かぐや先生の個人授業・・・(4)
♪ ガンバ ガンバ ガンガンガンバ ♪
義覚様のお話を根気よく聞いていくと、今の飛鳥に勢力を持つ者達は海を渡り、畿内へと攻め入った様子が伺えました。
それにしても……
「これ、そこの破壊僧。
其方が喰うた菓子の数が妾より多いぞ」
「じゃじゃ馬はその辺の草でも食べておれば良かろう。
そもそもこれは我らに出された物だ」
「幼気な童女に菓子を分け与える気にはならぬのか?
それとも山に籠り、遠慮も知能も山猿並みになってしまったのかえ?」
「幼気とは見掛けと中身が伴ってから言うものだ。
もう少し可愛げを身に付けてから言え」
出された焼菓子を巡ってバチバチやり合っています。
もちろん皇女様にもお出ししましたが、あっさりと平らげてしまいました。
で、この様な有様です。
きっとこの二人、前世では暴君竜と三角竜として命懸けで戦った仇敵同士ではないでしょうか?
はたまた都会に棲むドブネズミとノロイ島の白いイタチだったとか?
【天の声】読者を置き去りにするんじゃありません!
始終申し訳なさげな義覚様に、私は申し訳ない気持ちでいっぱいです。
本当にごめんなさい。
◇◇◇◇◇
さて、いつもでしたら夕餉まで忌部氏の宮で過ごすのですが、鸕野皇女様が本日お帰りのご予定です。
残る科目は理科、生活、体育。
生活は今回の調査で代用するとして(代用になってる?)、次は理科の授業です。
幸いにして、忌部氏の宮には衣通ちゃんが設置した日時計があります。
(※第87話『【幕間】衣通の回顧(7)』ご参照下さい。
いわゆる半球面型日時計です)
これを使ってお勉強しましょう。
「鸕野様、これが日時計に御座います。
忌部氏の姫君が考案した珍しい形の日時計です」
つい友人自慢が入ってしまいます。
「ほう、日時計とやらは目にした事があるが、これは全然違おとるな。
これがどの様に役に立つのかや」
「真ん中にある真鍮の小さな球がありますが、今ここの部分に影が落ちています。
もう直ぐ夏至なので、お椀に描かれておりますこの線に近い所に影が落ちております。
ところで一年を通して陽の高さが異なる事はご存知でしょうか?」
「聞いては無いが、冬の影が長いと思うた事はある」
「さすがは鸕野様ですね。
冬、一年を通して一番日が短い冬至の日は、お椀のこの線の上を影が通ります。
この線に影ができる事を想像して、今のお日様の高さと比べて下さい」
「全然気が付かなんだが、こうして見ると随分と違うものじゃの」
「はい、この陽の高さは地上に降り注ぐ光の強さにも関わります。
夏は陽が高く、ほとんど真上から陽の光が降り注ぎます。
ところが冬の陽は低く、地面に降り注ぐ光は夏の夕刻と差がありません。
これが夏暑く、冬は寒い所以となります」
「つまり、お日様が忙しなく動かなかったら、一年中春みたいだったという事か?」
「そうかも知れません。
しかし春夏秋冬の四季があるからこそ、作物は規則正しく育ち、実りの秋を迎える事が出来るのも確かです。
作物によりましては厳しい冬を越さないと実らない作物もあるそうです」
「つまり、陽の高さが変わる事すら天の恩恵なのかや?」
「私はそう思っております。
しかし広い世界には一年中氷に閉ざされた地もあれば、一年中が夏のように暑い土地も御座います。
一年を通して木に甘い果実が何時でも成っているなんて場所もあるそうです」
「その様な場所を桃源郷と言うのか?」
「そうかも知れません。
でも私は羨ましいとは思いません」
「ひょっとしてかぐやは天の邪鬼かえ?」
「厳しい意見になってしまいますが、人という生き物は苦労のない生活を送ると向上心を失ってしまうモノです。
食べ物が足りるならたくさん収穫するための努力をせず、寒くなければ暖かく過ごすための衣類や住居に拘らなくなる訳です」
21世紀では熱帯地方の国々も豊かになりましたが、20世紀までの先進国は冬がある国だけでした。
厳しい自然と闘い、限りある食糧をめぐり隣国と争ってきた結果、科学技術が発展したからだそうです。
「かぐやは一見優しげに見えて、結構厳しい意見を言うのう。
じゃが妾もその意見には賛成じゃ。
苦しければそれを解決出来るだけの知恵を授かっているのじゃからの」
「はい、ご理解頂き有り難き事に御座います」
「それにしても今日でお終いなのは誠に残念じゃ。
次に来る時はもっとたくさん学べられる様、予定を空けておかんと」
「精一杯ご対応させて頂きます」
「最初、書を読む様言われた時には他の者と同じ事をさせられると思うたが、全然違っておったな。
こんなに学ぶ事が多いという事が分かったのが一番の収穫じゃ。
かぐやよ、本当に有り難う」
「勿体ないお言葉です。
では最後の授業、体育です。
身体を動かしましょう」
「今から山の向こうまで馬で駆けるのじゃ。
わざわざ疲れる必要も無かろう」
「身体を動かす前に行うと良い運動が御座います。
まずはやってみて下さい」
「またまたかぐやの珍妙な知恵が出てきた。
もはや多少の事では驚かんのう」
「身体を動かすというのは、筋肉を使うという事です。
しかし筋肉というのは急に動かそうとすると痛みます。
つまり怪我をするわけです。
身体を動かす前に行う運動とは、筋肉を怪我をしない様に解す運動です」
「確かに何気に寒い日に急に身体を動かすとピキッとする事があるのお」
「身体が痛む原因は様々ですが、
筋肉が切れたり、痙攣したり、あるいは骨がに異常があったり。
それらを予防するためにも、筋肉を柔らかくして、血流を促進するのが良いとされております。
建皇子様も運動前にお勧めしております運動に御座います」
「それで建も来た訳じゃな」
「ええ、一人よりもご一緒に身体を動かす方が張り合いが御座います故」
では異世界名物、ラジオ体操第一!
♪ ちゃんちゃーちゃ ちゃちゃちゃちゃ
ちゃんちゃーちゃ ちゃちゃちゃちゃ
ちゃらちゃちゃ ちゃらちゃちゃ ちゃんちゃーかちゃん ♪
「かぐやよ、本当に効果があるのかえ?」
「ご心配なら第二も御座いますが」
「いやそうゆう意味ではないのじゃが」
「では身体が温まってきたところで、筋伸ばしを致します。
私の動作を見て、真似してみて下さい」
「こうか?」
「はい。痛くなるまでやらなくても宜しいので、身体の中の血流を感じられる程度にやってみて下さい」
「うぅ〜んっ。
これは効果がありそうじゃのう。
筋がポカポカしてきた」
「この運動は長く同じ姿勢をしている時に、固まった筋肉を解すのに効果があります。
もしずっと馬に乗っていて、筋肉が硬くなったのを感じた時に小休止を取ってやってみて下さい。
気持ちも身体もスッキリします」
「かぐやはこの様な事までよう知っておるよな」
「この運動は難波に居た時、とある女性を健康にするために取り入れた運動です。
元気を取り戻したその女性は無事三つ子を出産したのですよ」
「それはまた。
効果は覿面じゃな。
妾もお零れに預かろうか」
◇◇◇◇◇
岡本宮の正門前、皇女様が颯爽と馬に跨り、最後のご挨拶です。
「これにて私の教えは一通り終わりました。
最後までお付き合い下さり誠に有り難う御座いました」
「礼を言わねばならぬのは妾の方じゃ。
こんなに楽しいとは思わなかったぞ。
次を楽しみにしておるのじゃ。
ではさらばじゃ」
鸕野様はお供の方々と共に馬を走らせ、帰って行きました。
三日間だけでしたが、賑やかな毎日でした。
また次の機会を楽しみにお待ちしております。
どうして初対面の小角と鸕野皇女の仲がここまで悪いのか?
その解答は次話にて。




