かぐや先生の個人授業・・・(3)
帝と鸕野皇女が会話すると、口調が入り乱れて、セリフを書くのに混乱します。
しかし新旧の女帝がどのような会話をしたのか想像すると、楽しくもあります。
鸕野皇女様がいらした日の夕方、帝と共に食事をご一緒する事になりました。
もちろん建クンも一緒です。
ロイヤルなお食事に私の様なド庶民がご一緒して宜しいのかとも悩みましたが、建クンの世話係であり、皇女様の家庭教師である立場上、話題提供者として私が同席するのは致し方がありません。
「鸕野や、かぐやの教えは為になりそうか?」
「お祖母様にお願いして正解でした。
かぐやの知識の広さは妾の思っていた以上で、それなのに全く楽なのも良い。
疲れる前に次の教えに移るから、苦痛を感じる間もないのじゃ」
「えらい気に入りようじゃな。
鸕野が気に入ったのなら何よりじゃ。
面白い話があれば婆ぁも聞かせてくりょ」
「はい、喜んで。
三日と言わず、次はもっとここへ来たいと思うております」
「婆ぁは一向に構わぬぞ。
馬飼殿には婆ぁから言うておこう」
「宜しくお願いします。
一旦は戻りますが、またお世話になります」
「楽しみが増えるのお。
ほっほっほっほ」
私が口を出す事なく、私の予定が埋まっていきます。
しかし建クンの健やかな成長のためにも、姉との交流はプラスになると思います。
鸕野皇女様は何気に建クンを気にかけてくれるお姉さんで、建クンが話をしない事に嫌悪感を示さない稀有な女の子です。
このようなお姉ちゃんが側に居てくれるのは私としても有難いと思っております。
「私も皇女様にお教え出来て、光栄に思います」
「かぐやはお祖母様にも妾にも口にしていることが嘘っぽくないのお」
「嘘をつくと、嘘を隠すために更に嘘を重ねます。
いずれは過去についた嘘と齟齬が生じて何処かで破綻します。
そうならないためにも嘘は付かないよう、常々気をつけております」
「かぐやは正直者ていうことかえ?」
「嘘をつかない事が必ずしも正直という訳では御座いません。
誰にでも隠し事の一つや二つ、御座いますので」
「隠し事があると正直に申す者も珍しいのお」
「はい、正直者ですので」
「ほっほっほっほ」
「ははははは」
渾身の古代ギャグは高貴な二人に大ウケでした。
「ところでこの米は真っ白で美味しいのお。
宮では毎日この様なお米を食べておるのかえ?」
「このお米は毎日建皇子に食事を提供している忌部氏にお願いして、いつもより多く提供して頂きました。
建皇子様が白いお米でしか食す事が出来ませんため、忌部氏にお願いしてご用意して頂いているのです」
「この様なお米が採れるとは忌部氏は裕福な土地を持っておるのか?」
「いえ、お米そのものは私の国許、讃岐評にて採れたお米に御座います。
農業試験場があり、様々な農作物の栽培に取り組んでおります」
「ひょっとしてかぐやは農業にも知見があるのかえ?」
「知見と申し上げるほどでは御座いませんが、国許にいた時には自ら田に入り、苗を植え、稲を刈っておりました」
「かぐやは妾なんかよりよほどお転婆ではないのかえ?」
「領民のためならいくらでもお転婆になります」
「領民のためにか?」
「ええ、少しでも食も心も豊かに過ごせる様、お米が安定してたくさん採れる方策を考えてきました。
領民が豊かに過ごす事で評造が潤うのであれば、それが最も望ましい形だと思っております」
「これこれ、食事時は学びは後にせい。
せっかくの美味しいお米なのじゃ」
「畏れ入ります」
「お米以外も美味しいの。
この白いプルプルした食べ物も醤に合って美味いのお」
「これは豆腐と呼んでおりますが、大豆をすりつぶして固めた物です。
建皇子の好物です。
お肉が苦手な建皇子には毎日でも食して頂きたく、忌部氏にお願いしております」
「何故、豆が肉と関係するのじゃ?」
「肉にたくさん含まれております滋養と同じものが豆にもたくさん含まれているからです。
身体を形作るために必要な滋養にございます。
帝にも是非お採り頂きたいと思っております」
「そうじゃな、施術所ではよくこれが出されておったな。
あれは婆ぁの身体に必要と言うておったからな」
「かぐやは食にも精通しておるのか?」
「人よりは詳しいかも知れません。
施術所を運営していた頃、妊婦でした額田様の体調管理のため様々な食材を探しました。
この豆腐もその一つです」
「はぁ〜、その様な事もやっておったのか。
博識にも程があるぞえ」
いえ、現代の常識的な知識です。
一生懸命思い出しているだけです。
「畏れ入ります」
「お祖母様、やはりかぐやにはたくさん教えて貰いたい。
すぐに出直して来るのじゃ」
「楽しみに待っておるぞ。
ほっほっほっほ」
賑やかな夕餉は帝の高笑いと共に楽しく過ぎていきました。
建クンも心なしか楽しげでした。
◇◇◇◇◇
翌日、二日目。
本日の時間割は算数、家庭、図画工作です。
一番最初に算数を持って来るあたり、自分自身算数を苦手としていて、とっとと終わらせたい気持ちが表れています。
「では、算術をお教え致します。
四則演算が出来ることをひとまずの目標にしたいと考えております」
「四則演算とはなんじゃ?」
「一と一を足すとニになります。
これが足し算、つまり加算。
逆に二つのものから一つを取り除くと一つになります。
これが引き算、つまり減算。
二つの物を三人に与えると六つ要ります。
これが掛け算、つまり乗算。
逆に六つの物を三人に分け与えると一人二つになります。
これが割り算、つまり除算。
この四つ、加減乗除が算術の基礎ですので、これを使いこなせる様慣れて頂きたいと思います」
「面倒臭そうじゃのう」
「申し訳ございません。
これは人により得手不得手が御座います。
私は不得手でしたので、上手にお教えする自信が御座いません」
「かぐやにも不得手があるんじゃの」
「むしろ苦手な方が多いくらいです。
では始めましょう」
この後、木管に書いた算数ドリルみたいな足し算、引き算の問題を解いて頂きました。
地頭の良い鸕野皇女様は初めてにも関わらずスラスラと解いていき、私の先生としての自信は吹き飛んでいきました。
2時限目、家庭科。
家庭科といえば調理実習ですね。
時間が掛かる調理は出来ませんので手早く、手慣れたレシピとなると……焼菓子でしょうか?
しかし今すぐに材料が揃えられません。
とりあえずゆで卵でも作りましょう。
ついでにご飯を精米しましょう。
時間内には出来ませんが、籾殻付きのお米を精米する過程は知っておいた方が役に立つと思います。
部屋が籾殻だらけになると困るので場所を変えます。
「では籾付きのお米から籾殻を取り除きましょう。
面倒な作業なので途中でお止めになられても構いませんので」
こう言って、鉢にお米を入れて攪拌棒でゴリゴリ掻き回し始めました。
そして扇子で風を起こして籾殻を飛ばします。
これを繰り返して、玄米にします。
高貴な人たちは精米してお米を食べますが、この時代の人は大体この玄米の状態で食べます。
糠も貴重な栄養源ですから。
籾摺りをしている間に、卵は茹で上がりました。
出来たゆで卵を私と鸕野皇女様と建皇子の三人で食べました。
「美味しゅう御座いますね」
「うむ、こんなに美味しい卵は初めてじゃ」
苦汁を作る際に採れる白い塩をふり掛けて美味しく頂きました。
そういえば学校の家庭科でも、初めての調理実習はすごく単純な料理でしたが、いつまでも覚えているのは不思議です。
きっと鸕野皇女様も、今日食べたゆで卵のことを思い出すのではないでしょうか?
(つづきます)
作者が小学生時代にの家庭科でやった調理実習は目玉焼きと粉ふき芋でした。




