分と俗っぽい神の使いなのじゃの」


「かぐやは自らを神の使いだとは申していないはずです。

 摩訶不思議なところは御座いますが」


「摩訶不思議とは?」


「即位の儀のあれもそうですが、卓越した知識の持ち主であります。

 ですが当の本人は妙に自己評価が低く、自分をしがない国造の娘に過ぎないと申す始末です」


「それはまた、即位の儀での神懸かりな雰囲気とは随分とかけ離れておるな。

 もう少し威張っても良かろうに」


「おかげで要らぬ苦労を背負う羽目になり、周りは苦労が絶えず、今に至っている訳です」


 何故か、かぐやの事を話す中臣殿の雰囲気は柔らかい。


「なるほどのう。

 よく分かった」


「左様にございますか?」


「ふむ、かぐやという采女は中臣殿を惑わすほどの女子であると分かった」


「ブッ!」


「どうした?

 咳とくしゃみを一緒にしたみたいじゃぞ?」


「恐れながら、私は惑うてはおりませぬ。

 単に振り回されておるだけです」


 これまで冷静だった中臣殿からは考えられぬほどの狼狽が感じられる。


「内臣の中臣殿を振り回せる娘なぞそうはおるまいて。

 振り回すだけの何かがあろう」


「不可思議なほど能力が高い娘ゆえ、味方にすればこの上なく頼もしく、敵に回ればこの上なく厄介な相手ですので」


「なるほどのう。

 単に光る人を呼ぶだけではない訳か。

 もし妾が信のおける盟友を得るのならもってこいじゃと思わぬか?」


「それにつきましては返答致しかねます。

 馬が優れていても乗り手が凡庸ならば、駿馬と言えども実力を発揮出来ません。

 優秀な乗り手であっても駄馬は駄馬でしか御座いません」


「中臣殿は妾が乗り手として実力が不足しておると言うのか?」


「お気を悪くされましたら謝罪いたします。

 ですがかぐやは八つの時には領地の改革に取り組み、領民から多大な感謝を集めております。

 九つの時には皇女様のお父上へ、政について意見を具申するほどの知力を示しました。

 今は亡き左大臣・阿部内麻呂殿ですら、一目を置くほどです。

 翻って当時のかぐやよりも年上の皇女様は何か致しましたでしょうか?

 何か研鑽に励まれておりますでしょうか?」


「ううっ、それは……」


 これまで馬と戯れる毎日を送ってきた妾には答えづらい質問じゃ。


「この短い会話の中でも皇女様の優れた才の片鱗は見えます。

 しかしその才能も磨かなければ、(たから)の持ち腐れに御座います。

 皇女様のお父上は若き頃より自己研鑽に励み、国を憂い、不可能と思われていた改新に身を削って取り組まれておりますぞ」


 中臣殿の言葉の端端に実父に対する高い評価が透けて見える。


「自己研鑽とは何をすれば良いのじゃ?」


「様々な事に挑む事かと。

 書を読み、それを実践し、身体と心を鍛える。

 道は一つでは御座いません。

 しかし良き師に出会えれば、道は開けるかと思います」


「中臣殿は妾の様な童子(こども)にも容赦ないのう」


「私は無能な者に何も言いません。

 皇女様が優れた才があると思うからこそ、忌憚のない意見を申しておるのです」


「妾は女子(おなご)じゃぞ」


「かぐやも女子です」


「本当に容赦がないのう。

 じゃがそこまで申してくれる者は実父を含め、これまで誰もおらなんだ。

 中臣殿の意見、有り難く受けようぞ」


 ここまで言われて何見せぬのは妾も悔しい。

 次に会う時には中臣殿を見返す気持ちで言った。


「寛大なお言葉、痛み入ります」


 ◇◇◇◇◇


 こうして中臣殿と別れ、讚良(さらら)へと帰った。

 以来、妾は書に没頭する日々を過ごしたが、これで良いのか思い悩む毎日じゃった。

 そこで山向こうの当麻豊浜(たいまのとよはま)殿に教えを乞う事にした。

 豊浜殿のお父君は帝の家系に連なる皇子であるが、妾との血縁という意味では五代前の祖先が同じお方である程度で、殆ど赤の他人に近い。

 しかし妾の周りには教養を兼ね備えた知識人というのは限られておった。

 遠い伝手を頼り、妾は豊浜殿の元へ厄介になったのじゃった。


 しかし、この時。

 妾は豊浜殿に面妖な知り合いがいるとは露とも知らずにいた。



(まだまだつづくのじゃ)


中臣鎌足の死因は、鎌足の墓とされる阿武山古墳の被葬者に骨折の痕があった事から、落馬による怪我から来る感染症ではないかという説があります。


そこから拙作では、鎌足イコール馬好きキャラに(勝手に)しております。


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