かぐや先生の個人授業・・・(2)
しばらく授業参観にお付き合い下さい。
(※授業は続きます)
鸕野讚良皇女様の個人授業を仰せつかった私は、つい現代では当たり前の日本地図をサラサラ〜っと描いてしまいました。
しかしこの時代の人にとって地図とは場違いな出土品だったみたいです。
何と言って誤魔化しましょう?
「いえ、この様な形をしているだろうというあくまで私の予想です。
唐へ渡る船がありますよね。
その船は、この難波津を発ち、内海を進み、筑紫島(※九州)との海峡を進み、北上する訳です。
その航路を元にこの様な地形をしているのでは無いかと想像しただけですので」
自分でも本心では言い訳がましいと思っているらしく、ついつい早口になります。
「つまり、全く根拠のない絵ではないという事じゃな?」
「ええ、まあ。
皇女様に嘘をお教えする訳には参りませんので」
「ならば良い。
では、韓三国や唐はどの場所にあるのじゃ?」
すごい食い付きです。
「筑紫島を北上すると対馬があります」
先ほどのポンチ絵に対馬を描き足します。
「その北側に韓三国が御座います。
西と東が海に面しているので、この様な形をしているかと思われます」
そう言いながら朝鮮半島を描き足しました。
「ふむふむ」
「筑紫島に近いこの辺りが百済。
北側の唐に面したこの辺りが高句麗。
そして真ん中が新羅です。
申し訳ないのですが形は分かりません。
分かったところで争いが絶えないので、国と国との境界線が毎日のように変わっているかも知れません」
「で、唐は何処じゃ?」
「少しお待ち下さい。
描き直しします」
「どうしたのじゃ?
何か間違いがあったのか?」
「いえ、唐を描くつもりが無かったので、この紙に描くには入り切らないのです」
私はそう言いながら、先ほどの日本地図を紙の右下に描いて、朝鮮半島を描いて、特徴的な遼東半島を描きながら黄海に面した長い海岸線を描き入れていきました。
少し違和感があるので縮尺に失敗したかも知れません。
「本当に大まかな形だけですが、この一円が唐の勢力範囲かと思われます」
「何と!
唐はここまで広大なのか?」
「国の大きさは人の歴史を遡っても、随一の広さを有していると思われます」
「ならば作物が多くて、人は豊かに暮らしておるのかのう?」
「私も直接見たが御座いませんのでハッキリとは申せませんが、全ての人が豊かとはならないと思います」
「何故なのじゃ?」
「確かに唐は広い大地ではありますが、全てが恵まれた土地では御座いません。
一年を通してほんの少ししか雨が降らず、鼠ですら生きるのに難儀する様な渇いた大地が奥には広がっております。
また、富士の山よりも高く険しい山地もあります。
そこでは切り立った崖の上のような場所で一日一日を何とか生き永らえる事で人々は精一杯です。
何よりも広いという事は国が分断して群雄が割拠する歴史があり、人々は戦いに疲弊しているそうです」
「では唐は広いだけの国なのか?」
「いえ、富める者も貧しき者も桁外れに多いという事です。
広大な土地を唐の皇帝は治めており、そこから得られる莫大な財は政、優れた武器、巨大な船、先進の文化、街道などに費やされ、他の追随を許さぬ水準にあります。
それ故に私達が唐へ渡って留学する事に利がある訳に御座います」
「もし唐と戦えば我が国は負けるかや?」
「もし全力で来られたら、危のう御座います。
しかし唐は高句麗と戦が絶えず、他に兵を回す余裕はあまりない様子です。(※多治比様情報)
また我が国を支配下に置く利点がどれ程あるのかを考えた場合、遠く離れた我が国を攻め入って戦を仕掛けるとは、余程の理由がない限り無いかと思われます」
「余程の理由とは何か?」
「例えば、唐と敵対する国と共謀して我が国が唐に味方する国へ戦を仕掛けるとか、我が国が黄金がたくさん採れる国であると勘違いされるとか、唐の皇帝が全てを支配する欲に駈られるとか、……でしようか?」
「成る程のう。
ほとんどあり得ない話じゃな」
「はい、そう願っております」
特に1番目を。
「では本日の最後は楽器を奏でましょうか?」
「楽器か?
何の得があるのか? 」
「得はたくさん御座います。
何よりも気持ちが宜しいかと存じ上げます」
「気持ちが良くなっては拙くはないのか?」
「私は全く問題無いと思っております。
音を奏で音に合わせて歌を歌い体を動かし舞う事は、人としての高級な欲求から生じるものです。
極めた演奏は人の心を震わせ、感動させます。
麗しい声に心がときめきます。
私は舞う時に神と人に向けて一心に舞います。
それが心地よいと感じる事に全く恥じておりません」
「その様に力説されると、やらぬ訳には参るまいな」
「申し訳御座いません。
つい力が入ってしまいました」
「しかし楽器を奏でるのは難しくはないか?」
「尚書の千代様に何かお借りできないか聞いて参ります。
初めて楽器を触る方でも音の鳴る楽器があると思いますので」
「ならば妾もついて行こう。
宮の中を歩いてみたいのじゃ」
「それでは参りましょう。
亀、シマ、皇子様から目を離さないで」
「「はい」」
◇◇◇◇◇
鸕野皇女様と共に千代様のいらっしゃるお部屋へ行きました。
「突然で申し訳ございません。
皇女様に楽器の稽古を致したいため、お借り出来ます楽器はございますでしょうか?」
「稽古のための楽器なら心当たりがあります。
しかし皇女様にお貸しする楽器となりますと、質の良い楽器が入り用になりますのであまり数は無いかも知れません」
「皇女様も私も楽器を触るのは初めてなので、簡単に音が鳴る物で壊れ難い楽器が望ましいのですが……」
「それならば楽師の方に聞いてみますね。
ついでにお教えする様お願いしてみましょうか?」
「はい、宜しくお願いします。
出来ましたら優しくお教えくださる方だと助かります」
「ふふふ、かぐやさんらしいお願いね」
そう言って千代様と共に楽師さんのいる建屋へと向かいました。
「あの、皇女様が楽器を習いたいと申されまして、楽器とそれを教えて頂ける方をご紹介願いたいのですが」
「これは千代様。
突然ですが、一体?」
「こちらのかぐやが、皇女様に於かれましては楽器の演奏も学びの一つとして習いたいと申しておりますので」
「それは大変宜しい心がけで御座いますな。
皇女様が習うのなら琴を学ばれるのが宜しいでしょう。
帝は代々琴の音を神に捧げることが慣わしに御座います。
厳選した琴をご用意致します」
段々と話が大きくなっていない?
「後宮の中なので女性の講師が望ましいのですが、おりますか?」
「一人だけおります。
その者を急いで呼びましょう」
やってきましたのは少々お年を召したお師匠さんと呼びたくなる様な女性でした。
優しく教えて頂きたいのに……。
“お師匠さん”と千代様と私の三人で琴をお部屋へと運びます。
まさか皇女様に持たせる訳にはいきません。
それにこの時代の琴は小振りですがずしりとした質感があります。
琴柱が無いので、音は現代の箏に比べると素朴な感じです。
演奏しているのを何度か見ておりますが、皆さん膝の上に置いて演奏しておりました。
「突然申し訳ございませんでした。
本日はあまり余裕が御座いませんので、基本となる弾き方をお教え頂けますと幸いです」
改めて”お師匠さん”にお願いをします。
「ええ、いきなり弾くのは難しいですので少しづつ慣れていきましょう。
皇女様、宜しいですか?」
「うむ、頼むのじゃ」
お師匠さんのいる最初の言葉に少しだけ期待してしまいましたが、やはりお師匠さんはお師匠様でした。
音がまともに出るまでひたすら基礎練習の繰り返しです。
皇女様には厳しく出来ないので、必然的に私が怒られ役でした。
この時代の音楽はあまり気持ち良くは無さそうです。
悔し紛れに最後の最後、
即興で♪さくら〜さくら〜♪を弾いたら、お師匠様にかなり驚かれました。
やっちまった……かも?
(明日も授業がつづきます)
琴は古墳時代の埴輪にもあるくらいなので、飛鳥時代であってもそれなりに歴史を重ねていたと思われます。
日本神話でも琴はお馴染みの楽器でした。




